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21.モブは幸せになりたい

「リリィちゃ~ん…!助けてぇ!」


カストル様に直接婚約を申し込まれて別れた後色々冷静になって考えた結果、リリィちゃんを探し回って何の説明もなく『ミア・フィーユ』に拉致ってきて今に至る。


その当の本人は新作スイーツが食べられるとして到着を今か今かと待ち構えている。



「え、もしかして雨降らすとこ誰かに見られでもした?」



彼女は日常会話レベルですと言わんばかりに呑気に問うた。

目撃されることを小さなミスみたいに扱わないで欲しいんだけど…!



「違うよ!カストル様に婚約を申し込まれちゃったの!」



こちらが真剣に相談しているというのに、緊迫感の欠片もなくなぜかウキウキし始めた。



「ほ~ん?良かったねぇ」


「良くないよ!?」



必死に訴えかけ涙目な私を見て、浮かれ切った表情をほんの少し引き締めた。

本当に少しだけ、さも重要ではないかのように。



「何が良くないの?」


何って…。


「悪役令嬢になって断罪されること!」


「断罪って誰がするのさ?」


もし私が婚約者になったらそれはもう悪役令嬢でしょう!?


「ヒロインに決まってるでしょ!?」


「そのヒロインが私なんですけど?」


「あ、…あぁーーー!?!?」



目から鱗とはまさしくこのことで、耐えていた涙も奥に引っ込んでしまった。


そして、大声を張り上げてしまったがためにケーキを配膳しに来たスタッフを何事かと心配させてしまい、どうにか大丈夫なことを説明して帰ってもらって。そんな一連の状況を観察していたリリィちゃんはニヤニヤと意地悪そうに笑う。



「で~?シャルはどうしたいのぉ?」


自分がどうしたいのかを聞かれて少しも考えていなかったことに思い至り、カストル様との婚約について真剣に検討してみる。


自身の思考に没入した私を放置して視界の端ではリリィちゃんが届けられた期間限定新作ケーキに舌鼓を打つのが見えた。

そして、彼女が完食して食後の紅茶を楽しんでなおケーキに手も付けずに熟考を続け、しばらくののち顔を上げることなく口を開く。



「…婚約者って視点だけを考慮するなら断る理由なんてないよ。嫡男だし、知り合いだし、優しいし、話もそこそこ合うし。…お父様に急かされてるから、今すぐ決めなくちゃいけないならカストル様が良いなって思う」


「ならいいんじゃない?」


「…良いのかな…?私モブなのに…」


攻略対象者はみんなヒロインと結ばれて幸せな人生を送る権利があるはずなのに、それを私が奪っていいものか…。


思い悩む私を見ていたリリィちゃんは手にしていたカップをソーサーに置き、こちらに視線を向けた。



「シャルはさ。ヒロインと結ばれなかった攻略対象者がその後どうなると思う?」


「何?いきなり」


「良いから良いから!」


笑顔で宥めるようにそういう彼女に応じてエンディング後を想像する。

この世界の常識を当てはめると…。



「結婚して、跡取りをつくって、領地経営に勤しむ…いや、役職に就くっていう場合もあるか…」


「だよね~!…ヒロインがポルクス様と結ばれた時にカストル様が誰と結ばれたかって公式で発表されてないはずだから、シャルが結婚しなくても嫡男のカストル様は結局モブと結婚する運命にあるよ?」


「あ…」


本日二度目の目から鱗だった。



「ならそれがシャルでも良くない?」



…そう、かもしれない。


私だったら悪役令嬢みたいにカストル様を蔑ろにしないし、むしろ大事にするし、侯爵夫人としての責務を果たす努力も怠る気もないし、この世界では資産家だし。


考えれば考えるほどそうとしか思えなくなってくる。


「…そう、だね。…うん、そうよね!」


「そうそう!それにここゲームじゃなくて現実だからねぇ。自分の幸せを願って何が悪い!って話だよ」


「うんうん!ありがとう、リリィちゃん!おかげで決心が付いたよ!」


「どういたしましてぇ」


悩みが解決した私は今、憑き物が落ちた晴れやかな表情をしているだろう。


スッキリとして心持で手を付けずにいた新作ケーキをフォークで一口サイズに切り取り、口に放り込む。

しっかりとした甘みと程良いフルーツの酸味が絶妙にマッチしていて最高に美味しい。



「シャル~もうひとつ注文していぃ?」


「どうぞ~」


「ありがとぉ!」


呼び鈴を鳴らしてスタッフを呼び、リリィちゃんはシュークリームと紅茶を。私もまだ食べ終えていないが、プリンを追加注文した。


スタッフが注文の確認を済ませて退室したのを皮切りにリリィちゃんが口を開く。



「夏季休暇の事話したいんだけど、今いい?」


その問いにハッと我に返る。


「…忘れてた。ごめん」


「いいよ!婚約なんて人生を左右することの方がシャルにとっては重要でしょ」


「いきなりのことで動揺してて…ごめんね」


「いいっていいって!気にしないで!」


邪気のない笑顔を浮かべていることにホッと胸を撫で下ろして、ケーキ皿にそっとフォークを置く。



「ありがと。…私から報告してもいい?」


「どぞ~!」


「うん、それでなんだけど。ポールスト侯爵領には雨を降らせたから、一旦持ち直したみたい。周辺地域にも雨が降ったらしいから今年いっぱい分の猶予は出来たと思うよ。あと、来年の今頃以降は食料供給が圧倒的に不足する見立てになってるから、お金でのごまかしが効かなくなるの。だから、ポルクス様の攻略を前倒しでお願いしたいんだけど、どれくらいイベント回れた?」



魔獣討伐イベント・領地訪問・好感度上昇イベントetc...


どう考えても二カ月程度でこなせるような数ではないのは確かだ。



「全部!…と言いたいんだけど、ポールスト侯爵領には行けてないんだよね。招かれてないのに突撃するわけにもいかないし」


「それ以外は周回できたんだ!?」


「もち!余裕でしたわ!」


「凄すぎ!!!」


どれだけのスピードでメアスミレ国内を駆け巡ったのか。手放しに彼女へ称賛を送る。


因みに椅子に座ったまま胸を張ってドヤ顔をするリリィちゃんはとてもかわいかったです。


その後、運び込まれたスイーツに舌鼓を打ちつつ今後の方針の打ち合わせを終えてから、ようやく解散となった。




そして、邸に着いてすぐに上品な便箋を用意し、書きやすさ重視の羽ペンを手に机へと向き合った。

上手くゲームとの折り合いを付けてるリリアーナと変に真面目なシャルロッテ。

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