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22.一緒に幸せを掴みたい

カストル様からの婚約申し入れがあった週末の休日。


ミッレ伯爵家のタウンハウスでは早朝からドッタン!バッタン!と邸内が大騒ぎであった。

私も目が覚めてすぐさま入浴を開始し、正午をまわる頃には頭の先から足の先まで磨き上げられ、完璧な淑女(私個人の感想です)となっていた。


露出の少ない紅いドレスに同色のハイヒールに髪飾り。どれもこれも高級感が漂い、気品に溢れている。


今日で人生が決まると言っても過言ではないとはいえ、瞳の色に合わせたドレスは気合をいれすぎだったかも…。昼間のお茶会ってことだから、もう少し控えめで落ち着いた色味とデザインの物を身に付けた方が印象良かったような…。


悶々と悩みつつも、結局トールたちがオススメしてくれたこの一着を身に纏ったのだ。派手という訳でもなく、大人びた女性に見せてくれるところが気に入って。



準備を終えても相手の到着時刻にはまだまだ余裕はあったが、エントランスホールへと足を運ぶ。


何もせずにただ待ち惚けているのは、どうしても落ち着かない。

けれど、最終調整に忙しい使用人たちにとっては邪魔だろうから隅に避けて視線を泳がせながら待ち続ける。


この時のシャルロッテには生暖かい視線がすれ違う者たち全員から注がれていた。






予定時刻ぴったりに来訪の知らせが家令によって届けられた。

私はメイド達に最終確認をしてもらい、今か今かとドキドキと胸を鳴らしてしばらくすると、両扉が開けられた。


「ごきげんよう、カストル様。お待ちしておりましたわ」


「ミッレ嬢。お招き感謝致します」


普段の制服姿よりも輝いて見える華やかな盛装姿。

それはそれはもう麗しく、使用人たちはうっとりと表情を緩ませていた。


仕方ないと思う。私も一瞬惚けそうになったけど、最初が肝心とも謂われるから意識をどうにか保って。



「応接室へご案内致します」


「ええ」


案内といってもカストル様にエスコートされてなのだが。

実際は執事が前を歩き、その後を付いて歩くのだ。



「本日のドレス、良くお似合いですね」


「ありがとうございます。カストル様も素敵ですわ」


「そう言って貰えると張り切った甲斐がありました」


カストル様も同じように張り切ってくれたのね。何だか意外だ。

少しだけ私みたくソワソワと落ち着きない彼の様子を想像して微笑ましい気分になる。


クスクスと笑みも零した私にカストル様は新しい話題を提供してくれた。

和やかな雰囲気で会話をしていると、すぐに応接室へ到着した。


そこには喜色満面の笑みを浮かべるお父様がいた。



「良く来てくれたね、カストル殿。ささ、掛けて掛けて!」


「本日はお招きいただきありがとうございます、ミッレ伯爵。失礼致します」



カストル様のエスコートに促されてソファーまで移動し、隣同士に腰掛ける。

それを観て正面のお父様はさらにニコニコとしている。


「いやぁ!こんなに素敵な義息子が出来ちゃうなんて嬉しいねぇ!」


「ちょっ…!お父様!」


性急すぎるでしょ?!もっとこう…雑談を交わしてから本題に入るものじゃないの?!

ほら、カストル様もびっくりしているじゃない!


あ、でもすぐにいつもの微笑みに戻った。せっかちなお父様で申し訳ないわ…。



「そのように言って頂けて私も嬉しく思います。…これはミッレ伯爵が今回の婚約に前向き、と受け取ってもよろしいのですよね?」


「その通りだよ!ポールスト侯爵家から書状も届いているからね」


「とても光栄です。我が家との末永い付き合いを、どうぞこれからよろしくお願い致します」



え?これで婚約成立なの???あっさり過ぎない?私、今日こんなに気合入れたのに???


「こちらこそ!シャルと。…娘とふたりで幸せになってね!」


「…必ず。彼女を幸せに致します」


「ありがとう!」


えぇ………。なんかもう既に二人の間に家族感が流れてるんですけど…。

カストル様私の家族と馴染むの早すぎない?これがカストル様の人柄ということなの?


