51.ニワ子はどこだ
怪奇現象やん。
超怖い……。
いや待て。触手がうごめき、鶏が喋り、牛が蚕に殺される世界で、今さらなにをおっしゃるか。
だいたい、他の植物は今までさんざん動いてきたのだ。大豆が動かぬ道理はない。
それに、どうせクロエリアの大豆だし、原因調査しようにも入れない。この一件は、これにて閉廷! 終わり!!
気持ちを切り替え、さっそく鉄を融解しましょうかね。まずは炉の建造からだ。
……。
…………。
気になるう……。
帰還からはや一ヶ月。牛もリスポーンしたころ。
私は淡々と炉を造りながら、あの大豆のことを考えていた。
動いたっていっても、正直ほんとに、微風に揺れる程度の些細な動きだった。大豆はクロの間近に生えていて、私から距離もあったから、見間違いとか勘違いだったのかもしれない。あるいは、風の流れ的に、私には無風に思えただけなのかもしれない。トントンカンカン。
炉の建材は、基本的には石だ。石を切り出してブロック状にし、積み上げて粘土で固める。なんせ高温になるからね。木造だと燃えるし、融点を超えるから銅も駄目。しかし石の切り出しも大変だけど、運ぶのも厄介だ。ピラミッドを建造する奴隷の気持ちになる……。
あ、そうだ牛に運ばせよう。こういうときこそ役に立ってもらわんと。農閑期の牛は、本当にただのうんこ製造機だからね。ほらほら、生き返ったんだからきりきり働く。あだだだだ、逆襲止めて。やめ、やめやめ……。
止めろ!!!
――――やっちまった。
今日の夕飯も牛肉だ。
まあ、それはそれとして。
見間違いじゃないとしても、クロの傍っていうのは怪しい。あいつ動くし。クロが身震いしたときに、振動で揺れただけなんじゃ?
……でも、他の大豆は揺れてなかったんだよなあ。
この世界、異常なことは多いけど、基本的には物理法則を守っているんだよね。だからこそ、元の世界の知識であれこれできるわけで。
植物が殴りかかってくるのは当たり前だけど、むやみに動き回るわけではない。あの大豆が本当に動いたのだとしたら、なにかしらの原因があるはずだ。
で、気になるのはその原因だ。
今まで出会ってきた動く植物には、ろくな目に遭わされてこなかった。あの大豆……もしかして寝返ったのか? 襲ってくるんじゃないか? という懸念である。
大豆まで敵になったら、この世界はナイトメアモードになってしまう。ナイトメアっていうか、デバッグ不足で絶対クリアできない系のクソゲーだ。
今は一つだからいいけど、蔓延するタイプだったら特にヤバイ。早々に回収してこの世から消滅させる必要がある。
いや待て。優先順位がある。正直、クロ圏内はある意味聖域なのだ。動物は即死、花粉を運ぶ虫も入れない。繁殖するにもできない状況だ。ただちに影響はない。
しかしニワ子はどうだ。今も行方知れずのままで、無事に暮らしているとは思えない。このまま放っておいたら、この世界から鶏が消滅しかねないのだ。
つまりは製鉄。船造り。ニワ子探し。これが第一である。トンテンカン。
炉の構造は、上側に燃料を置き、下側に空気を送る必要がある。熱は上に逃げるから、下部には空気を通すための風穴が必要だ。
風穴と言えば、ちょっと地下の方も細工をしておこう。地面に直で接していると、地面の温度や湿気が伝わってきてしまう。なので、地下を少し掘って炉心周辺をレンガで固めておこう。特に炉心の真下はガチガチにする。それから湿気を除くために、炉心直下は避けて空洞を用意。外の湿気はここから逃げてくれるだろう。
あ、あと、鉄鉱石を溶かしたときの出口がいるな。これは、風を送る空気穴よりも上部に道を設置。出口から先は鋳型に落ちるようにする。不純物が一緒に流れてくると困るから、鉄の融点でも溶けない固体は下に溜まるようにして……。
残るは、空気穴に設置するふいごと燃料だ。
ふいご。仕組みはわかる。空気を圧力で押し出すことで、風を生み出すのだ。箱型の空間を用意し、上部のふた部分を足で踏めるようにすればいいのかな? 出口を細くすれば、一気に炉の中に空気を送り込めるはず。
ただし、空気が逆流したら困るので、押し出した後は炉に向かう穴を閉じる弁がいる。踏んだふた部分が自動で戻るように、ばねの仕組みも必要だ。それに、新しい空気の取り込み口。
そして燃料。薪だと湿気が出るし、不純物も多い。効率的に高温を生み出すために、不純物はできるだけ排したい。必要なのは酸素と炭素。できるだけ純度の高いものを用意するべきだ。
となると、今の私に用意できるのは木炭かな。木炭なら、たぶん現行で使用している窯で作れる。だってあれでしょ。炭焼きっていうくらいだし、燃やして作るわけだ。木炭が炭素のかたまりであることを考えると、炭素以外の有機物だけ先に燃やして、炭だけ残す。言ってしまえば、不完全燃焼をさせればいいわけだ。
なら、窯の空気孔をふさげばいい。駄目なら他の方法を考えるまでよ。
失敗の数は見ないことにして、さらっと完成。
すみやかに製鉄準備。燃料よし、鉄鉱石配置よし。ふいごよし。鉄の出口よし。製造開始、着火!
