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ゼロ:怪物の後日戦譚―Zero:Monster of initiative wars―  作者: 本城ユイト
一章 始まりの出会い
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No.26 旧地下訓練施設①

 目を覚ましてすぐに、ソラミアは自分が見慣れない場所にいることを悟った。


 巨大な円形を描く広場のような場所に寝転がされ、その視線を少し動かしてみれば、この場所がすり鉢状の建物の内部なのだろうということだけは辛うじて検討がつく。


 頭上に広がるのは青空ではなく無機質な土色の天井、だがそこに等間隔で埋め込まれた魔晶灯の輝きを受け、暗さというものは感じない。むしろ、なんというか――


(――舞台の上、みたいな?)


 そう、いつかお父様に連れて行ってもらった王都の円形闘技場(コロッセオ)に似ているなぁ、と思う。それを念頭によく見てみれば、ソラミアがいる場所から少し上へといったところには観客席のようなものが見受けられる。


 と、そこへ、


「おや、お目覚めですか?それはちょうど良かった、そろそろこちらの準備も整う頃ですしね」


 頭の上から聞き覚えのある声がかけられた。

 その声に反応しようと体を動かすと、ジャラッという金属音とともにその動きが阻害される。そこで初めて、手足を鎖で縛られているのだと気づいた。


「あなたは……ッ!」


「フリウス・レイズ。ああ、あなたにはもう名乗ったのでしたっけ?ならば、記憶に刻むという意味でも、二度名乗らせてもらいます」


「……あなたの目的は?何をするつもりなんですか?」


 いや、その質問には意味がない。なぜならソラミアは知っているからだ。彼ら《魔道教団(オラリアル)》の目的を、そのためのやり方を。


 案の定、フリウスはソラミアの予想通りの解答を口にする。


「ご存知でしょう?《封印》の魔道書(グリモア)、ですよ。こちらとしても報告は受けているんです、《封印》はレイク・シーネルタからその娘へ継承されたとね」

  

 知らないとは言わせない、と無言の圧力をかけてくるフリウス。その圧力を、ソラミアは真正面から受けて立つ。ただ無言でフリウスの顔を一点凝視する。


 こういう時、持ち前の度胸が役に立つんだなぁと密かに自分の特技を活かす場面を会得しながら無言を貫くソラミアに、やがてフリウスの方が口を開いた。


「あくまで答えるつもりは無いと?ならばそれもいいでしょう。では、話題を変えるとしましょうか」


 そう言ってフリウスは、パチンと指を鳴らした。その瞬間、ソラミアを中心に地面を無数の光の線が走り、幾何学な図形を描き出す。


「魔法陣――!?」

 

「ええ。儀式系に分類される魔術、それも魔術の起源を創ったとされる『真祖』の手によって組まれた、唯一無二の魔法陣です。ああ、ちなみにで言っておきますが、解除方法はありません。最初から用意していないのでね」


「――ッ!」


 解除方法が存在しない、という事実にソラミアは思わず歯噛みする。持ち前の度胸で隙あらば脱出しようと画策していたソラミアは、その言葉に絶望にも似た驚愕を覚えた。


 その様子を満足げに見下ろしたフリウスは、「それでいい」と言い捨てる。それから、うつ伏せに寝転がされたソラミアの位置からは背後になるので見えないが、そこに居るらしき誰かへと指示を飛ばす。


 すると、唐突にソラミアを奇妙な虚脱感が襲う。自分の中から何かを抜き取られていくような不快感。それは一分一秒経つ事に強さを増していき、徐々に意識が朦朧としてくる。

 

「第一段階、あなたの体から余分な魔力を吸い取ります。ああ、この段階では死ぬことがありませんので、ご心配なく」


 それ、今後の段階で死ぬってことじゃない、と。薄れゆく意識の中で、ソラミアはそう思い――そして。


 ガシャアアアン!という、ガラスを盛大に破砕したような音が響き渡ったのを耳で拾ったのが、最後に意識へ刻まれた音だった。


**********************


「いやぁ〜、マズったかな。予想以上に大きい音出ちゃったわ。まあいいけど」


「いいのかよ!……つっても、すぐに敵が来る気配は無いぜ?つまり、問題ねぇってことなんだろ?」


 そこは、昼間の外と同じくらいに煌々と魔晶灯の明かりに照らされた通路だった。その病院と見間違うほどに白い清潔感のある壁には、『舞台直通路』というプレートが掛けられている。


 大鏡に見せかけた空間接続用魔道具を使いここへ侵入を果たした三人は、まず手始めとばかりにクリストの魔法を用いて『王都地下訓練場』に張られた結界を粉々にしたのだった。


