No.19 王の執務室①
ざわざわ、という音が響く。
実際にはざわざわなんてものではなく、一つ一つがきちんとした会話なのだろうが、それでも多くの声が重なり合った結果ざわざわと聞こえるのだ。
王都の一角、外壁に接する西区八番街――通称『貧民街』と呼ばれる場所は、廃墟が多く浮浪者が住み着く危険な地域であると周知の事実なため、まともな人間ならまず近寄ることは無い。にも関わらず、今は多くの人で溢れかえっていた。
だが、それは決して良い意味ではない。むしろ、悪い方向へと傾いた野次馬根性が全ての元凶だ。
「は〜い、ちょっと通してくださ〜い!お願いします、道を開けてくださ〜い!」
まるでお祭りでもやってるかのような密集地をかき分けながら進むのは、一人の青年。藍色のコートを身に纏い、人懐っこそうな顔とキリッと上がった眉は、快活そうな雰囲気を醸し出す好青年といった印象を与える。
その青年は人の隙間を縫い、なんとか前へ前へと進んでいき――やがて、人混みの最前列へとたどり着く。そこで青年を待っていたのは、同じく藍色のコートに身を包む中年間近あたりの男だった。
「お、やっときたか。遅いぞアーデン……って、まあこの人混みじゃあ仕方ないけどな」
「す、すみません……。それで、事件現場というのはどうなっているんでしょうか!?」
アーデンと呼ばれた青年は、やる気に満ち溢れたといった様子で拳を握る。それをやや苦笑しつつ微笑ましそうに見つめる男性――アーデンの教育係にあたる上司は、ポンと肩に手をおいて言う。
「そういや、お前これが騎士団の初仕事だったか。まったく災難だなぁ、初っ端からこんな事件を引き当てちまうとは……」
「そ、そんなに大変なものなのですか!?」
「あー、いや、大変といえば大変なんだが……。そうだな、実際に見た方が早いだろう」
言いにくそうに頬を掻く上司は、こっちに来いとアーデンを手招きする。それに従い、慌てた様子で騎士団の人々が行き交う手狭に並んだ住宅の隙間を曲がり――そして。
その先に広がっていたのは、巨大な穴だった。
まるで、地面がすっぽりと抜け落ちたと言われても信じられるほどの大穴。大きさにして直径は五十、いや百メートルでもまだ届かないだろう。もはや驚きを通り越して畏怖すら感じる光景だった。
「――は、こ、これは……!?」
「見ての通り、穴だ」
「そ、それは分かるのですが……何故このようなものが!?」
驚愕やらなんやらが混じりあった感覚にに軽いめまいを覚えつつ尋ねると、上司からは歯切れの悪い答えが返ってきた。
「ああ、それがだな。目撃者は何人もいるんだが……その誰もが口を揃えて『突然地面が爆発した』と言うんだ。実際、騎士団の詰所からも見えたから俺も見てるしな……」
「まさか、少し前に揺れたやつですか?……というか、これほどの規模ならけが人なども出たのでは……!」
「ん、いや、それはいなかった。どうやら廃墟だけが消し飛んだらしい。ばらまかれた破片でもケガ人はいなかったよ」
とりあえずその事実にそっと胸を撫で下ろす。やはり人が死ぬのは見たくないものだ。人が亡くなり命を失うのも、その人と大切な繋がりを持つ人が精神を失うのも。
「ま、あれだ。俺たちの仕事はこの事件の原因を調査することだ。ホントならフリウス副団長が居れば話は早いんだが、今はいないみたいだしな……」
なるほど、とアーデンは内心納得した。つまり、この件が自然に起きた事故か、もしくは悪意ある人間が起こした事件なのかを特定する、ということなのだ。それは、アーデンの働き次第ではどっちにも転がる重要な任務ということになる。
「……っ、わかりました!アーデン・トレイマー、精一杯頑張らせてもらいます!」
「お、いい表情するじゃないか。頼りにしてるよ」
互いに覚悟を決め、頷きあう。そして、ゆっくりと慎重な足取りで穴の中へと下りて行く―――
