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ゼロ:怪物の後日戦譚―Zero:Monster of initiative wars―  作者: 本城ユイト
一章 始まりの出会い
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No.29 旧地下訓練施設④

 ――駄目だ。

 あの少年があそこに居ては不味い!


 魔法陣の側へ悠々と立つクリストの姿を見て、フリウスは瞬時にそう感じた。見た目こそどこにでも居るような平凡極まる少年だが、フリウスはその少年の瞳に浮かぶモノを知っていた。


 揺らぎなき自信。

 それも、かつてフリウスが苦汁と共に味わった上から目線の誇示するような醜い自信ではなく、古い大木のようにただ太くどっしりとあるだけの自信。


 誇示する自信は、強者に弱い。その根底にあるのが見栄や自分より弱いものへの嘲笑であるため、嘲ることの出来ない強者に対しては簡単に折れる。


 だが、その少年の自信は違う。たとえ相手が弱者だろうと強者だろうと、変わらずそこに有り続ける。折れず、腐らず、朽ち果てず。言い換えるならば、それは確固たる信念であり、覆ることのない誓いだ。


 フリウスには分かる。

 あれは、()()()()()()()()()()()()()()と。何かを変えることの出来るモノだと。


 その瞬間、目の前で今まさに戦闘を繰り広げていたユグドラシルの存在など頭から吹っ飛んだ。あるのはただ、あの少年に対する強烈な忌避感と焦燥感。


「そこに――立つなぁぁぁぁぁァァァッッ!!!」

 

 吼えると同時。

 ビギギッ、とフリウスの足から異音が生じた。それは、人を獣へと変貌させる禁断の技術――『獣化』だ。その時、フリウスは無意識のうちに両足の外見はそのままに、スペックだけを獣の領域へと届かせていく。


 強力無比ともいえる負の感情エネルギーは、中途半端とはいえ一時的にフリウスの『獣化』能力を更なる高みへと押し上げていた。人間の姿のまま獣の力を振るう、禁忌の技術の完成形へと。


 ゆえに、その踏み込みは観客席の地面を容易く踏み砕き、およそ常人には反応しきれない速度へとフリウスの体を加速させ――る、まさに寸前で。


 ズボゴォッ!と、まるでフリウスの行く手を遮るように出現した炎の壁によって、その行動は妨害された。


「――ッ!」


 ぎりっと音がしそうな程に奥歯を噛み締めたフリウスは、振り返り怒りをぶつけるように叫ぶ。この場で唯一と言っていい、この邪魔な炎の壁を生み出すことが出来て、なおかつそれをする理由がある唯一の候補へ。


「ふざけるなよ――貴様ァ!」


「ハッ、なんだよ、それが素か?悪くねぇ、ああ悪くねぇぜ。あのうさんくせぇ爽やかスマイルより、今の吠え面の方がよっぽど似合ってるしな」


 すたん、と炎の壁をバックにフリウスの前へとユグドラシルが立ち塞がった。それは、その壁の向こうにいる少年を守る立ち位置だ。


「黙れ。僕の邪魔を――するな――ッ!」


「……そうかよ。なら、オレも言わせてもらう」


 そう前置きして、ユグドラシルは言った。

 偶然にも、フリウスの言葉に合わせたように。


「ふざけんなよ、テメェ。団長の邪魔なんて――させるわけねぇだろうが!」


 そこにいるのはふたりの獣。

 龍の血を引く人間と、獣の身を宿す人間。


 ゆえに、余計な言葉は要らず。

 己の我を通したければ、その身の”力”で敵を捩じ伏せるまで。


 『汝、正義を貫きたくば、力を持って世界へ示せ。それが世界の法則となる』という、とある怪物じみた少年が掲げる言葉の通りに。


 ふぅと小さく息を吐いて。

 同時にふたつ、地を蹴る音があった――


***********************


 そして。

 ズドン!と、観客席の方で火の手が上がる。それに混じって獣のような咆哮がふたつ、入り乱れて響く。


 それをどこか遠くに聴きながら、白ローブを纏った魔術師のひとり、スミラス・ソレイドはローブをたなびかせて口と足を回す。


「《我・光精との契約・履行する者》!」 


 光属性の素因子(エレメンタル)の召喚式を口早に叫ぶと、途端にスミラスの周囲へ五つの白い光点が出現する。そのひとつを右手の人差し指の先へ移動させて叫ぶ。


「《世界照らす大いなる光・其はここに収束する・闇を切り裂き・一条の輝きと成せ》――ッ!」


 起動するのは、光属性魔術のひとつである《スナイプ・レイ》。速度に特化した光線を撃ち出す長距離狙撃用の魔術だ。


 発射音はなかった。スミラスの人差し指から放たれた一条の光線は、空気を焼いて一直線に突き進む。さすがに光速とまでは行かないものの、音速の壁を突破したその一撃は進む事に空気を焼いて衝撃音を撒き散らす。


