本当の力
「【蓄積】か。面白いね、あんた。けど、その鎧と大剣の効果は【蓄積】なんかじゃないんでしょ? 噂される力が正しくないって訂正しておいたほうがいいんじゃない?」
ドンッと大きな音をたてて、バルカ殿が吹き飛ばされました。
先ほどまでよりも明らかにセシルの攻撃力が上がっているのが分かります。
その力は当初よりもどれほど上がったのでしょうか。
少なくとも、吹き飛ばされる距離が倍以上に増えているという事実だけが目の前にはありました。
そんな状況にありながらも、バルカ殿は不敵に声をあげます。
……ちょっと違和感を感じる光景ですね。
大きな鎧姿から幼い少年の声がするというのは。
ですが、そんなことよりも発言の内容のほうが問題でしょうか。
セシルの持つ武具の異能は【蓄積】ではない?
本当なのでしょうか。
もちろん、この話自体はあくまでも噂であり本人が広めていたわけではないのですから、そういうこともあるかもしれません。
けれど、これまで言われてきた内容を剣を打ち合わせただけでバルカ殿には理解できたということになります。
セシルに押されているように見えて、実は相手の力を見極めようとしていたということなのかもしれません。
「しらんな。我が鎧は無敵だ。幾たびの戦場を越えて不敗。そして、それはこれからも同様だ」
「噂はあえて訂正しなかった。つまり、そこにお前の狙いがあるのか? ……なるほど。力を貯めるということそのものが嘘だな。そして、そう思われていたほうがお前にとって効率がいいってことか」
「……なにが言いたい?」
「だいたい予想がつくよ。いい武具だね、それは。力を貯めるんじゃなくて、自分の力を高めてくれるんじゃないの? それも足し算じゃなくて、掛け算でさ」
掛け算?
力を貯めるというのが嘘であり、自己の力を高める武具である、ということ。
……まさか、そんなことがあるのでしょうか。
それならば本当に凄い装備だと言わざるを得ません。
「どういうことですかね、ヘンドリクセン殿? アルフォンス団長は何を言っているんですか?」
「……もしかすると、あの武具の異能は私の予想しているよりも恐ろしいものなのかもしれません。想像を絶する力を持っているといってもいいでしょう。それこそ、アトモスの戦士を倒すというのがけっして妄言ではないと言えるほどの性能を持っているのかもしれません」
「……あの、俺はあんまり計算とかよくわからないんで、アルフォンス団長が何を言っているか理解できないんですよね。掛け算ってなんの話です?」
どうも、ゼン殿は数字はからっきしのようですね。
まあ、傭兵あがりであるというのであればそれはしかたのないことでしょう。
農村出身だと言っていましたし、計算するということ自体を今まであまり経験してこなかったのでしょう。
そこにもう一人が会話に入ってきました。
「ようするに、あの迷宮産の大剣か鎧の効果は力を貯めるんじゃなくて、自分の力を倍に、さらに倍にって増やしてくれるんですよ」
「え、なにそれ。力が倍になるのか、キク殿? でも、倍になったところで普通の人間がアルフォンス団長やイアン殿に勝てるとは思えないけど」
「だからさ。倍で終わらないんだろうね。倍になった力をさらに倍にすると合計で四倍になる。それでも足りなければ、さらに倍にすれば八倍。そして、それでも足りないんならもう一回倍にして十六倍にっていうふうにしていけばいつかはアトモスの戦士にも勝てるんじゃないのかってことさ」
「はあ? 十六倍ってなんだよそれ? えーっと、それってつまり、あいつの力が十六人分に増えるってことだよな。うわ、そんなの反則だろ」
いつの間にか我々の近くにキク殿が来たようです。
どうやらキク殿はバルカ殿が言いたかった内容について理解できているようです。
やはり、ゼン殿とは違いどこかで教育を受けていたのでしょう。
あの鎧や大剣の持つ力は【蓄積】ではない。
そして、その力は自分の力を倍々にするように高めてくれる効果があるのではないか。
もしそうならば、セシルの言うとおり無敵になれるでしょう。
あれほどの魔力量の人間が十倍以上の力を手にすれば、たいていの相手には勝てるでしょうしね。
ですが、おそらくはそこまでではないと思います。
もしも、先ほどのキク殿のたとえ話のように二倍ずつ力が上がっていくのであれば、もうとっくにバルカ殿は戦うことすらできなくなっているはずです。
最初から両者の力は拮抗していましたからね。
多分、高められる力はもう少し少ないのでしょう。
十分の一ずつとかでしょうか?
……いや、それでも十分すぎるかもしれません。
相手と剣を打ち合わせただけで力が掛け算されて上がっていく。
その掛け算のもととなる数値が低い場合、最初は効果も少ないのでしょう。
けれど、ある程度数を重ねると話は全く変わってきます。
一度に十分の一を掛けるだけであっても、十回未満の繰り返しで元の力の倍以上になれるのですから。
そして、その増した力に十分の一を掛けていけばさらに力は伸びていきます。
それこそ、数を重ねれば十六倍以上にだってなれるでしょう。
そういえば、【雷光】というのも今更ながらにおかしいですね。
セシルは雷を操る、わけではないのですから。
ただ、戦場において雷や光のように速く動き回ることができるとは聞いたことがあります。
もしかすると、武具の異能で能力を底上げすることで、超高速で動けるようになることが【雷光】の由来なのでしょうか?
あり得るかもしれませんね。
普段から自分でも【雷光】を名乗ることで相手を警戒させる。
そうして、相手の注意を逸らしておきながら剣を打ち合わせて力を高めることで優位に立つことを狙っているのかもしれません。
それを卑怯だとは言えないでしょう。
自分から秘密を暴露する必要などどこにもないのですから。
そして、すでにセシルの力は元の倍以上になっているのではないかと思います。
つまりは、これ以上剣を打ち合わせると本当に手が付けられなくなりそうですね。
勝てるのでしょうか、バルカ殿は。
いえ、それこそイアン殿ですら勝てなくなるのではないかと、ここにきて本気で心配になったのでした。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