「長々とおじさんと話してても仕方ないから、ふたりで庭園でも観ておいで。シャル。案内してあげてね」


「はい、お父様…」


「じゃ、いってらっしゃーい!」


こうしてとんとん拍子で婚約話がまとまり、庭園へと追い出されたのだった。




我が家の庭園は伯爵家としてあまり褒められるようなものではない。


広い訳でも、花の迷路がある訳でも、物珍しい植物が植えられている訳でも、温室がある訳でもない。

大輪のバラが咲き乱れる訳でも、華やかな香りが楽しめる訳でももちろんない。


侯爵家嫡男のカストル様にとって、この場所は恐らく地味な所だろう。


しかし、小さな花々が季節ごとに健気に咲く姿はとても可愛らしく、心を落ち着かせてくれるこの庭園が私は好きだ。


「カストル様はどのようなお花が好きとかはありますか?」


「そうですね…ハーデンベルギア、でしょうか」


小さい花がいくつも連なった可愛い花で、とても意外だと思った。


「私も好きですよ、ハーデンベルギア」


「同じですね。他に好きな花はありますか?教えて下さい」


「そうですね…」



庭園を歩いて。それでも次々に挙がる話題に全然時間が足りなくて。


そのまま準備されていたカゼボでのお茶会へと突入したが、お互いの好みや趣味などを共有していくとなかなかに好みが似通っていた。


ポルクス様の好感度イベントでの反応的に合わないんだろうなって思っていたけど、単なる思い込みに過ぎなかったんだな。

このことにすごく安堵した。


あまりにも違いすぎる価値観を持つ人達はどんなに好き合っていたとしても、最後はどうしてもうまくいかないと前世のどこかで聞いた気がするから。



「カストル様は婚約や私の事で心配や疑問などはありませんか?今後の事を思うと、初めのうちからお互いに話せる関係を築いておけたらと思いまして…」


「そうですか。なるほど…」



そう言ってカストル様は顎に指を添えた。

それが絵画の如く美しい。


「ミッレ嬢はポルクスを好いていましたよね?」


え、今から婚約者になろうって相手にそれ掘り返す?

ちょっと予想してたのと違うんだけど…。


嘘を吐いてもバレることが分かり切っているから言うけどさ。


「ええ、そうですね…?」


曖昧な返事をした私に整った笑みを崩すことなく言葉を続ける。


「私が、弟の代わりになりましょう」


「…はい?」




…何を、言ってるの?




「惚けなくても。私達は双子ですから声も、姿も、感性も。相応のクオリティーをお約束しますよ。…人目がある際には、カストルとして振舞う事をお許しください」


「はあ?」


淑女らしからぬ声が口から零れた。

でも、仕方ないと堪えて欲しい。だってこれではまるで私が“カストル・ポールスト”という人間を否定している様ではないか。


言葉の意味を理解すればするほど怒りが沸々と湧き上がってくる。それに伴って表情も険しくなっていることだろう。カストル様が困惑を露わにした。



「そういう事でしたら、今回の婚約はなかったことにしましょう」


「な?!なぜですか?!」



私の掌を返したような提案に彼は驚愕の声を上げた。


だって考えても見て欲しい。

双子の兄に双子の弟の真似をさせる婚約者とか異常者以外の何者でもない。

そしてその関係性は果たして対等と謂える?




そんなの、私が望む結婚じゃない。




「私は以前にこう申し上げたはずです。『余計な気遣いは迷惑です』と。そしてこうも申し上げました。『恋情を抱いてはいない』とも」


「ですが、貴方は…」



なおも言い募る彼の言葉を途中で遮るマナー違反を犯して、自身の想いを告げる。



「私が婚約者にと望んだのは“カストル”様であって“ポルクス”様ではありません」



私は“カストル・ポールスト”と婚約するのだと決めたのだから、それを解って欲しい。


そう思いを込めて真摯に見つめ返す。それに耐えかねたように彼は身動ぎ、きまり悪く視線を外した。



「私は貴方の。“カストル・ポールスト”からの婚約話だからこそ、婚約してもいいと思えたのです」



ポルクス様だったら、私は一生幸せになんかなれないと思う。


私はいつまで経とうと、バッドエンドの可哀想なポルクス様の幻像に目を曇らせて、リリィちゃんのように同じ目線に立って歩けはしないから。

現実だけを直視して、前を向くことはきっと出来ないから。


でも、カストル様は違うとはっきり言える。


ゲームの中の彼を余り知らないからかもしれない。

前世を思い出すきっかけではなかったからかもしれない。

出会いが特殊だったからかもしれない。

それでゲームとは違うんだな、と意識改革があったからかもしれない。


理由は不確かだけれど。貴方とだったら、自分の幸せに向かって私は歩いて行けると思えた。


悪役令嬢のように、貴方をアクセサリーや人形にしたいなんて欠片も思わないよ…。



「熱烈に、心から愛し合うような夫婦にはなれないかもしれません。…でも。カストル様とは穏やかな、お互いを尊重し合える夫婦にはなれると、そう思ったのですよ?…貴方は、そうは思ってくれないのですか…?」



