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VRMMOの世界で魔王が降臨したお話。  作者: あらまき


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3/4

Q


 しばらくの間、俺の耳から離れなかった。

 どしーんどしーんと、おっさんずデブの激しいぶつかり稽古の音が。


 地獄だった。

 俺が想像していたよりも、世界はずっと地獄だった。


 これは後からわかったことだが……この異常は他攻略班の妨害でもなければ、嫌がらせでもなかった。

 何故わかったと言えば……全世界で、同様の被害者が確認されたからだ。


 だけどその時の俺はまだ、そんなこと知っちゃいなかった。


 何もわからず、目の前の恐怖から逃げるため、おかしくなっていない男と、怯える女性を連れて逃げるのが、精一杯だった。


 俺がまとめ役になるなんて、らしくないのはわかっている。

 だけど、それが年長者の務めと思ったのだ。

 同じく年長者であった二人が、あんなことになってしまったのだから……。


 俺をのぞいて男性十人と、女性二十三人。

 組織全体数二千を超えるというのに、スペースウルフのチームで共に逃げられたのは、たったのそれだけだった。


 だが……。

 受難は、それで終わりではなかった。




 それは拠点から離れて何時間も移動し、夜になった時のことだった。

 明日はどうしたら良い。

 誰に頼れば助かる。

 どうすれば良い?

 そんな不安いっぱいの中……突然、仲間の一人が胸を抑え、蹲りだした。


「ど、どうした!? 何があった?」

 慌てて駆け寄った俺を、彼は来るなと手で静止した。

「うぐっ。……佐藤さん。俺を、俺を見捨てて逃げて下さい……」

「な、何故だ!? ……まさか……お前……」

「今……俺は何故か、佐藤さんの顔がとてもイケメンに見えています。いえ、佐藤さんだけじゃありません。他の奴らも……鏡に映る俺のモブ顔さえ、まるで乙女ゲーのキャラみたいに……だから……だから……」