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そんな光景を、少し離れた場所から眺める人影があった。その現場からおよそ三百メートルほど離れた、四階建てなどザラにある西区の建物の中でも一際抜き出た時計塔のてっぺんにて、黒コートの裾をなびかせる、奇妙な三人組が。
「あちゃ〜、だいぶ被害出てんなぁ。ま、あの程度なら作業用ゴーレム総動員すりゃ一週間かかんないだろうけど……」
「まあ、ケガ人が無かったってのは不幸中の幸いだよね」
額の上に手を当て、被害状況を確認していたクリストに、ルーナが安堵のため息とともに言葉を漏らす。
あの時、フリウスが使った紅い結晶石は、純度100%の魔晶石――つまり、クリストが使っていた白魔晶石よりも単純計算で四倍以上の威力を持つ天然の爆弾だ。
『転移の対護符』と呼ばれる、青と赤の対になっていて青の札に触れたものを任意で赤の札がある座標へと飛ばすというクリスト自信作の魔道具を使わなければ、今頃生き埋めか爆死は免れなかっただろう。
「……はあ、いざって時の保険も使っちまったしなぁ。これ作んの苦労するっつーのに……」
そう言いつつ、クリストは時計塔の内側の壁から赤い札を剥がす。その札は、やがてボロボロと崩れ風に乗り散っていった。ちなみに、脱出の際に使った青い方の札は、既に手元には無い。
「まあいい、とりあえずはソラミアの行方を追おう。ユグド、ルーナ、お前らはお得意の鼻と耳を使って足取りを追え」
「つっても、地下は爆破されちまったし……。まあ出来るだけ努力はするが……見つかるって確証はねぇぜ?」
「それでいいさ。俺は俺で本命の方に当たってみるから」
「……本命の方って?」
ルーナの質問にニヤリと笑い、クリストは懐から何かを取り出す。それは、青い宝石型の通信用魔道具だ。
トントンと表面を二回叩くと、半透明色の板が空中へと浮かび上がる。そこに刻まれた0から9までの数字を押し、目当ての番号を入れていく。
「えと、確かアイツの個人用番号は……0881の5327……じゃなくて、5427の6619だったっけな」
記憶を探り十二桁の番号を入力すると、ピピピ……ッという待機音の後に、魔道具の向こう側で相手が通話にでる。
『……クリストだな?』
「ああ、そうだ。お前から受けた依頼の件なんだが、ちとマズイことになってな。至急調べて欲しいことがあるんだが……構わないか?」
『ふむ、あの件か。ならば私も他人事では済まされないな。何の情報を揃えればいい?』
「王国騎士団の副団長でフリウス・レイズってのがいる。そいつに関する全ての情報を閲覧したい」
『……いいだろう。集めておこう。十分後に私のところへ来てくれ』
「ああ、悪いな。世話かける」
短いやり取りの後、クリストは通話を切る。そして通信用魔道具を懐へ仕舞いつつ、手帳から破った白紙へつらつらと簡略化した地図を描き、注釈を加えていく。
「あの爆破現場の位置と大体の深度から察するに、多分俺たちが居たのは旧上下水道でビンゴだろう。この地図の場所に一般には知られちゃいない入口がある、そこから入れば……」
「現場検証中の騎士団の人間に会わずに敵の足取りを終えるってことか?」
「ああ、多分な。少なくとも、手がかりくらいは拾える可能性がある」
「……よし、それなら任せとけ!オレの鼻とルーナの耳で必ずソラミアちゃんを見つけ出してやる!」
「そうだね、急ごう!」
クリストからメモを受け取ったユグドラシルとルーナは、意気込み新たに時計塔に備え付けられた窓を乗り越え飛び降りていく。数秒後に何やら下の方でべちゃっと何かが潰れるような音と聞き慣れた男の悲鳴が聴こえたが、それは無視する。
「さて、そろそろ俺も動くかね……」