悔しいやら、悲しいやら。

グチャグチャな感情が一気に押し寄せてきてそれが涙となって零れ落ちていく。


折角メイド達が綺麗に着飾ってくれたのに、止めようと思ってもどんどん溢れてくる。



「…申し訳ございませんでした。貴方がそこまで私を想ってくれていたとは露知らずに、突っ走ってしまいました」



謝罪を告げる声と共に正面に座していた気配が揺らぐのを感じた。



「カストル様は、私を人格否定するような……そんな人だと、思っていたのですか」


「いいえ!…資金援助や婚約をしてもらう立場なのだと自分に言い聞かせて、貴方の望む姿になろうと」


「なら!…カストル様の、そのままの姿で、いて…下さい……」



やわらかな芝生を踏みしめて近づく足音が止み、顔を覆い隠すようにしていた手を掬いあげられ、露わになった目元に伝う涙を長く美しい指が優しく拭う。



「申し訳ございませんでした。もう一度、やり直す機会をお許しください」



そっと頬を導かれ、目線を交わす。


そこに浮かぶは、潤んでとろけた微笑み。






「私は。カストル・ポールストはシャルロッテ・ミッレの夫になることを望みます」




この告白への解なんて一つしかない。



「…よろしく、お願いしますね」


「ええ、末永く」



やっと気持ちが届いた。それが凄く嬉しい。


今度はうれし涙が溢れて止まらなくて。それをカストル様が何度も何度も優しく拭ってくれる。


やっとのことで涙が収まった後、喜色満面な笑みを湛えて応接室への園路をふたりでゆっくりと歩んだ。




そして、翌日は学園を休み、両家の顔合わせを行って婚約証書に記入を果たして、私達は正式な婚約者となった。


侯爵夫妻も今回の事にはすごく前向き、というか歓迎され過ぎて少しびっくりするほどだった。

嫁いびりがなさそうで本当に安心した。


もちろんその場にはポルクス様もいて「義姉さん」と呼ぶ未実装ボイスまで聞けて大満足の一日だった。


それにカストル様も前日よりかは顔色が良く、なんとなく生き生きとしている気がした。






そのまた翌日。



「今日は皆さまにご報告があります。この度、カストル・ポールストはシャルロッテ・ミッレ嬢と婚約する運びとなりました」



相談に乗った翌週、シャルとカストル様にポルクス様まで一日学園を休んだ。

前向きな姿勢を見せていたから婚約が結ばれるのもすぐだろうなと思っていたが、まさかここまで早いとは思ってもみなかった。


それだけミッレ伯爵家の資産と縁には価値があるということなのだろう。


カストル様が言った内容に恥じらって頬を赤く染めるシャルは年相応に可愛らしい。

そこに後悔や不安は感じられず、ただただ嬉しそう。


「おめでとうございますわ!」


「おめでとうございます。ポールスト侯爵家の更なる発展が見えるようですわね」


「お、おめでとうございます…!すごくお似合い、です」


口々に祝言を述べる彼女達も心から純粋に祝福している。そのことにホッとした。


それらを横から観察し、シャルに向けられるカストル様の視線は以前とは別人のよう。何かのきっかけがあったようだ。


だけど、ふたりの間に恋人っぽい甘~い雰囲気は感じられない。


シャルはこの世界の元となるゲームをしっかりとプレイした訳ではなく、知識に偏りがある。詳しいのはポルクス様のみで、それも私の方が断然詳細を把握している。課金ストーリーもコンプの私が負けるとも思ってないけど。



「シャルロッテ様おめでとうございます!結婚式は私も招待して下さい!」


「結婚式だなんて…!リリアーナ様は気が早いわ」



これくらいで照れていては身が持たないかもしれないよ?

だって、カストル様は結構な溺愛気質だもん。


前世の同郷が大事に愛される未来が垣間見えて、それがこんなにも嬉しい。




ただこのもだもだとした状況が、私にお節介を焼かせたくさせる。

ゲームでは自分を押し殺していたカストルとポルクス。

特にカストルは侯爵家の次期当主として血筋を絶やさない重圧を背負っています。

そして現実では飢饉が起こった時から資金援助をするミッレ伯爵家の令嬢との婚姻は早々に話題へ挙がっていたため、とうの昔には覚悟という名の諦念を抱いていました。

それが突き抜けて斜め上の方向へカッ飛んでいきました。


2025.7.14

誤字脱字報告ありがとうございます

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