 ――倒せる。

 そう、スミラスは勝利を確信した。


 何故ならば、その光線が狙う先にいた少女はスミラスに背を向けていたのだから。捻くれた杖を右手に持ち、あまりの極低温に空気が凍りついた白いモヤを纏う少女。その少女は先程からバカスカ氷の槍を放っているが、さすがに死角から音速超で迫る一撃までは避けられまい。


 ゆえに勝利を確信したスミラスだったが、次の瞬間、その考えが全く甘いものだったと痛感させられた。すっ、とまるで背中に目でもついているかのように、その少女がいとも容易く光線を避けたせいで。

 

「な、あっ――!?」


 ――ありえない。

 が、愕然としている暇もない。少女の視線がぐるりとスミラスの方を向くと同時、その周囲へ途絶えることなく創られていた氷の槍の穂先が確実にスミラスをロックオンしていたのだから。


「っ、《聖女の祈り・原初の奇跡の源にして・厄災祓う慈悲深き盾》!」


 残り四つの白い光点を使って、光属性魔術の《クロウ・シールド》を起動する。半球状にスミラスの周囲へ展開された計四枚の白い盾は、直後命を刈り取る勢いで迫ってきた無数の氷の槍と正面から激突した。


 ドガガガガッ!と分厚い鉄板くらいなら容易く貫通しそうな氷の槍が連続で盾を削りにくる。手元に光の素因子(エレメンタル)があったので咄嗟にこの魔術を起動したのだが、この《クロウ・シールド》は状態異常系の異能に強い反面、盾自体の強度は微妙だ。


 よって、十秒ももたなかったのはまあ当然と言えるだろう。むしろ良くもってくれた方だとあの盾を褒めてやりたい気分にすらなってくる。


 だが、そんなことをしている暇はない。

 なぜなら、目の前で誰かをその背に庇うよつに立つ少女を倒さねば、せっかく起動させた儀式系統の魔法陣の傍にいる少年へとたどり着けないのだから。


 まさか高い魔力が流れる魔法陣へ足を踏み入れる自殺行為に走る訳にも行かず、かといって遠距離からの狙撃も氷で防がれる。上空へ飛べば撃ち落とされ、接近すれば氷槍で貫かれる。


 よって、スミラスたち魔術師に採れる選択肢は、少女を排除した後に少年を倒すしかないのだ。


 盾を破壊されたものの、それで得た数秒を使ってスミラスはさらに少女へと駆けていく。と、その横を併走するように現れた魔術師が、自分の周囲に漂う緑色の光点を指し示した。


 ――これ、使うか?

 おそらくはそんな意味合いであろう仕草に、スミラスは即座に頷きを返した。すると、すうっと空中を滑るように近づいてきた四つの緑色に輝く光点がスミラスの周りを飛び始め――


 直後、隣を走っていた魔術師の右肩へ、ドスッと音を立てて透明な氷の槍が突き刺さった。


「ぐ、ああっ……!?」


 傷口が瞬く間に凍りついてしまったため、出血はない。だが、ぐらりとバランスを崩した魔術師、その体へ、さらに氷の槍が連続した。


 一本目は左肩、続けて二本が左右のふともも。ドドドスッ!と一拍遅れることもなく、まさに同時と言ってもいいほどだった。そして、極めつけに地面の辺りから生えたように飛び出した氷の鎖が、魔術師の体を絡めとって地面へ仰向けに固定する。


 それは、一瞬の出来事。

 事前にやられる側とも打ち合わせをしていたんじゃないかと疑いたくなるほどに鮮やかな手並みに、思わずスミラスは見入って――ふと、我に返った時には遅かった。

 

 鋭利な切っ先を向けて迫る氷の槍雨、それが視界いっぱいに広がっていたのだから。脳で思考するよりも早く、脊髄反射で言葉が出た。


「――っ、ば、《解放(バースト)》ッ!」


 シュボッ!と、ひとつの素因子(エレメンタル)を使って渦巻いた豪風にスミラスの体が巻き込まれて上空へと打ち上げられる。グルグルと回転する視界の中、頭の下を素通りして行った槍雨を見て、スミラスはそっと胸をなでおろし――先ほどよりもさらに数を増した、第二波が少女の元へ形成されているのを見た。


「っあ、は――」


 体から血の気が引いていき、喉が引き攣る。

 その感情は恐怖。魔術を起動するための詠唱式(コマンド)を唱えようとしても、脳が真っ白になる。


 当然だ。

 スミラス・ソレイドは、死ぬためにここへ立っているのでは無い。死ぬ覚悟など口ではなんとも言えるが、実際に覚悟を決めるのは生半可なことではないのだ。


 ゆえに、その震える唇から漏れたのは、戦うための言葉でも、命乞いの言葉でもなかった。

 

