No.12 魔法と魔術①
「さて、これで全員目覚めた訳だが―――とりあえずどうする?俺としては二度寝、もしくはふて寝、または雑魚寝がいいと思うんだがどうだろうか?」
「「「いやその選択肢、全部同じだから!」」」
三人から揃ってツッコミを入れられたクリストが、不満そうにに肩をすくめる。持ち上げられた右手首の辺りで、ガシャリと重たい金属音が鳴った。
その腕に輝くるのは重厚な手錠。
その部屋にあるのは鉄格子と石の壁。
部屋の中央で光を放つ白い結晶石―――クリストが持っていた魔晶灯を全員で囲んで、はぁと深いため息を吐く。なぜなら、現在彼らがいるのは、紛うことなき牢獄の中なのだ。
そんな場所で、右手の手錠と石の壁を繋ぐ鎖をやかましく鳴らしながら、提案をすげなく却下されたクリストが憤慨する。
「なんだなんだよ、俺の案は全部却下ですかぁ?せっかくナイスで使える名案を提示してやったのに!」
「使えねぇから却下してんだよ!?敵地のど真ん中で居眠りするバカがどこにいるってんだ!」
「……少なくとも俺は、敵地のど真ん中で爆食いした挙句に何故か筋トレを始め、その疲労で居眠りこきやがった脳筋を知ってるぞ?」
「ああ、三年前の霊都市の時だね?アタシもよーっく覚えてるよ!結局あの時はユグドのせいでみんな大変でさぁ〜」
当時を思い出したらしいクリストとルーナの非難に、ふいっとユグドラシルの視線が明後日の方向へ。そのまま吹けもしない掠れた口笛を吹き始める。どうやら図星のようだった。
「……って、思い出話に花を咲かせてる場合じゃないですよ!そんなことよりするべき事があるじゃないですか!」
「……?するべき事って何さ?」
「ここから脱出するんですよ!そのためにこの手錠を何とかして外すんです!」
至極まともなド正論だ。
だが、相手は非常識が人の皮を被ったような3人組。その代表のクリストが、へらりとした緊張感皆無の笑顔で告げる。
「なんだ、そんな事か。それなら心配いらねぇよ、ちゃーんと解決策は用意してるさ」
「―――え?」
ぞわり、とソラミアの背を悪寒が駆けた。
得体の知れない不安というか、謎の恐怖感というか―――要するに、嫌な予感の類いだ。
そして、こういう人間が不意に覚醒する直感力というもの、は大体当たるものだと相場は決まっているのだった。
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バタバタバタ!と駆ける足音が通路に響く。
白いローブの男たち―――《魔道教団》の魔術師たちが慌ただしく動き回る中、フリウスは『上』への報告を一時中断して様子を見に来ていた。
一切の情報を知らされていない―――実際は知らせに行った魔術師と入れ違いになったのだが―――フリウスは、適当な部下を捕まえて壁際へと連れていく。
確かスミラス・ソレイドとか言った名前だったか、と記憶を探りながら、現状報告を命令する。と、すぐに答えが返ってきた。
「……そ、それなのですが……どうやら捕縛した例の四人が脱獄したとのことです!」
「……なんですって?」
切羽詰まったようなスミラスの言葉を聞いたフリウスは、思わず耳を疑った。
あの牢に備え付けられていた手錠には、あらゆる異能を封じる封魔のルーンを刻んでいる。標的と行動を共にしていた彼らがいくら魔導士とはいえ、魔法がなければただの人間。手錠と鉄格子の二つを突破するなど理論上不可能なはずなのだが―――
「……彼らはどのような方法で脱出したのですか?まさかとは思いますが、それも不明なんてことは言いませんよね?」
「ひっ!?は、はい、それはもう一目瞭然と言いますか……。と、とにかく一度ご自身の目でお確認して頂いた方がよろしいかと……!」
「ふむ、そうですか。それではそうしましょう」
どうやら質問した際に威圧し過ぎたらしく、ちょっと涙目のスミラスを従え、フリウスは問題の牢獄へと足を向ける。
そして、着いた牢獄を一目見て―――今度は自分の目を疑った。
捕らえた捕虜を逃がさないため、均等に屹立していた鉄格子。そのうちの二本が、なにか強い力でも加わったかのようにねじ曲がってしまっていた。
