税の行方
腕輪を使った画期的な貨幣経済。
個人が自身の資産を持ち、それを使って気軽に手軽に取引を行うことで、それまでよりも確実に社会は回り始めている。
が、それはけっして全員が手放しで認めているわけではなかった。
エンを使った取引を嫌がる者というのも、確実に存在しているのだ。
たとえば、それまでのやり方を変えたくないという考えを持つ者もそうだろう。
これまでは地元の人間とお互いが作った食べ物と食べ物、あるいは日常で使う生活用品などを物々交換していた人にすれば、エンなどという架空のお金などというものはまやかしのような物に思えるみたいだ。
バイデンの町でもラムダたちのような若者は受け入れて、金の貸し借りをするまでになった者もいれば、エンなど信用できんといって一切使っていない老人も結構いたりする。
それはけっして田舎町だけではなく、どこの街でも同じようなものだ。
実際に手にして重さを感じることのできる硬貨でなければ安心できないという者もそれなりにいるのだ。
そういう人間は、別にエンを使いたくなければ使わなければいいというのがバルカ教会の立場である。
全員に腕輪を配りはするものの、絶対にこれを使えとは言っていない。
が、使わない者たちにも影響は確実に出る。
というのも、バイデンの町などでは流通のない冬場にはお酒や食料などの値段が格段に上がっていたことからも分かる。
自分たちが使わないエンという得体のしれないもののせいで、購入することができないくらいに品不足になってしまう。
そういうことがあるわけだ。
よくわからないから使わないという無関心さを貫くことができないほどの影響力がエンにはある。
が、それらはまだいい。
そんなふうに生活に困ってしまう者たち相手に、バルカ教会では無償で炊き出しなどをしたりして、弱者救済をしていたからな。
なんだかんだと言って、人が一番つらいのは空腹だろう。
食べるものがないときに助けてくれる存在というのは、ものすごく大きいものだ。
おかげで、各地でのバルカ教会の印象は悪くなったりはしておらず、むしろかなり好意的にみられている。
というわけで、庶民たちからの腕輪の評価は功罪ありつつも、総合的にみればよいものだと受け止められていた。
では、庶民のような個々人ではなく為政者側からの観点ではどうか、という話になる。
今までの硬貨での社会からエンという数字による取引がその地を統治する者にどういう影響を与えているかというのが問題になる。
ようするに、税収に関わる問題でもある。
これまで、小国家群での税は基本的に米が主体のところが多かった。
氾濫を起こすような川がいくつもあるような土地だが、大雪山からの肥沃な土が流れ着くのか、氾濫した後の土地では収穫が良かったりもしたらしい。
そういう土地で米や作物を育てさせ、それを収穫し、税として取り立てる。
硬貨としての取引は主に商人たちが多く扱い、その商人には自由市民などの市民権を与えたり、通行許可証を発行し、硬貨で税を納めさせていた。
なので、エンが登場した今でも一部の例外を除いてほぼすべての小国は米を税の主体としておいている。
今年も収穫後には米を蔵に納めることになるだろう。
けれど、米だけで税が完結するはずもなく、当然ながら硬貨やエンでの税収も各国にとっては大きいものになっている。
が、エンによる徴税が問題だ。
自動でエンを回収する手段が他国にないからな。
もしも、商人から徴税しようとした場合、役人が腕輪を使って回収しているところが多いだろうか。
ようするに、今までのように商人から硬貨を回収するようにしているわけだ。
しかし、オリエント国は違う。
というのも、腕輪の機能をアイが司っているからだ。
いちいち、人間が手作業で腕輪同士を使ってやり取りすることなく、エンを税として人の手を介さずに引き落とせるのだ。
しかも、それは商人たちだけではなく、あらゆる人間からだ。
都市に住む者も、町や村の人間、老若男女関係なく、すべての人間からだった。
それはさらに言えば、国内に留まらない。
実は、オリエント国外にいる者からも毎年エンを回収することになっている。
これは腕輪を使う手数料というか、利用料みたいなものだろうか。
だから、正確には税ではない。
利用料を徴収しているのも、バルカ教会であって、オリエント国ではない。
腕輪を使用して一年間で一度でもエンを取引に使用した者には利用料を引き落とす。
その金額は布教が進み始めた今では膨大な額になり、そのうちの一部をバルカ教会はオリエント国に納めているというわけだ。
つまり、なにが言いたいのかというと他国は間接的に自国民からオリエント国に税を持っていかれていることになるわけだ。
これまではその土地で作られた米や、都市に入って商売をしている重たい硬貨を持って移動する商人たちから税を得ていたので、別の国から自国の税を横取りのようなことをされる心配がなかった。
が、遠隔で、誰の手も使わずにいつの間にか自分たちが得られるはずだったかもしれないお金がオリエント国へと流れている。
これをどう思うか。
便利すぎる魔道具の腕輪の利用料だからしかたがない、と割り切るか。
あるいは、税の収奪だと怒り狂うか。
まあ、普通は見逃さないだろう。
そして、その矛先が向かうのは、オリエント国か、あるいはバルカ教会か。
が、どちらにしてもそれが武力を伴った瞬間にこちらが動ける大義名分となる。
急激に布教したバルカ教会と腕輪の利用料をめぐっての争いが小国家群で起こることになるだろう。
いつ、どこの国から動くかな?
攻め入る理由ができるその日まで、俺はオリエント軍とバルカ傭兵団をいつでも動かせるように練兵しながら待っていたのだった。
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