 その破壊の際に生じた硬質な破砕音の大きさは、全くの計算外ではあったのだが。


「いやぁ、さっすが団長、結界に対しては最強だね!尊敬するよ、ほんと!」


「だな、結界に関してだけは団長の右に出るものはいねぇぜ!よっ、リアスター王国のトップ様ぁ!」


「おっ、そうだいいぞ、褒めろ褒めろ!ふはーっはっはっは、俺にかかればこの程――!……おいまて、今結界()()とか言ったか?」


「「言ってない」」


 打ち合わせもなしにピッタリと言葉を被せてきたユグドラシルとルーナの言葉に、思わずクリストも「そ、そうか……?」とその場の雰囲気で納得しかけてしまう。が、寸前で思いとどまった。


「……いや、そんなわけねぇだろ。お前ら絶対言ってたぜ?この俺の耳がしかと聞いてんだから」 


「「間違いなく空耳」」


「いや、でもお前ら……」


「「気のせい。言ってないし」」


 左右から挟まれ息ピッタリどころか口調まで合わせてきたふたりに、これ以上は無駄かと年長者のクリストが大人の余裕を見せて引き下がる。そして、愚痴の代わりにはぁ〜と深いため息を漏らして――そこに。


 ごぶっ、という嫌な音が混じったのは、唐突だった。


「っ、おい、団長……!?」


 つっ……と、クリストの口の端から血が垂れる。それどころか、咄嗟に口元を押さえた掌には、鮮やかすぎる深紅の液体がべっとりと付着していた。


 その光景にユグドラシルとルーナが驚きの反応を示そうとし――その反応が表情に現れる寸前で、クリストが片手で制した。なんでもないという風をアピールするように、クリストはいつも通り軽薄に飄々と笑う。


「心配すんな、呼吸器官あたりがちょい派手にぶっ壊れただけだ。いつも通りギャンブルの代償だよ、これはな……」


「……でも、毎度の事ながら本当に大丈夫なのか?見てて心配になるんだがよ」


「ははっ、俺は意外と不死身のクリスト君だぜ?んな心配は無用の長物ってやつさ。じきに体内(なか)も戻る、問題は無いしお前らに負担をかけるようなマネはしねぇよ」


「……はぁ、ユグドはそういうことを言ってるんじゃないんだけどねぇ」  


 口元を手の甲で拭いつつ答えるクリストに、ユグドラシルとルーナから呆れた視線が発せられる。だがしかし、その根底にあるのは紛れもない心配だ。


 それを分かっているからこそ、クリストは務めて普段通りの声を出す。個人の見栄や虚勢ではなく、部下を持つ団長としての意地がなす技だ。


「……ともかく、今は俺の事よりソラミアだ。お前らの鼻と耳でソラミアの場所が分かるか?」


「えっ、うーん……ここからじゃ難しいかも。もっと近くに行くか、せめて声でもすれば別なんだけど……」


「オレも同じだな。ソラミアちゃんが一度通った通路とかなら、残り香を辿って見つけられるかもしれねぇが……どうも、ここには匂いがねぇみてぇだ」


 すんすんと鼻を鳴らしながら答えるユグドラシル。と、それを見たクリストが、憎らしいほどに悪い笑みを浮かべてすかさずルーナへと囁く。


「なあルーナさんや、ユグドが年端もいかない少女の残り香をクンカクンカしてそのあとを追いかけるとか極めて危険な発言をしてるわけですが、その点はいかに?」


「うん、一言で表すならサイッテーだね」


「おい待て、違うんだって!?だからルーナもそんな『うわぁ、ゴミだなコイツ……』みたいな目をオレに向けるな!やめろっ、団長も『な?ゴミだろアイツ』とばかりに指さしてくんじゃねぇよ!ああもうふざっけんなよ団長この野郎!」


 言われのないレッテルを貼られかけているが、すでに『ロリコン』やら『性癖愛好者(フェチニスト)』などの称号を欲しいままにするユグドラシルにとってそんなものは日常茶飯事だ。いちいち気にしていたのでは、このふたりとは付き合えない。


 それに、これでこそ《執行部(コード・ゼロ)》だというものだ。戦場では常に余裕であれ、とは創立時のクリストの言葉だし。


「まあ、ユグドラシルの風評被害とかその辺はどうでもいいとして、だ。俺としては、ここからは二手に分かれることを提案しようと思う」


 たった今思いつきましたよ的な顔をしれっと浮かべつつ、クリストは内心でほくそ笑む。実はこの二手に分かれるという選択肢は、それこそかなり前からクリストの脳内にあったのだ。


 その理由は全て、とある事情からユグドラシルとルーナにペアを組ませるため――!


(計画通り……!)