その人間ひとりなら優に通り抜けられるサイズの隙間をくぐって牢の中へと踏み入れると、目に飛び込んできたのは壁からぶら下がった手錠の残骸。
鉄格子と同様に強引極まりない破壊の跡が見受けられるその手錠には、どう見ても手形にしか見えない跡まで付いているではないか。
「……人力で破壊するとは。彼らの中に力自慢の亜人種でも混じっていましたか?」
「そ、そのようです。それと、これは関係ないのかもしれませんが……手錠の先が一つ、紛失しています」
「ほう?紛失ということは、少なくともこの牢の中には無かったと。それで、一体誰を繋いでいた手錠ですか?」
「調べた結果、どうやらあの四人の中の少年を繋いでいた手錠が消えているそうです」
少年、という言葉にフリウスの脳裏に一人の顔が浮かぶ。あの時、路地裏で対峙した中にいた、リーダー格のような茶髪の少年の顔が。
「……なるほど、あの彼ですか。それで、現在の足取りは?」
「保管庫の一つに押し入った後、通路の奥へと逃げ去ったようです。現在、追っ手を差し向けていますが、芳しい戦果は得られずじまいでして……」
「保管庫……ならば目的は没収された魔道具や霊装を取り戻すことでしょう。そうなると少し厄介ですね」
ふむ、とフリウスは思案する。
この現状で採れる最適解、それを組み上げるために。
そして、頭脳をフル回転させていくつかの策を組み上げたフリウスは、自分が来た方とは真逆―――薄暗くどこまでも伸びる通路へと目を向けた。
「この先は旧地下水路ですが……現在彼らを追っている者は?」
「は、はい!現在ゼラス様の指揮の元、十五名が後を追っているとの事です」
「そうですか。どうもありがとう」
素っ気なく礼を告げ、フリウスは懐から通信用魔導器を取り出し、操作する。ピピピッ、という呼び出し音が何度か鳴ったあと、相手が通話に出る。
「フリウスです。ゼラス、現状報告を」
『現在、逃走した四人の後を追跡中ですが……はっきり言って難航しています。そもそも旧地下水路自体が複雑な構造をしており、見つけるのは容易ではないかと……』
「なるほど、そうですか。まあいいでしょう。もとよりあなたの指揮下で捜索可能とは思っていません」
『…………』
押し黙るゼラス。だが、フリウスの言葉は真実だ。信じていなかった、と言えば嘘にはなる。その一方で『見つかれば御の字』程度の期待しか抱いていないのも事実なのだ。
故に、フリウスはもっとも高い可能性に賭ける。
通話状態の通信用魔導器を操作し、複数の魔導器と並列接続する。そして、ゼラスを含めた十六名の手駒へと指示を出す。
「全員、聞こえていますね?これより捜索班の指揮権をゼラス・フリークより僕に移行。これ以降は僕の指示に従って動きなさい」
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一方、その頃クリストたちはといえば―――
見覚えのない通路のどこに出口があるかなど分かる訳もなく、ただ闇雲に奥へと走った結果、もはや戻る道すら完全に分からなくなっていた。
だが、そんな絶対絶命の状況においても、マイペースを貫く三人組は普段と何ら変わりはない。よく言えば冷静、悪く言えば能天気である。
「壁の向こうに魔力反応を感知。これは……生体じゃなく魔道具の類か?まあなんにせよ、この向こう側には開けた空間があるな」
ペタペタと一見何の変哲もない壁を触りながら、クリストはそう呟く。そして、横目でユグドラシルへと視線を送る。
「厚さは十……いや、二十メートルってとこか。なあユグド、この壁五分もあれば溶かせるか?」
「材質が石なら問題なくいけるぜ。要は人が通れるサイズの穴をぶち開けりゃいいんだろ?」
「そうだ。そんじゃあ頼むぜ」
クリストと入れ替わりに壁の前に立つユグドラシル。その手には、すでに赤色の宝石―――霊装が握られている。
「ルーナ、ソラミア、俺たちは少し離れた方がいい。五十メートルも距離が開けば十分だろうし。…………よし、いいぞユグド!」
