温泉宿
「どこに行くのかと思ったら川に来たかったのか。でも、ヴァルキリー、この寒いのに水浴びはしないぞ」
「キュキュー」
「ん? なんだ、あそこは」
ヴァルキリーに乗せられてやって来たのはバルカニアの南にある川だった。
といっても、川北の城というわけではない。
そこから少し距離の離れた地点の川岸だった。
このクソ寒いのに水浴びでもさせようかとヴァルキリーが考えているのかと訝しんだが、どうやら違うらしい。
川のそばまでやって来て、俺はそのことに気がついたのだった。
「けむり……じゃないな、あれは湯気か。もしかして、ここの水って温かいのか」
川のそばへと到着した俺が眼にしたものは、水面からゆらゆらと立ち上る湯気だった。
魔力が湯気のように立ち上ることを見ることはあるが、どうやらそれとは違うらしい。
間違いなくこの寒さに対抗するようなお湯による湯気が川の水から立ち上っていたのだった。
「お、温泉か。こんなところに温泉があったのか」
俺はヴァルキリーがここまで連れてきてくれた意味をそのときになってようやく理解したのだった。
※ ※ ※
「なるほど、フォンターナ軍との野戦のとき、お前たちはここから川を渡ったんだな」
改めて川の付近を確認していると気がついたことがある。
それは川そばの地面にわずかながら獣道のようなものが残っていたからだ。
だが、本来細かったであろう獣道がその横幅を広げるように押しのけられて移動した形跡がある。
おそらくこれは野戦のときにヴァルキリーたちの群れが迂回作戦をしたときに通ったあとなのではないかと思う。
現に広がった獣道はその形跡を少しずつ消している最中という感じだったからだ。
広げられてから時間が経過したことを意味するのだろう。
ヴァルキリーたちはここから川を越えて軍の横腹をつくように攻撃を仕掛けた。
そのときに、ここの川の水が温かいということに気がついたのだろう。
今回、俺がカイルと風呂の話をしているのを聞いてヴァルキリーが思い出したのかもしれない。
相変わらず賢い子である。
そのヴァルキリーの頭を優しくなでながら、再び俺は湯気の立つ川の水を見ていた。
「でも、ヴァルキリー。こんなところで天然温泉に入ったら湯冷めして風邪引いちゃうよ」
「キュー……」
温泉を見つけてくれたヴァルキリーには感謝しかない。
しかし、さすがにこんなところで川のお湯に入ったら間違いなく体調を崩す。
入りたいのは山々だが、さすがにそんな気にはなれなかった。
仕方がないので足だけをお湯に突っ込んで、足湯をしてから帰宅したのだった。
※ ※ ※
「バルガス、隣村の空いている土地をもらうぞ」
「え、どうしたんですかい、大将。そりゃまあ、使ってない土地が村にはあると思うけど、バルカニアもまだ土地が余ってるはずじゃ」
「いや、隣のリンダ村まで川から温泉でも引こうかと思ってな。温泉に入って一泊できる温泉宿みたいなものでもつくろうと思う」
「宿ですかい。よくわかりませんがいいんじゃないですかね」
「じゃ、隣村の村長にもお前から伝えておいてくれ」
足湯をして帰った翌日、俺は温泉宿を作ることを思いついた。
あのとき、軽く調査しただけだが川から出てくる温泉のお湯は結構熱いというのがわかったからだ。
場所によっては熱湯と言って差し支えないほどのお湯が噴き出ている。
この熱湯を利用することにしたのだ。
噴泉池から北に向かって行くとある隣村。
そこまでお湯を引く計画を立てた。
やり方はこうだ。
地中にお湯を通す筒状の硬化レンガを埋め込み、噴泉池から隣村までつなぐ。
俺の魔法で地中の噴泉している場所から直接パイプをつないで運ぶようにすれば、お湯の温度を維持しながら村まで引っ張ることも可能だろう。
そして、隣村に温泉を流し入れる風呂を用意して、更に宿を設置する。
これは寒い冬でもそこに行けば温かい温泉に入ることができ、そのまま宿で泊まることができるようにという思いからだ。
雪が降りはじめたこの時期のうちにさっさと作業を終わらせておかねばならない。
俺は早速その作業に取り掛かることにしたのだった。
まずは噴泉池の地面に魔力を流し込んで地中の状態を把握する。
なるべく土砂が入り込まないように地中まで伸びるパイプを作って、温泉のお湯だけが流れ込むようにしておく。
あとはひたすら隣村に向かって地面を掘り、硬化レンガのパイプを敷いていく間に農作業もなくなった連中に湯船を作らせる。
だが、風呂を知らない連中に風呂作りを任せたのはまずかった。
やつら屋外プールみたいなものを地面に作っていたのだ。
まあ、仕方がない。
露天風呂だと思うことにしよう。
すぐそばに宿屋を設置しておけば、それほど湯冷めすることもないだろう。
地中を通ってきた高熱のお湯も隣村まで届けると熱めのお湯くらいにまで下がっていた。
温度調整できないのでちょうどいいだろう。
設置された露天風呂にお湯が流れ込むようにする。
一応お湯の流れを止められるようにしておけば、【洗浄】できれいにすることも可能なようにしておいた。
さらに排水溝も設置する。
湯船に注ぎ込んだ温泉は更に北に送るようにしておく。
その先は我が街バルカニアの外堀である。
こうして空堀だった城塞際の外堀に水が引かれることにもなった。
湯船の種類は後々増やしていこうと思う。
露天風呂だけではなく、いろんなものがあってもいいだろう。
「アルス兄さん、わざわざ川から温泉のお湯って引く必要あったの?」
「え? だって、バルカには温泉て他にないだろ?」
「お風呂に入りたいってだけなら、井戸水でも汲んでお湯にすればよかったんじゃないかな?」
「……いや、ちが……。温泉はべつなの。成分が違うから。入ったら疲れが取れるんだって」
「【瞑想】を使って一晩眠れば大抵の疲れなんてとれると思うけどなー」
だが、俺が大工事を終えて一服しているとカイルから冷静なツッコミが飛んできたのだった。
風呂に入りたいという気持ちだけで、結構なことをしていたことにこのときになって初めて気がついたのだった。
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