暗闇の中の再会
「お嬢様はこちらです。どうぞ、お入りください」
ブリリア魔導国ヴァンデンブルグ伯爵領からやってきた病人たちをひとりを除いて治療した。
その全員の体内から穢れた血を抜き取るところを見せて、そして、その後の体調変化も確認させた。
最初の女性はもう元気に侍女としての仕事をこなしている。
彼女はそれまで仕事で動いていると疲労がたまり動けなくなることが多かったようだが、それも無くなっている。
また、もっと症状の重い人も大きく体調が戻っていた。
が、それでもセバスは責任感の強さゆえか、それとも長期的に経過観察をする必要性を感じていたのか分からないが、エリザベスの治療はなかなか許可しなかった。
しかし、そんなセバスを急かす者がいた。
それは、エリザベス自身だった。
というのも、オリエント国に来て以降、宿の一室に閉じ込められていたエリザベスは、周りの女性の変化に驚いていたからだ。
病人たちは、ただ単に呪いを解除されただけではなかった。
健康を取り戻すだけではなく、全員が今までにないくらいきれいになっていたのだ。
【回復】の効果だ。
俺が使った【回復】という呪文によって、彼女たちはその肌も髪もなにもかもが、磨き上げられたようにきれいになっていた。
治療としては穢れた血を取り除きさえすれば、それまで不治の病とされていた心の臓の不調は落ち着いてくる。
が、一度悪くなった臓器はすぐにはもとには戻らない。
特に重症者に関しては食事などにも気を付けて養生する必要が本来ならばあるのだ。
しかし、いつまでもヴァンデンブルグ家の治療だけに付き合っているわけにもいかない。
なので、手っ取り早く体を治すために【回復】を使ったのだ。
これは一応、セバスに確認もしてある。
【回復】を使ったら不治の病が治る、というわけではないというのは向こうも知っていたようだ。
どうも、ヴァンデンブルグ家もこの病気を治すために魔法の力を使ったことがあったらしい。
上位貴族の中でも名付けを受けて魔法を使えるようになった者は、生まれ持った魔力量の高さから【回復】を使うことができる者がいた。
そういう人に【回復】をかけてもらい、不治の病が治せないかはすでに検証されていたようだ。
結果は、一時的な変化はあるが治りはしないというものだった。
【回復】はものすごく効果の高い治療魔法ではあるけれど、不死者の穢れは治せないからな。
一時だけ元気にはなるけれど、またすぐに元の状態に戻ってしまう。
そのことをセバスは知っていたので、俺が【回復】を使うのも止めなかった。
しかし、ほかの人が使う【回復】と俺が使う【回復】は効果が違う。
普通は大怪我でも治せるのだが欠損などは【回復】と呪文を唱えても治せない。
けれど、俺はクローン技術の研究やノルンの力のおかげで、今では欠損も問題なく治すことができるようになっている。
そんな俺が女性にたいして【回復】を唱えると、呪いによって悪くなっていた体でも臓器を治し、痛んだ肌や髪までもを完全回復させることができるのだ。
伯爵家に仕えている侍女たちも、元をたどればどこかの家の出身なのだろう。
あるいは、美貌と教養を認められた平民かもしれない。
その誰もが元通りの体に戻ることで、体のあらゆる部分が美しくなった。
それを見せられたエリザベスがもう待てなくなったのだ。
多分、自分の外見を気にしているんじゃないだろうか。
俺の記憶にあるエリザベスは貴族院にいたころのままだ。
その当時はきれいで長い金髪を片方でくくってさらりと肩にかけていた。
そのきれいな髪が穢れによって侵されたことで状態が悪くなっているのかもしれない。
ほかの女性たちのように元に戻りたい。
セバスのようにしっかりと確認するために長く待つということができないくらい、周りの女性に影響されたのではないだろうか。
こうして、患者であるエリザベス自身に再三せっつかれたのか、セバスが折れた。
ほかの女性たちにも取り立てて、どこか体が悪くなるなどの異常がなかったこともあり、エリザベスの治療に許可を出したのだ。
というわけで、俺はそのエリザベスがいる宿の部屋へと案内されたわけだ。
わざわざ、オリエント国の首都の中でも国外の客を迎える格式のある宿の一つを貸し切ってある。
そこにヴァンデンブルグ家御一行様を宿泊させていて、エリザベスの警備などもヴァンデンブルグ伯爵領から来ていた兵や傭兵たちがしている徹底ぶりだ。
もちろん、宿の周りの警備はオリエント軍もやっている。
まだ婚約もしていない相手になにかあったら大変だからな。
宿と言いつつ、もはやブリリア魔導国の関係者だけの場所になったその宿は、どことなく異国の風を感じた。
やはりお国柄というのは出るんだな、なんて思いながらセバスについていった先の部屋にたどり着く。
この部屋にエリザベスがいるのだろう。
セバスが扉を開けると、中は真っ暗闇だった。
もう外も暗くなっている時間なのだが、それでもここまで暗いというのは予想外だった。
とりあえず【照明】で明かりでもつけようかと思ったとき、部屋の奥から声が掛けられた。
「久しぶり、アルフォンス君。明かりはつけないでもらえると嬉しいわ」
「エリザベス? そこにいるの?」
「ええ。ごめんなさい。あまり、今の私を見られたくはないの。できればこのまま暗い状態で治してもらうことはできないかしら?」
「分かった。もちろん、かまわないよ。今、そっちに行くけど、大丈夫かな?」
「いいわ。きて、アルフォンス君」
奥から聞こえてきた声は、鈴を転がすようなきれいな声だった。
だけど、ちょっと声が小さい。
あまり元気がないという印象も受けた。
どうやら、エリザベスの状態は俺が思っていた以上に悪いのかもしれない。
あまり見られたくないという思いを尊重して詮索することなく、暗闇の中をゆっくりと奥へと向かう。
そして、その奥で椅子に腰かける女性と向き合う。
彼女がエリザベスだろう。
全身に黒の衣服と手袋、しかも顔の前には薄い布がつるされていて表情は全く分からないという徹底ぶりだ。
そんな、エリザベスの手を握る。
その手を握りながら、俺はすぐに彼女を治すために治療を行ったのだった。
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