「さて、それじゃあやったるか!『喚装』ッ!」
気合い充分、パン!と両拳を打ち付けて高らかに叫ぶ。握られた宝石が使用者の声に呼応して光を放つ。一瞬の後、ユグドラシルの肘から下には、赤銅色のガントレットが装着されていた。
その両手を壁に押し付け、ユグドラシルは軽く魔法を発動させて―――その瞬間。
ジュオオッ!と、勢いよく石壁から煙が吹き出す。そして、真っ赤に溶けたドロドロの元壁だったものが、ゆっくりとユグドラシルの足元へと流れ出した。まるで噴火口から流れ出る溶岩流のごとしだ。
「なっ、なんですかあの火力!?」
「ああ、言ってなかったっけ?アイツ龍人族って言ってさ、高火力の炎魔法が得意な種族の生まれなのよ」
「そ、そうなんですか……?でも、龍人族って山奥の隠れ里に暮らす、存在自体が都市伝説みたいな種族だった気がしたんですけど……」
「ま、何事にも例外はあるってもんさ。例えば……落ちこぼれの龍人族の青年が、人間の王都で暮らしてたりな」
なんでもないようにさらりと言ってのけるクリスト。
確かに、このリアスター王国は亜人種に対して比較的寛容な国ではあるのだが……それでも、龍人族の存在は例外中の例外なのだ。
かつて『国滅ぼしの種族』とまで呼ばれ、世界中で疎まれてきた強大な種族。人間との関わりを一切断ち、決して近付こうとしない人嫌いとして有名な種族―――のはずなのだが。
「おーい団長、メンドくせぇから本気で焼っちゃっていいか?そしたら一瞬で終わるんだけどよ」
「はぁ?バカかお前。仮に本気で魔法を発動した場合、この王都にどれだけ甚大な被害が及ぶと思ってんだ。まあ、まず間違いなく途方もない賠償金を請求され……」
「いやぁ〜やっぱやめとこうかな!ほら、本気ってのはもっとちゃんとした見せ場で出すモンだし!?別に賠償金とか怖いわけじゃねーけど!使い時を見極めなきゃな!?」
「そーそー、だから今は抑えとけ。な?」
人間であろうクリストと親しげに会話するユグドラシルを見ていると、本当に人嫌いの種族なのだろうか、思ってしまう。もちろん、クリストが言っていたように『何事にも例外はある』―――つまり、ユグドラシルだけが人嫌いではない可能性もあるのだが。
と、そこまで考えたソラミアは、ふと気づく。一応現在進行形で助けられている身としては、不満など言うものか―――と密かに覚悟を決めていたのだが、流石に看過しきれない。
「あの、さっきからなんとなくは感じてたんですけど……やっぱりここ、暑すぎませんか?」
「ん?そりゃそうだろ。なんたって間近に数千度レベルの熱量放ってるのがいるんだぜ?でもまあ、これでも対策はしてるんだけどな」
「そうだよ、ソラミア。アタシが周りの空気を冷やしてるから大丈夫だけど、本来ならみんな仲良く黒焦げになってる状況なんだからね?」
そんな怖いセリフを平気で吐くのは、いつの間にか片手に杖を握ったルーナ。壁に近寄ってみると、確かにガラスのような透明度を誇る分厚い氷が張り付いているのが分かった。
その透き通る水晶にも似た氷の膜へ、ソラミアが何気なく手を伸ばすと、途端にルーナから慌てたような声が飛んだ。
「あ、ちょっ、触っちゃダメ!その氷スゴい温度が低くなってるから、迂闊に触るとくっついて取れなくなっちゃうよ!?」
「えっ!?」
バッ!とすんでのところで勢いよく手を引っこめるソラミア。恐らくあと一瞬遅ければルーナの言葉通りになっていたであろう状況に、遅まきながらヒヤリとした汗が流れる。
「おいおい大丈夫か?手を怪我したりしてないだろうな?」
「な、なんとか……。結構危なかったですけどね」
「そっか、ならいいんだけど。気をつけなきゃダメだぜ?……ああ、そうだソラミア。あんまりこんなこと訊いていいのかわかんないけど、ソラミアって今何歳?」
「え?つい1週間ほど前に十六歳になったばっかりですけど……それがどうかしましたか?」
「いや、ちょっとね。でも、そうか……一週間かぁ……」
ふむぅ……となにやら考え込む素振りを見せるクリストは、しばらく目を閉じて腕を組み、時折「あー」だとか「うー」だとか唸り声を上げる。