あちちちちちちち、あち、あちち!
炉から離れた場所でふいごを踏んでいるのに、やばい熱い。炉を見れば、吹きあがる炎がある。なにこれ、目がちかちかする。いたた、あちち、いたた。
あちち、くそ、聞いたことがあるぞ。日本の鍛冶の神様って隻眼だって話。これ、火をじっと見つめてるからなんじゃないのか。あだだ、火の粉飛んできた。この距離で飛ぶってやばいな? いででで、はー……。
はー、つら…………。
…………。
まあ、私の場合は自動修復機能があるので問題ないんですけどね。
燃焼結果を確認。鋳型の中に、金属光沢のある塊ができていた。
うーん、でも空洞だらけでこのままじゃ使えそうにないな。ここからさらにもう一加工がいるっぽい。
もう一度溶かして固めるか、日本刀みたいに叩いて鍛える必要があるのかな? 密度を上げるのだとしたら、溶かして固めて、溶かして固めて、って練り物みたいにすればいいはず。でも現状の炉だと難しいので、加工に適した第二炉を建てないといけなさそう。
じゃ、作りましょ。必要とあらば労力は惜しまんよ。
というわけで、第二炉を造り、ついに完成しました鉄製品。
はいどーん!
実に、長さ五メートルの高枝切りばさみである。
大豆回収完了。
クロの射程範囲が十メートルだったから、半ばまで乗り込むという危険を冒しつつも、無事に目的を果たした私に拍手。
「なにそれ」
獲得した大豆を持ち帰り、家で確認中の私を、後ろから牛が覗き込む。彼女はつい先日復帰したばかりだ。ちょっと生き返るのに慣れ過ぎでは?
なにそれ、との質問に、私は若干答え辛い。なんだろうこれ。
見た目は、全体的にサイズが大きいが、いたって普通の大豆だ。第二炉を作っているうちに冬になってしまい、すっかり枯れ果てている。からからに乾いた大豆の残骸に見えるが。
私は指先で、大豆のさやを突く。すると、さやは身震いするように、かすかに左右に振れた。
「きゃっ」
牛が悲鳴を上げた。私の背に隠れ、不気味そうに震えている。
「な、なに……なんで動いたの……?」
なんでだろうねえ……。
ただし、この大豆、これ以上は動かない。千切っても破っても、震える以上の動作を行う気配はなかった。もちろん、私の指に噛みつくようなこともない。
オジギソウみたいなものだろうか。なんらかの反射的な反応? 意思のある動きには見えないし、突然変異で刺激に反応するって考えが自然なのかな。
うーん、害がないならこれも育ててみようかなあ。枯れる前の状態での反応にちょっと興味ある。
まあ、この大豆はのちのち育てるとして。
すっかりわす、忘れてないけど、ニワ子の方に戻ろう。
船を作って沖に出て、地引網でニワ子の残骸を探すのだ。人数は少ないけど牛がいるし、これで近海の海底は浚えるでしょう。
紙があるから、今回は設計図もばっちり。強化船で近海へ乗り出し、網を投げてるくるのだ。
とはいえ手漕ぎだから、当たり前だがそこまで遠くには行けない。立派な帆船を作ったところで、私一人で操作できずに遭難落ち。海は陸と違って自由も効かず、永遠に浮上できず海の藻屑になることが目に見えている。
まあでも、そこまで遠くまでは流されていないでしょ。陸が見える範囲で船を出せば見つかるって。
待ってろニワ子、すぐに助けてやるからな!
助けられなかったよ……(即堕ち一行)。
牛と協力して地引網を敢行したけど、魚はかかれども鶏はかからなかった。骨の一本見当たらないとは、一体どういうことだ。
他の海岸に流れ着いたのか、まさか沖の方で沈んでいるなんてことはあるまいな? 海の底にいない可能性も無きにしも非ず……。
あああああああ……手詰まり……。
これからどうやって探して行けばいいんだ。
山を丸裸にする? 他の浜辺を浚う? 沖にまで流れていたらどうする? 遠い別の浜に流れていたらどうする?
……。
……やるしかない。
この世から鶏が失われたら、親子丼が作れずにこの世が消滅する可能性もあるのだ。
文明を発展させるしかない。鉄器時代から、さらに。
モーターがあれば沖へ出られる。水中カメラがあれば、安全に海の底を探せる。
発展させるしかない。
次は機械の開発だ!




