霊峰目前の町
山間に位置する小さな町。
特に何があるというわけでもない、名もなき村。
先代である父が町をまとめており、その父が亡き後を私が継いだ。
ただ、それだけだ。
だが、それだけでこの町はいつしかバイデンの町などと呼ばれるようになっていた。
魔物がひしめく死の山である霊峰。
かつて、その霊峰には多くの罪人たちが刑罰として流された。
元をたどればこの町はその最後の境界線にある町なのだろう。
罪人たちを送り出し、それをしかと見届ける者や、戻ってくる者がいないように見張る者。
そんな罪人ではない者たちが最後に留まるのがこの場所だった。
そして、いつしかこの地には町ができた。
この先の山へと向かう者はすなわち罪人であり、その流れをくむ者たちが魔物から身を守りながらも小さな集落を作って生き延びている。
本来であれば忌むべき相手ではあるが、この町とてそこまでゆとりがあるわけでもない。
相手にしてはならない相手であっても、そこからしか手に入らないものがあれば手に入れることがいつのころからか起きていた。
霊峰に住む悪鬼たちとの取引を行い、この町では他では手に入らない魔物の毛皮や錦芋虫の生地などを手に入れていたのだ。
そうして、それを金を持つ国へと流して収入を得る。
だが、田畑などはわずかな土地を耕しているのみで、裕福とは程遠い。
そんな土地柄ゆえに、今までこの地が狙われることは少なかった。
しかし、どうしたことか。
ここ最近はそんな状況が大きく変わり始めていた。
かつてはごく限られた行商人しかこなかったようなこの地で、人の流れができ始めていたのだ。
もっともそれは、霊峰にあるというバリアントからオリエント国へと向かう者がいたことも関係しているだろうか。
かつての罪人たちの子孫で、忌み嫌われていたはずの者たちが、小国家群へと向かい、そして定住していたのだ。
何人もの人々が傭兵として身をたてるために南へと向かうことで、道ができていた。
今度はそれを逆に上がってきた者たちがいる。
どうやら、そいつらもまた罪人と呼べる者たちのようだった。
小国家群で都市や街、あるいは町や村などを占拠していた罪を犯した者ども。
それらが各国から鎮圧された際に、逃げ延びて北上してきたらしい。
ほとんどは、その途中で逃げ切れずに倒されたのだろう。
だが、わずかとはいえ命からがら逃げ伸び続けていた。
そこで心を改めて普通に生活してくれればまだよかったのにと思ってしまう。
けれど、一度甘い汁を吸ったがゆえに、二度と普通の生活には戻れないのだろう。
それまで一つの町を占拠して、そこに住む者たちから金も物も女も奪い取って生活してきた連中だ。
毎日重労働である農業をして、つつましく生きる。
そんなことは二度とできないという連中が、何の因果かこの町の付近で集まって狙ってきたのだ。
烏合の衆。
やつらは街を占拠していた罪人たちがあちこちから逃げてきて合流したにすぎない。
そのため誰がまとめ役というわけでもなく、ただここを自分たちの好き勝手にしたいと考えているだけで、集団として今後について明確な将来を思い描いたりをしているわけでもないだろう。
ただただ、どこかの国に属するということもない小さな町でも、自分が楽をして生きたいという愚劣な思いのみに動かされての行動だ。
なので、抵抗するしかなかった。
攻撃される前に両手をあげて降伏しても無意味だからだ。
きっと男は殺されるか、それに近い状態になり、女性は悲惨な未来が待っている。
まとめ役のいない集団など、まともな交渉すら無理だからだ。
そして、普通に戦うのもいい選択とは言えなかった。
なぜならば、目の前にいる烏合の衆を撃退できたとしても、第二・第三の連中が押し寄せてこないとも限らないからだ。
どう対処するか、議論が起きた。
が、ここに至ってはしかたがない。
いい加減、この町もどこかに属するしかないのだろう。
後ろ盾がいれば状況も変わる。
なにせ、ここは攻撃しても守るべき軍がいないからこそ狙われているのだから。
そうした状況で、誰を頼るか。
我々の中で結論を出すのは早かった。
というよりも、ほかに選択肢がなかった。
かつて、この地を訪れて駆け抜けていった少年。
悪鬼の潜む霊峰の集落から小国家群へと行き、そして活躍し続けている風雲児。
アルフォンス・バルカという少年の姿を誰もが頭に浮かべたのだ。
なにせ、彼は魔物を捕獲しに行くといって冬のエルメラルダに行くような剛の者だ。
今のような新年早々の雪降る時期でも、助けを求めればやってくるだけの力がある。
逆に、ほかの誰もこんな冬場に助けに来ることができるはずがないとも言えたのだが。
それに、助けを求めた後のこともある。
救援した以上、どんな要求を求められるかわからない。
特に、継続した守りを期待するならば傘下に入る可能性が高いだろう。
その時に気になるのが、その後の我らの生活だ。
だが、この地に訪れる行商人に話を聞いても、彼の統治は非常に穏やかだと聞いている。
少年と、そのそばにいた絶世の美女によって今のオリエント国はとても暮らしやすいのだと以前から聞いていたからだ。
「では、よろしいかな、皆の衆。アルフォンス・バルカ殿に救援を求めるということで」
この町の主要な者たちにそう問いかけると、全員がうなずく。
どうせ、ほかに救援要請したとしても誰も助けになど来ないことは分かっているのだから反対する者はいなかった。
目の前によだれを垂らして襲い掛かってこようとする罪人たちがいる以上、悠長なことも言っていられないのだろう。
こうして、我らは町の近くに集まった連中の横を抜けてオリエント国まで行くようにと、緊急の伝令を発した。
そうして、その直後に攻撃を受けた。
必死に守るが、限界はすぐに来た。
我らはそれほど強くはない。
なにせ、かつて町の近くに出没した盗賊すらも依頼をして倒してもらったくらいなのだから。
しかし、今回は自分たちの力を尽くして必死に戦った。
そうして、希望はやってきた。
おそらくは限界ギリギリで走った伝令がたどり着いたばかりと思われる程度の短い期間で、その増援はやってきたのだ。
鎧をまとった白き獣と、その上にそろいの赤鎧を着こんだ武者たちがこの地へとやってきた。
そのうちの先頭の騎兵から、高い壁を越えてなお勢いの衰えぬ矢文が届く。
それを開いて読んだ直後だった。
蹂躙が始まった。
赤と白の騎兵たちは、瞬く間に町の壁にとりついていた罪人どもを蹴散らし、白い雪景色に真っ赤な血の花を咲き誇らせたのだった。
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