 そう言って、唐突に彼は森の中に走り去っていった――。


 仲間の突然の奇行により、場の空気が恐怖に支配された。

 突然の状態変化もそうだが、もしかしてこの症状……感染するのではないだろうか、と――。


 特に、男達の恐怖は目に見えて増大していた。


 だが……俺達はまだ、状況が理解出来ていなかった。

 考えが、甘過ぎたのだ。


 この呪縛は、呪いは、俺達が想像するよりも恐ろしいものだった。


 彼が森の中から去っていって、ほんの一分二分。

 皆の足が固まり、茫然として、誰も一言も発さない。


 そんな中で、彼は戻って来た。

 やけに、ドヤ顔感満載で。

「ふっ。おもしれーやつ」

 髪をかき上げながら、キラっとした笑みを浮かべそんなことを口にする。

 何故か、ターザンのような腰ミノ半裸姿で。


 ヤバい。


 本能的レベルでの危険を感じ取った俺達は、慌ててその場から逃げした。

 仲間を見捨てることに、罪悪感を味わう暇さえなかった。


 誰も、一度も振り抜かなかった。

 もう、あそこにいるのは俺達の知る仲間ではないとばかりに……。




 それから、俺達の流浪の旅が始まった。

 それは決して楽な旅ではなかった。


 助かるため他の攻略チームに合流したのだが……あまり、意味はなかった。

 そこでも、スペースウルフと同じことが起きていたからだ。


 しかもうちと同じくリーダーを軸したチームだったのに、そのリーダーが同様被害に遭っているという状況。

 ちなみにちょっと口が悪いけど良い兄貴分だったのに、鬼畜俺様偏愛系になったらしい。


 しかもこのチームはうちより被害が大きく、無事だったのは男女共に一桁ずつ。

 だから、その一部の無事だった人を回収し、俺達はそこから離れ再び安住の地を探した。


 けれど、安住なんてものはどこにもなかった。

 毎日が、同じようなことの繰り返しだった。


 新しいチームを見つけ、そこから生き延びた避難民を回収する。

 自分達の中から発症者が現れ、パージして逃走する。

 そして、時折現れ雑なエロ漫画の導入みたいに絡んで来る奇妙な男達から逃げ回る。


 ほとんどが、その三つ。

 もはやパターン化していた。


 当然、犠牲は出た。

 襲われ見捨てた人も少なくないし、何故か女性は自ら男達の方にほいほい着いて行った。

 避難民を回収し続けているのに、総勢百人を超えたのは最初別チームと合流した時だけ。

 スペースウルフの味方もほとんど残っていない。


 それでも、逃げることしか俺達に出来ることはなかった。


 何度も何度も逃走し、そしてようやく、俺達は気付いた。

 これは、感染型のパンデミックだったのだと……。

 世界は、BLという菌に汚染されていた。




 そして――しばらくして。


「……ようやく、ここまで来たか」

 雷鳴届く奥に見える、不穏な気配の城。

 いかにもな魔王城こそが、俺達の目的の場所。

 そここそが、ゴールだった。

 このBL汚染の発生源である。


 長かった。

 ここまで来るのに、本当に長かった……。


 本当に色々あった。

 いきなり服を脱ぎだしヌーディストに仲間が目覚めたり、夜中に女性が部屋に入ってきて、おもむろに「貴方は受けの自覚があるんですか!?」と説教されたり、本当に色々だ。


 昨日まで普通だった人が突然おかしくなる。

 そんな気が狂いそうな日々を耐え抜いて、ようやく解決の糸口が発見出来た。


 このパンデミック。

 それを引き起こすウィルス……厳密にはウィルスではないが、わかりやすいのでここではウィルスとする。

 そのウィルスを保有するのは、男性ではなく女性の方だった。


 そう――。

 このパンデミックは女性を腐女子に目覚めさせ、感情を増幅させウィルスの効果を拡張し男性に二次感染させる。

 そういう機能を保有したものだった。


 だから俺達は『世界BL化ウィルス』と呼称することにした。


 ちなみにだが、このBLウィルスはこのVR世界に俺達を閉じ込めた黒幕とは一切何の関係もない。

 というかその閉じ込めた黒幕は、今俺達の仲間に居る。


 具体的に何があったのかは聞いていないが、黒幕はお尻を抑えながら泣いていた。

 だから俺達は、暖かく仲間として迎え入れることにした。


 酷い目にあったからか、ちゃんと改心し、これが終われば皆を無事元の世界に戻すとも約束してくれた。


 そして黒幕とも協力し、世界の謎を解き明かし、発生源を特定した。


 だから、後はこちらの黒幕を倒すだけ。

 この世界を悍ましき世界に変えんとする、その真の黒幕を――。


 今、この場にいるのは俺を含めて男六人のみ。

 汚染の影響に加え、肉体的な意味で戦闘出来なくなった者や精神的な理由で戦闘が行えない者達。

 それを除くと、無事なのはだったの六人だけとなっていた。


 女性の味方は大勢いるが、全員が留守番となっている。

 発症していないだけで、女性全員がウィルスに感染しているとわかったからだ。

 敵本拠地に連れていくのはあまりにも危険過ぎる。

 そうでなくとも、女性から男性にウィルスは散布される。

 男だけで戦う以外に道はなかった。


 正直、状況はかなり悪い。

 数は少ないし、時間の猶予も少ない。

 だが、悪いニュースばかりではなかった。


「びびってないだろうな?」

 笑いながら、俺の横に立ち俺を奮い立たせようとしている彼の名は『酒善』。

