決着
「威圧」
アトモスの戦士イアンと交戦中だったグルーガリア軍の強部隊。
そこへ、オリエント軍が突入していった。
それまでは上手くイアンの動きを誘導しつつ対処していた弓兵部隊へと横殴りに襲い掛かる。
そこで、俺は魔術を発動した。
威圧だ。
練り上げた魔力を鋭い針のようにして対象に飛ばすだけの、呪文化もしていないただの魔力操作の一種。
だが、これが思った以上に戦場では効果を発揮した。
というのも、俺の魔力量が上がっているのもあるのだろう。
針のような魔力が体に突き刺さったとしても、そいつ自身がある程度魔力を持っているのであれば威圧の効果はガクッと落ちてしまう。
たとえば、オリエント国の貧民街にいた食うものにも困るような連中であれば、極小の魔力でも意識を刈り取るほどの効果がある。
が、獣化できる力を持っていたミーティアには防がれてしまったように、個々人で抵抗力が違ってしまう。
が、あの時の俺と比べても今の俺は魔力量が格段に上がっている。
新バルカ街の住民に対しての名付けのほかにも、イアンに名付けしたのも関係しているだろう。
そして、その豊富な魔力を適切に分散して威圧を行ったのもよかったのだと思う。
魔力を流動し、俺の目にも魔力を集めて、他の者の魔力を視覚化できるようにした。
そのうえで、魔力の多い奴には強めに威圧を、魔力量が少なければ必要最小限の強さの威圧をというふうに調整したのだ。
とはいえ、全員を気絶させるほどの威力はない。
せいぜい、一時の時間稼ぎにしかならなかった。
しかし、それでも十分だった。
巨人という大きすぎる敵と戦っているときに、急に砦から飛び出してきたオリエント軍。
本来であれば、この部隊にまでその軍がそう簡単に到達できるはずもなかった。
だが、毒攻撃によって多くのグルーガリア兵は身動きが取れないようになってしまい、この最前線まで押し込まれてしまった。
来るはずがない、巨人と少数の矢を失った騎馬隊だけを相手にして戦っているつもりだったところに、急に現れたのだ。
慌ててそれに対応しようとしたとき、体が動きを止めることになったのだ。
そんな隙だらけのグルーガリア兵に、まずは魔弓オリエントをもった騎馬から一斉に矢が放たれる。
威力だけで言えばグルーガリアの弓兵となんら遜色ない威力の遠距離攻撃を一斉に受けてしまう。
そして、そこにさらに追撃したのが、氷精槍を持つオリエント軍所属のバルカ傭兵団だった。
魔力を込めると氷の槍が出現する魔法武器。
それは、グルーガリアの人間にとっては見たこともない武器だった。
自分たちのほうが遠い間合いで攻撃できると思っていただろう。
槍を手にして近づいてきた相手になぜか身動きが取れなくなったとはいえ、その動きはすぐに回復した。
まだ自分たちの射程範囲であり、相手の攻撃は届かない。
そう思っていたところに氷の槍が突き出されたのだ。
反応できなかったようだ。
まあ、それは仕方がないかもしれない。
そもそも、魔法武器自体があまりないものなのだから。
もしも、相手の軍に魔法武器を持っている者がいるとしても、それはそいつだけの持つ特殊な武器であるということが多い。
というか、ほとんどそうだろう。
だというのに、襲ってきたオリエント軍が同種かつ複数の魔法武器を戦場にて使うとは想定していなかったのだと思う。
普通ならば、弓兵の盾になるはずのグルーガリア軍の傭兵たちは、氷精槍による攻撃にたいして一切防御の姿勢をとれなかった。
一瞬にして、この場での優位がオリエント軍に傾く。
そのために、グルーガリア軍は壁の向こうから現れて攻撃してきたオリエント軍へとどうしても意識が向いてしまった。
が、それは更なる被害を生み出す結果となってしまった。
イアンだ。
それまでは部隊全体でアトモスの戦士という強大な相手と戦ってきたのだ。
にもかかわらず、その意識の大半をオリエント軍へと向けてしまった。
それは、威圧の影響も大きかったのだろう。
本人の意思とはかかわらず、急に体の動きを止められたら、誰だってそっちのほうに意識が向いてしまうからな。
しかし、その隙をイアンが見逃すはずはない。
かろうじて接近を防ぎつつ、矢の嵐と魔術の矢による攻撃をし続けていた相手の行動が中断されたのだから。
それまでは、自分の身を守るために使っていた力をすべて攻撃に回した巨人による攻撃は苛烈きわまりないものだった。
そして、俺はと言えば、強そうな奴を優先して攻撃していく。
最初の接近で上手く曲射の奴を倒せたので、その次はとばかりに炎の矢を放っていた弓兵へと攻撃を仕掛けた。
ワルキューレによる全力での走行に、回収した一体の鮮血兵ノルンの核を使って防御に回していた。
いつもならば独立した鎧となるはずの鮮血兵が俺の体とワルキューレの体を丸々守るような人馬一体の鎧となって弓での攻撃を防いでくれる。
そうして、反撃の一射すらもものともせずに、炎の矢使いを魔剣で切り裂いた。
一瞬の交差で相手の胴を斬り、そしてその時にはごそっと血と魔力も回収する。
その勢いのまま、俺はさらに前に進み、そのわきをほかの騎兵が、そして後方を氷精槍をもった歩兵がついてくる。
「くっ。なんとしてもお前だけは」
そんな俺の前に壮年の弓兵が立ちふさがる。
俺と【流星】を撃ち合ったあのおっさんだった。
どうやら、俺のほうがイアンよりも早くこのおっさんのもとにたどり着いたようだ。
ワルキューレに乗って近づいてくる俺に対して、逃げることなく真正面から迎えうってくる。
美しいとすら感じる姿勢で弓を構え、その身から大量の魔力を絞り出すようにして矢を放とうとしてきた。
この距離からあの地面や壁すらも吹き飛ばすほどの強力な矢を放てば、自分の味方にも損害が出るのではないだろうか。
だが、そんなことは気にしないとばかりに完全に矢を射るみたいだ。
「威圧」
しかし、そこに再度威圧を叩きこむ。
この威圧はどうやらグルーガリアの弓兵相手には相性がいいというのが今更ながらに分かった。
弓を使って攻撃するのは難しい。
わずかでも狙いがずれてしまうと、完全に別の方向に矢が飛んでいってしまうからだ。
だから、弓での攻撃の際には恐ろしいほどの集中力が求められる。
だというのに、それを強制的に集中を乱してしまうことが威圧にはできた。
弓を射る姿勢が流星と全く同じだったというのも大きい。
相手が弓の弦から手を放す瞬間が俺には手に取るように分かったので、それを阻害するように威圧を叩きこんだおかげで、狙いが大きくずれてしまった。
すぐに狙いがそれてしまったことは本人にも分かっただろう。
だが、もう遅い。
絶対の自信を持つであろう弓の攻撃を外して驚愕の表情をしているそいつに魔剣ノルンが突き立てられたのだった。
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