命乞い
「き、斬られたのか……?」
「ああ。真っ二つだよ、アロンダル。ってか、よくそんな状態でしゃべれるね」
「……痛みを感じない。まさか、体を斬られて痛くないとは思いもしなかった。完敗だな、これは」
倒れたアロンダルの体は二つに分かれて地面に倒れている。
俺が魔剣ノルンを縦に振り抜いたことで、肩から胴体がすっぱりと切り落とされてしまっているからだ。
アロンダルの技法をもとに自分なりの改良を加えた【鋭刃】とでもいうべき斬り方をしたからか、断面図はきれいで血もにじんでいなかった。
だからか、倒れたアロンダルの意識ははっきりしていたようだ。
が、しゃべるのはどうだったのだろうか。
最初は痛みを感じていなかったようだが、肺を斬られているので、口を動かしたことで次第に苦しそうな顔になっていった。
「君のおかげで勉強になったよ。ありがとう、アロンダル。お礼に最後の言葉くらいは聞いてあげようか?」
今までにない切れ味を魔剣につけることに成功した俺は気分がよくなっていた。
相手を斬る瞬間に魔剣の剣身に魔力と血の両方を同時に操作する。
それによって劇的な変化を与えることができるようになった。
なので、情けをかけてやることにした。
遺言があれば聞こうと声をかけてやる。
「……助けてくれ。貴殿は奇跡のような治療を行えると聞いたことがある。欠損すらも治してしまう、と。ならば、今の私の状態も治せるのではないだろうか?」
「え? やだよ。敵として戦った相手を助けるわけないでしょ」
「……私はまだ生きたい。このままでは終われない。今までの修練で剣技の道を極めたと思っていたが、それは間違いだった。イーリス国でも我が刀の切れ味は最上だった。であるのに、貴殿は私の道の更なる高みを提示してきたのだ。ここで朽ちるのはあまりにも口惜しい。頼む。このとおりだ。助けてくれれば私は貴殿のために身を粉にして働くことを誓おう。このとおりだ……がはっ……」
一気にしゃべったからか、アロンダルの体の中にある空気が全部使われてしまったのだろう。
呼吸困難に陥って、顔面蒼白になり、表情が青白くなってしまっている。
まさか命乞いされるとは思わなかった。
なんとなく、殺すならさっさと殺せ、と言うんじゃないかという印象を勝手に持っていたからだ。
だが、今のアロンダルの言葉はけっして命が惜しいから助けを求めているだけではないというのもはっきりとわかった。
自分の体が二つに分けられて、残された空気も少ない中での発言だからだ。
普通ならば、必死に助けをこうか、あるいは自分を斬った相手に罵詈雑言をぶつけるかの二つではないだろうか。
しかし、アロンダルは違った。
武の道を極められていないのが口惜しいと言ったのだ。
その気持ちは分からなくもない。
逆の立場であれば俺もそう思っていたかもしれない。
いままで、アイの教えによって魔力操作を徹底的に鍛えてきたのだ。
そして、体の動きにあわせて魔力を移動させる流動を自分で作り、極めたつもりでもいた。
だが、その先があった。
これまでにないくらいに魔剣の切れ味を向上させる手段がまだあったのだ。
もしも、そうと気づいた瞬間に命が失われるとなれば、悔しくて仕方がないだろう。
極めたと思っていた先があるのだから。
できるのであれば、その先に到達したい。
そう思うのではないだろうか。
だからこそ、アロンダルの言いたいことが、その気持ちが自分のことのように分かったのだ。
こいつも俺やイアンと似ているのかもしれない。
戦いの場にいることが楽しいと感じる人種なんじゃないだろうか。
戦いで死ぬのは惜しくないが、戦えなくなるのは悔しい。
そんな相反する感情が死を直前として噴き出したことにより、自分を倒した相手であっても助けを求めたのだ。
「いいよ。なら、誓え、アロンダル。お前は俺の手足としてもう一度死ぬまで戦え。それを誓えるのであれば助けてやるよ」
「誓おう。我が剣にかけて、これからの私の時間のすべてを貴殿のために使おう」
「契約成立だな。その言葉、嘘じゃないことを祈っているよ。回復」
地面に転がるアロンダルの体を拾ってくっつける。
そして、その状態で魔法を発動した。
【回復】だ。
我ながら自分の魔剣の切れ味に感動する。
さすがに普通ならば体が二つに分かれたら、いかに【回復】でも治せなかったに違いない。
が、斬った断面がきれいすぎるほどの切れ味だったのと、斬った直後だったこともあってか、アロンダルの蘇生はなんの問題もなく完了した。
しかし、傷が治った直後に俺はもう一度アロンダルに魔剣を突き立てた。
もう一度殺すため。
ではもちろんない。
誓いのためだ。
バルカ教会で儀式を行うように、【回復】の前に交わした誓いを契約する。
魔剣ノルンの一部をアロンダルの体の中に送り込んだのだ。
これにより、今後こいつが俺を裏切るようなことがあれば死の苦しみを味わうような痛みを感じることになるだろう。
どうなるかな?
痛みを感じても裏切る奴は裏切るだろう。
だが、それでもいい拾いものになるかもしれない。
いかんせん、オリエント軍にはまだまだ強敵と戦わせられる手駒の兵が少なかったからな。
こいつなら、ある程度の相手は斬ることができるだろうし、なによりこれからも強くなる余地がたくさんある。
魔剣を突き立てた時に体内に赤黒い魔石も埋め込んだので、血を吸い取って力を増すこともできるようになったからだ。
とりあえず、死ぬまでこき使ってやろう。
こうして、俺はイーリス国が十剣士の一人であるアロンダルを仲間にすることとなったのだった。
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