用兵の心得
「元凶を排除して和解の道を探る、ですか。まあ、常道ですね。落としどころとしてはそんなところでしょう。もっとも、相手が信用できるかという点だけが気がかりですが」
影の者がもたらしたグルーガリア国内での内部争いについての情報。
それを聞いてオリバが感想を述べる。
確かに、戦いの決着としてはそれなりにありふれたものなのだろう。
「ですが、それは相手の言い分の都合がよすぎるということでもありますね。ヘイル・ミディアムの私怨によってこの戦いが始まったとの主張ですが、実際には戦闘に至る前にしっかりとした調査を行っていたはずです。そのときに、国としてグルーガリア国がヘイル・ミディアムの行動を認めていたはずです」
「まあね。だから、反ミディアム派の連中は必死になって新たな証拠でも見つけるか、でっちあげると思う。いかにヘイルとその一派に罪をかぶせるかに躍起になるだろうね」
「【流星】と呼ばれた男はグルーガリアにこの人ありと言われた英雄である、と有名だったのですが。そんな人物の家系が断絶することになりそうですね。それで、アルフォンス殿は反ミディアム派が主導権を握って交渉に乗り出してきた場合、それを受け入れるのですか?」
「そうだね。もし、そうなった場合には話し合いには応じることになると思う。っていうか、アイがそうしろって言ってきたし」
影の者が手に入れた情報は軍を動かしている俺やオリバだけでとどめているわけではない。
当たり前だが、本国にいるアイにも伝わっていた。
そのアイが、議長として俺に言ってきたのだ。
もし、反ミディアム派が主流となってグルーガリア国が停戦交渉を求めてきたら、それを受け入れるように、と。
「アイ議長は戦闘続行には反対というわけですか」
「まあ、当然だろうね。いくらここ数年のオリエント国が余力を蓄えてきたっていっても、持久戦するのは戦費がかさみすぎるし。それに、ここまで荒廃したグルーガリアが相手だと、勝っても実入りが少ない。国としての損得勘定で考えた場合、ぶっちゃけこれ以上戦い続ける必要ってないんだよな」
戦いには金がかかる。
それに人の手も取られる。
アイはそれを嫌がった。
柔魔木が得られる中州を手に入れたとはいえ、アイにとってはそれはたいした問題ではないのだろう。
いや、アイだけの意見というわけでもない。
長期にわたってオリエント軍が戦い続ける現状をそろそろ終わらせたいというのが、アイをはじめとするオリエント議会側の意見だ。
そして、オリエント軍を動かす金を出しているのは議長であるアイであり、俺ではない。
あくまでも軍の意思決定に最終的にかかわるのは国防長官兼護民官である俺よりもアイのほうだった。
「けど、どっちにしろグルーガリア次第だろうね。武闘派が多いだろうミディアム派が主導権を握って戦闘続行を決めたらこっちも戦うだけだし、反ミディアム派が主導権を握ってもこっちとの交渉がまとまるかどうかは不透明だし。条件によっては交渉決裂で戦いが続くかもしれない。だから、最終的にどうなるかはおいておいて、オリエント兵の士気はこれまで同様に保ち続けておかないといけないんだ。今回の情報はしばらくは公にしないようにな、オリバ」
「もちろん、承知しています。ここで油断して、これまでの苦労が泡となって消えることになるのは私も望みませんから」
「よし、じゃ、引き続き拠点の整備と補修、拡張をし続けよう。またどっかの小国軍が戻ってきてここの食料を狙おうとしても防げるようにしとかないといけないからな」
「了解しました。作業に当たらせます」
油断はしない。
いろいろと先のことを話し合ったが、気を抜くことだけはしないようにと確認し合う。
この時点で勝った気になってしまうとまずい。
特に、上層部がそんな雰囲気を出すと下の兵はそれをどこから嗅ぎつけるのか、敏感に反応するからだ。
この持久戦では、案外そういうことが知れたのが収穫だったかもしれない。
グルー川の川岸という小さな場所に壁で囲いを作って、そこに引きこもって同じ人間と共同生活をしてきたのだ。
しかも、毎日外から攻撃されるという状況で。
これまでオリエント軍で戦いをしたことがあっても、ここまで長期化しての軍事行動というのはなかった。
少なくとも俺が国防長官になってからはそうだ。
五か国から攻撃を受けた時も、ずっと同じ場所にいたわけではなく、それぞれの国からの攻撃を防ぐために移動していたしな。
だからか、兵たちとはつながりを感じるようになっている。
そして、それは俺だけではなく兵も同じだと思う。
将が自信満々にしていれば兵も同じで、不安そうにしていればそれが伝わる。
油断も同じことになるだろう。
最後の決着まで、常に勝利を考えて、油断なく勝つための最善の行動と気概を示し続けることが重要だ。
どこかで聞いた用兵の心得にあったような気もするけれど、そんなことが実体験として身についたのかもしれない。
そんなふうに、グルーガリアの内部争いの情報を掴んでもそのまま拠点防衛と中州の守りに力を入れているオリエント軍のもとへ、その一月後にグルーガリア国からの使者がやってきたのだった。
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