 恐らく顔に出せば十人が十人とも「悪人顔」と口を揃えるであろう、とても人様の前では披露できない笑顔をこっそりと浮かべるクリスト。が、その首に背後から優しく手が回されたのは、全くの計画外であった。


「二手にって……団長とアタシがペアってことね!任せて、すっごい頑張るから!」


「え、あの、ルーナさん、ユグドは……?」


「ん、ユグド?それならひとりでも大丈夫じゃない?ほら、なんといっても強いし!」


 にぱっ!と満面の笑みを讃えて背後から抱きついてくるルーナ。その際身長差からルーナの柔らかな二つの膨らみがクリストの後頭部へと押し当てられているが、当の本人は微塵も気にとめない。よく言えばサバサバした、悪く言えばガサツなのがルーナ・ストレイアという少女なのだ。


 だがしかし、視界の端で何かを言いたそうに口をパクパクしているユグドラシルも気になるし、計画をここで中断する訳にもいかないクリストは、するりとその抱擁から抜け出して真っ直ぐにルーナの顔へ人差し指を突きつける。


「違う、お前のペアは俺じゃなくユグドだ!俺とくっついてどうすんだよ、あっちと組め!というかユグド、お前も少しは自分からパートナーに立候補するとかしろよ!」


「え、ええ〜?なんでユグドがアタシと?」

「え、ええ〜?なにゆえルーナがオレと?」


「こっ、コイツら、わざとやってんのか……!?」


 互いに顔を指さして首を傾げたふたりに、クリストは頭を抱えてなんとも言えない感情に悶絶する。そもそも、クリスト側の事情を抜きにしても、ふたりの息の合いようを見るにそのペアがベストな選択であるのは明らかなのだ。


 よって、クリストは最終手段を採る。


「……はぁ。いいか?これは団長としての命令だ。ルーナ、ユグド、お前らがペアを組んでソラミアを探しにいけ。異論は認めない!」


「まあ、団長がそう言うなら……仕方ねぇな」


「そうだね、団長がそう言うなら……仕方ないか」


 不承不承――にしては口元が若干緩んでいる気がしないでもないふたりは、こうしてクリストの命令を受諾した。


 そして、協力して手掛かりを探すと言い残して通路の奥へと駆けていったふたりの背中が曲がり角へ消えるまで見送って、クリストは小さく呟く。


「『共犯者』、いるか?」


「あいよ、ここに居るぜ」


 その声が耳へ届いたかと思うと、いきなりのしっと背中に重みが加わる。明らかに自分の体重よりも重いそれを受け、クリストは無造作に右足を後ろへ蹴りあげて――


 どむっ!という何やら柔らかいものを蹴った感覚を得る。それと同時に背中にかかっていた重みが消失し、どさりと何かが倒れた音がする。


「ぐ、ぐぅおおおおぉぉぉぉぉ……!?テメ、金的はダメだろ……!情けってモンがねぇのかよ……」


「俺ってば意外とないんだ、情けとかはさ。というかお前のことだ、片方ないくらいがちょうどいいんじゃないのか?」


「それはオレに死ねと言ってんのか……!?経験豊富でオトナなオレの息子さんが実は片タマでしたなんて笑えねぇぞ……!」


 うずくまってどことは言わないが世の中の男性共通の急所を押さえて悶絶する『共犯者』をクリストは冷ややかな目で見下ろす。そこまで強く蹴ったつもりはなかったのだが、どうもかかとが変な場所へとめり込んだらしかった。 


 それを「普段の行いのせいだろ」と自分に責任はないとばかりに切り捨て、クリストは仕方なしに『共犯者』へと肩を貸して立ち上がらせる。


「……無事か?」


「まてまて、今確かめる……。ん、まずいな、片方がお亡くなりになられたか……?…………いや、居た!いつものポジションにちゃんと居るぜ、おい!」


「ならよかった、問題ないな」


 ならば話はおしまいという風にパンパンと手を打ち鳴らすクリスト。すると、ようやく痛みが引いてきたのか幾分辛さが薄れた声で『共犯者』は「そう言えば」と言った。


「相も変わらずお優しいんだねぇ、団長様は」


「うん?……ああ、その事か。ま、部下の仲を取り持ってやるのも、上司の役目だからな。……それより、お前の首尾の方は?」


「ははっ、全然だ。なにしろお前が結界を破壊したからここに入れたんだしな。狩ってる余裕なんてなかったっつーの」


「ま、それもそうか。だが喜べ――仕事が向こうから郡挙してやってきてくれたぞ?」


 ニヤリ、と不敵に笑うクリストは、親指で自分の背後を指し示す。見れば、真っ白な通路の壁と同化するかのごとき純白のローブを纏った集団――《魔道教団(オラリアル)》の魔術師たちが口早に呪文を詠唱しながらこちらへ駆けてくる。


 それと同時に、背後の通路――ユグドラシルとルーナが消えていった方から、あちらでも戦闘が始まったのか爆音が響いた。ずずっ……と通路全体が不気味に揺れるが、クリストたちは意に介さない。


 その瞳は、ただ眼前の敵を見据えるのみ。


「さあ、ゲーム・スタートといこうか」


「おっし、派手に暴れてやろうぜ!」


 こつん、と互いの意思を確認するように拳をぶつけ合い、ふたりは濃密な魔術の弾幕へと一直線に突っ込んでいく――

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