「しにたくない」


 それは、寸前で悟った死の恐怖。

 スミラスが今まで魔術を振るって傷つけてきた人々が感じていた、命に対する根源的な恐怖心だった。


 遅すぎた恐怖を胸に刻んで。

 そしてまた、勇敢にして愚かなる魔術師がひとり、凶弾に倒れた。


***********************


 そして、そして。

 観客席の方で連続する爆音と、すぐ隣で響く凍結音と悲鳴を聴きながら、クリストは「やれやれ」とため息をついた。


「皆揃って目の色変えちゃってさぁ。ったく、この訓練施設が地下にあるって忘れてね?もし万が一天井が崩れでもしたら、生き埋めコース確定だっつーのに……」


 おそらく今この場にいる誰もが頭の中から吹き飛ばしていた事実をポツリと漏らすも、その言葉は先頭の余波に紛れ届く者はいない。


 というか、先程から無数の氷の槍やら爆発で壊れたらしき床の破片など実にレパートリー豊かな凶器が背後で飛び交っているので、その余波を受けたくないクリストとしてはすぐさま仕事を終えたいところだ。


 そんなわけでクリストは、その瞳をおもむろに横たわるソラミア――その体を中心に展開する二層の魔法陣へと移すと、


「さてさて。ではいっちょ行ってみますか!」


 気合いの言葉と共に、自身の魔法を起動した。

 その途端、クリストの視界が切り替わる。別の視点にズレた訳ではなく、その瞳に映し出される映像は変わらない。だが、その”色彩”が明確に変化した。


 人間の視覚は、多種多彩な色を認識する。それはもちろんクリストにも言えることだ。しかし、その魔法を起動した瞬間、その前提は完全に忘れ去られる。


 視界に映る魔力の濃度。

 その濃淡を、ざっくりと赤や青、緑などで色分けされただけの世界が広がっていく。


 それは何故か。

 簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()に他ならない。普段捉えている実体を持つ物質から、実体を持たない魔力へと視覚の焦点が切り替わったのだ。


 ゆえに、その視覚は見えるものを排除し見えないものを映し出す。不可視の魔力へその濃淡で色付けし、視覚へ反映する。物理法則を無視した、魔導の法則に従う異能(モノ)――すなわち”魔法”。


 魔法に存在する六属性に含まれない例外属性(イレギュラー)、その名も『無属性』。魔力へ直接干渉を可能にするその属性をその身に宿したクリストが選択したのは、”体内干渉系統”と”体外干渉系統”の二つあるうち後者だった。


 体外干渉――つまり、『体の外にある魔力へ干渉して可視化する』というのがクリストの第一階梯(レベルワン)なのだ。


「……ふぅん?なるほどね。大体わかった」


 その魔法が、魔法陣の全てを解析にかかる。魔力の流れ方、強弱、濃淡。それらの情報を元にクリストの記憶の書庫に眠る無数の知識と照らしてその正体を突き止めていく。


 と、そこで。


「――ん?この二層目の魔法陣……ははぁ、そういうことか。これ作ったヤツはかなり外道だなぁ。俄然として親近感湧くぜ」


 一瞬眉をひそめたものの、とりあえずは満足げに頷くクリスト。そして、おもむろにコートの懐へ手を突っ込み――引っ張り出したのは、とある結晶石。


 それが、ユグドラシルやルーナが『霊装』を呼び出す時に使っていたものと同じ物だと気づいた人間は、残念ながらこの場にはいなかった。


 キンッ、と音が響く。

 結晶石を指で弾き、くるくると放物線を描いて宙へ舞ったそれへは目も向けず、クリストは小さく宣言するように言葉を紡ぐ。


「――『喚装(コール)』」


 一瞬だけ、空中の結晶石が眩い光を放った。そして、重量に馬鹿正直に従って落ちてきたソレを、クリストの右手が掴み取る――


 ガシャン、と金属室な音。

 その手の中にあったのは、結晶石ではなかった。


 それは、剣の柄。

 その刀身は闇を封じたように黒く、その刃は血に濡れたように紅い。見るものへ形容しがたい恐怖のようなものを押し付ける、まさに闇に蠢く”魔剣”と称すべき片刃剣が握られていた。


 ちらり、とその視線が他所を向く。それは、観客席との壁にもたれ掛かるようにして置かれた、血みどろの四体の人間。『魔力増幅陣アンプリフィケーション』に組み込まれたことで体内をズタズタに破壊された哀れな犠牲者の成れの果てだ。


 それを見て、諦めたようなため息ひとつ。クリストは剣の峰側を肩に担ぐと魔法陣へ躊躇なく一歩、また一歩と近づいていく。


「さあて、今回の賭けは当たりと出るかハズレと出るか……。ま、地獄の沙汰も金次第ならぬ、賭博の勝負も運次第ってとこかね?」


 そう、愚痴にも似た独り言を漏らして。

 クリストは、魔法陣の円環へと踏み込んだ。

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