ぐいーっと大きく体を伸ばし、クリストは動き出そうとする――が、その挙動を寸前で止めた声が、時計塔の下部から続いてくる螺旋階段の入口から聞こえてきた。
「待て待て、『共犯者』。どこ行くかは知らねぇが、まずはオレと話すことあんだろ?」
それは、漆黒のローブに身を包み、フードを目深に下ろした謎の人物だった。発せられる声から辛うじて男だとはわかるものの、逆に言えばそれ以外はさっぱりわからない。日常の風景の中にこんな怪しさマックスの怪人物がいたのならば、まず即通報待った無しだろう。
だが、その男は幸いと言っていいのかクリストの知り合いであった。
「ああ、それもそうだな。お互いに状況報告といこうか」
そう言って時計塔の窓の縁に腰を下ろしたクリストは、地下であった全てを順序だてて説明していく。と、それを聞いていた怪人物が、やれやれと声を上げた。
「つまり、ソラミアちゃんは拐われたってわけだな。可哀想だな、こんな人間の域を超えた鬼畜クソ野郎に目をつけられたばかりに……」
「おい、勝手に人を人外の域にぶち込むんじゃねぇよ。俺はまだちゃんと人間の域をウロウロしてるっつの」
「……鬼畜クソ野郎なのは否定しないのかよ」
事実だしな、とクリストは適当に応じ、男へと向き直る。そして、すっとある一点を指さし、幾分トーンを落とした口調で言う。
「というか、お前、その袖口にある何かの液体が飛んだ跡……さては取って食ったな?」
そのクリストの指摘にビクウッ!と肩を震わせた男は、今更ながらに袖口を隠しつつ申し訳なさそうな口調で言い訳を並べる。
「だ、だってよう……お前が運べって言ってたあの魔術師たち、いい感じに焼けてたんだぜ?それも若い男ばっかだし……だったら食うしかないかなって思って……やりました、はい……」
「お・ま・え・はぁ……!毎度毎度言ってるよな、アイツらには用があるんだから食うなよって!はいそこに正座ぁ!」
あまりの剣幕に慌ててその場に正座する男に、クリストは小一時間ほど説教かましてやりたい気分をどうにか抑え、こめかみを揉みながらどうせ言っても無駄かと今までの経験から判断する。
「……まあいい。お前には次の役目があるしな。ほれ、こいつ持ってろ」
「あん?なんだよ、このメモ書き……」
クリストが男へと差し出した一枚のメモには、『王立時空間因果研究所』や『騎士団第二屯所』など複数の建物名がリストアップされていた。
「これはソラミアが連れていかれるであろう場所のリストだ。一応、俺が持ってるなけなしのフリウスに関する情報を使って行動予測してみた」
「いや、まさかとは思うがこれ全部総当たりしろっつーんじゃねぇよな?」
「馬鹿か、んな非効率なこと意味ねぇよ。この中で最も確率が高いのは、『旧地下訓練施設』か『魔道工学開発局』だろう。それだけでいい」
「おい、さすがに二つは無理だぜ?オレは一人しかいねぇんだからよ」
「心配すんな、分身しろとか無茶は言わねぇよ。ソラミアを効率よく連れ去るなら、恐らく転移魔道具がある開発局の方だろう。お前にはそっちで、適当に魔術師を間引いて欲しい」
間引く?とオウム返しに訊ねてくる男に、クリストは投げやりに応じる。
「……要するに、出会った魔術師を取って食っちまえってことだ。わかったか?」
「ハッ、そういうことか……!食っていいんだな!?」
「ああ、いいよ。十人もいりゃあ俺としちゃ十分だろうし……。あ、ただしゼラス・フリークにだけは手を出すなよ?アイツは……」
「収穫対象だろ?わかってるよ、それぐらい。じゃあな!」
たたたっ、と足早に螺旋階段を駆け下りていく男。その背を見送ってから、クリストは窓の縁へ立ち、眼下に広がる王都トライスの街並みを見つめる。
「さぁて、俺も身を粉にして頑張りますか!」
視線の先、天を衝くようにそびえ立つ王城を見据え、窓の縁を蹴って虚空へと躊躇なく身を踊らせた。