 あの時、相撲を取っていた片割れである。


 そう……ごく一部だが、感染から回復した仲間も出た。

 フリーやライスパワーは汚染の影響が激しく無理だったが、酒善だけは、戻ってこれた。


「いけそうだな。んじゃ、とっとと黒幕ぶち殺して全部終わりにしようや」

 酒善は笑いながらそう口にする。

 だが、その目は笑っていなかった。


 まあ、見ている方もあの相撲の瞬間は割とトラウマだった。

 やっている方はもっと怖かっただろう。


 それに、相撲だったからまだマシだった。

 もしあれが相撲から更に発展し、相撲(意味深)だったら、今頃酒善は狂戦士となり、目につくすべてを皆殺しにしていただろう。


「『ジェイル』。今更の確認だが、あの中に居る奴が黒幕で間違いないんだな」

 俺はこの仮想世界に閉じ込めた方の黒幕に尋ねた。


「間違いないかと。少なくとも、黒幕に繋がる者ではあるはずです」

「そうか。それじゃあ、行こうか皆。これが、最後の戦いだ」

 そうして、俺達はその城を睨み、進軍する。

 己の尊厳を守るため、そして取り戻すために――。




 彼女は飢えていた。

 喉を掻きむしりたくなる程に。

 彼女にとってこの世界は、餓鬼界そのものだった。


 彼女は渇いていた。

 何をしてもその渇きは言えない。 

 永劫の苦しみを背負い、ただ、喉を噛みむしるのみ。


 だからこそ、彼女はこの世界を見つけたのだ。

 自分の渇きを癒せる、この世界を――。

 彼女はここに、楽園を築こうとしていた。




 小さな魔王城、その玉座の間にいたのは、美しいとしか表現できない美女であった。

 肌の色は陶磁器のように白く、金色の髪は絹のようになめらかで。

 モデル……いや、もはや絵本に出て来る姫の方がたとえとしては近い。

 雪国の麗しき王女。

 そうとしか、彼女は表現出来ない程、美しかった。


 ここは仮想世界だから、リアルそのままではない。

 だが完全に別人にすることは出来ないようにも設定されている。

 だから、彼女の容姿が天使のように美しいことは保証されていた。


 玉座の間に座り、こちらを見下ろしながら、彼女は口を開く。

「六人……か。割り切れる数なのは、素敵なことで。どう組み合わせようか、今からワクワクしてくるわ」

 出て来る言葉は、かなり汚かった。

 理解したくないのに、理解出来るようになった自分が大分嫌だった。


 早速ぶち殺そうとする酒善を俺は手で止め、問答を投げつける。

 彼女の、その動機を確認するために。

 いや正直知りたくもないし多分聴かない方が良いだろうとは思うけど。


「その前に、一つ聞かせてくれ。何故、こんな酷いことをした?」

「そう……ですね。難しい話になります。鬼畜眼鏡のリバ受けを許容できるかどうか……それくらい、難しい話に……」

「出来たらわかりやすく、腐らずに答えてくれ」

「前者は了解、後者は無理です。私、骨の髄まで腐っておりますから」

「世も末だ……」

「ええ、まさしく。ここ私の末の世界。私はここに――永劫を築きましょう。男がくんずほぐれず絡み合い続け、それを鑑賞し続けられる、そんな最後の楽園を」

 高らかに宣言する彼女。

 想像してしまったからか、俺達の顔は皆一同青く染まっていた。


「地獄じゃないか。そういうのはさ、ほら……妄想とか二次元だけに留めるとかさ」

 白い肌だから、良くわかった。

 彼女は頬を紅潮させ、俺を睨みつける。

 それは、明確な怒りだった。


 椅子から立ち上がり、俺を見据え、わなわなと震えながら、彼女は叫んだ。

「貴方にはわからないでしょうね! 自由があるのが当たり前な、幸せな民族である貴方達にはね!」

 どうやら、少し真面目な話になったらしい。

 正直大分ありがたかった。

「そっちは、そんなにつらいのか?」

 彼女は俯きながら、それでも確かに頷いた。


「私の名前はリリチェフ。リリチェフ・イベルナ。本名です。そして聞いて下さい。私の慟哭を。私の苦しみを。我が祖国は――BLを、完全に禁止しております。愚かなことに、二次元さえも」

「あ、もう良いです。すいません」

 俺はそう言って彼女の長くなりそうな回想をストップした。


「待てはもう良いよな? そろそろボルテージが限界なんだけど?」

 血管ビキビキな酒善の言葉に俺は頷く。


 直後、酒善は巨大な斧を取り出し、飛び上がりながら思いっ切りリリチェフに叩き落とした。


 爆音と共に衝撃と風が舞い、玉座として用意された高級な椅子は無惨に砕け散る。

 だが、そこには彼女の姿はなかった。


 どこに……。

 そう言おうとした瞬間、俺とリリチェフの目が合う。

 彼女は、俺のすぐ目の前に立っていた。


「な、なんで……」

 俺が剣を握るより早く、リリチェフは俺の前に杖の先端を向けていた。

「真面目な理由と、欲望に忠実な理由。どちらが聞きたいですか?」

「真面目な方だけで」

「貴方が、このチームの軸だと思いまして。それで欲望の方なんですが……」

「いややめろ聞きたくない。頼むからやめ――」

「私、細身中年ノンケおっさんが無様に尊厳破壊されて目覚める瞬間が、"癖"ですの」

「や、やめろおおおおおおお!」

 俺の叫びもむなしく、杖から光が放たれ、俺は光に飲み込まれた――。


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