そして、ふと目を開けると、ソラミアの顔を正面から見据えて大きく頷いた。
「よし、ソラミア。突然だが、今から魔法と魔術について少し講義をしたいと思う」
「「……へ?」」
本当に突然の宣言に、ソラミアとルーナの言葉が見事に重なった。ポカンとした表情で口を開ける二人に対し、クリストは
「一応訊ねるが、君は魔法学院に通った経験はあるかい?俺の見立てだと無いハズなんだが」
「え、ええ。確かにありませんが……」
「やはりか。十六歳の誕生日から一週間ということは、魔法に目覚めてからまだ日も浅い。だが、それを踏まえたところで、ソラミアの知識量はかなり少ないと見たんだが……どうかな?」
そのクリストの見透かすような瞳が、ソラミアを射抜く。ゴクリ、と喉を鳴らしたソラミアは、首を縦に振ってその言葉を肯定した。
「確かに、私の知識は拙いですが……でも、それと講義になんの関係があるんですか?なにもこんな敵地の真ん中じゃなくても……例えば、ここを脱出したあとでもいいのでは?」
そう問いを返すソラミアに、クリストは無言でゆっくりと首を横に振った。
「ソラミアの言った通り、ここは敵地のど真ん中。敵も馬鹿じゃない、脱出する際には必ず止めに来るだろう。そんな時に対応する知識がないんじゃ、はっきり言って危険すぎる」
「―――!」
「当然俺たちも全力で守るが、想定外が重なるのが戦場だ。守り切れる保証はどこにもない。そんな時に知識があるのとないのじゃ大きな違いになるからな」
つまり、今この場で付け焼き刃の知識を詰め込んで生存率を上げるか、生存率を下げて後からしっかりとした知識の土台を築くか。その二択ということなのだ。
それならば、迷う必要がどこにあろうか。
どちらを取るかなど子供でも分かる選択肢だ。
「分かりました。お願いします、クリストさん!」
「ああ、期待通りの返事でなによりだ。さて、それじゃあ早速始めようか?」
「はいっ!私、こういうのハジメテなので優しくお願いしますね!」
満開の笑顔から放たれたその言葉に、その場にいた全員が思わず吹き出す。その反応の意味が分からずに首を傾げるソラミアの向こうでは、吹き出した拍子に手元が狂ったユグドラシルが自分の足へと炎を直撃させてのたうち回っていた。
「……ねえソラミア、そのセリフは女の子として気をつけた方がいいかもよ?そう、なんて言うか、誤解を招くかもしれないから」
「そうだともソラミア。世の中にはな、誰とは言わないがどっかの龍人族だったり某酒場の店主みたいな変態共がいるんだぜ?」
「……その二人は私も知ってる人じゃないですか?」
具体的すぎるクリストの例に、ソラミアは思わずユグドラシルとフレッドを思い浮かべる。そして脳裏に再生されるのは、新緑の風見亭で巻き起こったお互いの好みをめぐる仁義なき口論。
そして、ふと子供の頃に今は亡き祖母に教えてもらった言葉を思い出した。すなわち、『全ての男は身の内に獣がいる』と。
「なるほど!おばあちゃんが言ってました、世の中の男性はみんなケモノだと!」
「ああ、うん。間違ってはないんだけど……子供に何教えてんだよおばあちゃん」
「おいちょっと待て、誰がケダモノだコラ!」
「ケダモノじゃなくてケモノな。それとお前の場合は半分龍の血が混じってんだからケモノもあながち間違いじゃねぇだろ」
「えっ?団長ってケダモノだったの!?いやでも、団長ならそれも許される可愛さっていうかぁ……とにかくアタシはいいと思うよ!大賛成!!」
「……おい、いくらお前でもぶん殴るぞ。顔面ストレートがお好みか?そうなんだな?」
疑問が解けてスッキリしたのか、晴れやかな表情を浮かべるソラミアにげんなりとしつつツッコミを入れ、返す刀でユグドラシルの叫びにもツッコミを入れる。そして良い顔でサムズアップするルーナへと拳をバキバキと鳴らす。
それから、魂を吐き出すかのような深い深いため息を漏らしたクリストは、疲労に満ちた顔でそっと告げる。
「まあ、とりあえず……講義、始めよっか?」




