20.悪役令嬢にジョブチェンするというのか…
忙しかった夏季休暇が終わって新学期。
前期同様に昼食はみんなで集まって頂く。
それぞれの夏季休暇中の話に花を咲かせて和やかな時間が過ぎた。
昼食を終えて教室へ戻る時、「放課後、裏庭にてお待ちしております」とカストル様に呼び出された。
もしかして私がしたことバレてる?
そのことが脳内を占めて午後の授業が身に入らぬまま終了のチャイムが鳴り響いた。帰り支度を済ませ、恐る恐る裏庭へ会いに行くとカストル様はそれはそれはいい笑顔で待ちかまえていた。
「お待たせして申し訳ございません。カストル様」
「いえ、私も今来たところですから」
イケメンの笑顔に目が継続ダメージを受け続けているので、呼び出した本題を促す。
「…そ、それでご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
私が問いかけると先程とは異なる性質で笑みを深めた。
「貴方、夏季休暇中に領地に来ませんでしたか?」
カストル様の核心的な問いに心臓をビクッッッ!!!と跳ねさせた。
しかし、今更で手遅れかもしれなくとも無知を装い否定を口にする。
「いいえ、行っていませんよ。どうかしましたか?」
「いえ。領地の状況が良くなりまして、この現状が続けば伯爵家からの援助がなくともやっていけそうなものですから」
「それは良かったですね」
にこりと笑みを向けた私に対して特に疑惑を抱いているわけではなさそう。
資金援助やポルクス様の件もあって私が何かしてないか疑っただけっぽいからバレてなさそう。というか、一生気づかないで!
「ええ。ありがとうございます」
憂いのない美しい微笑みを向けられ、不覚にもドキッとしてしまった。
こんな笑顔を見られたなら頑張った甲斐があったと私まで嬉しくなってしまった。うまくいったようで本当に良かったよ。
「それで、私の釣書には目を通して頂けました?」
「えっ?!」
「まだでしたか」
私の反応にカストル様は落胆した様子を露わにした。
「い、いえ!拝見しましたわ?!」
「それは良かったです」
肯定的な言葉を口にして一歩ずつ確実に私との距離を詰めていく。
それに対して私はどんどん後退る。
遂にドンッと背中に着いたのは校舎の壁で。
そして正面を向けばキスをしてしまいそうなほど近くにカストル様の麗しい顔があって。
互いの目線が絡むように、私の頬に手が添えられて。
「私を、選んで頂けませんか」
真剣なその眼差しに否応にも頬が紅潮していくのが分かり、上手く言葉を紡げない。
ち、近いぃ…!
「あ、の…」
「何でしょう?」
返事をもらうまで離れる気はないと言わんばかりにさらに距離を縮められて困惑よりも羞恥が浮かぶ。
視線を外して気持ちの整理を付けてから返事をしたいのに、添えられた手を振り払うことも出来なくて。
口からは貴族令嬢然とした装飾が施された言葉ではなく、前世の私からの疑問が零れる。
「それは、カストル様の本心ですか?」
「本心ですよ」
攻略対象者であるカストル様はヒロインを結ばれる運命にあるのに?
「私を婚約者に据えなくとも、ポールスト侯爵家が持ち直すまで資金援助は継続することを約束します。それでも私との婚約を求めますか?」
「ええ」
どうして?
「後悔は、ないのですか」
「ある訳がありません」
全ての問いに即答され、動揺に視線が泳ぐ。
しかし、完璧ともいえる解答を向けられて拒絶の言葉が咄嗟に出てくるはずもなく。
「…少しだけ、考える時間を下さい」
問題を先送りにする言葉が吐いて出た。
「…承知しました。色好い返事をお待ちしておりますね」
カストル様はほんの少し不満げな雰囲気を纏っていても、猶予をくれた。
私から離れていく彼の姿に、拒否をしなくて良かったのだろうかとより大きな疑念が胸に燻った。
ミッレ嬢に婚約を申し込んだ。
感触は悪くないのではないかと思う。しかし、あと一歩足りない。
不足する何かを思考しながら、馬車留へと踵を返す。
彼女は私のことが嫌いではない、というより好める部類でしょう。
つい先程、至近距離まで近づいただけで首筋まで真っ赤に染め、猫のようなツリ目が潤んでいたのだから。
彼女にはああ言ったが、ミッレ伯爵家からの資金援助なしに領地運営が回るようになるには最低でも数年は必要である。ただ、今回の件に関して何かしらの関与があることは確認できた。
しかし、ポールスト侯爵家としての後ろ盾は当てにならないため、自分の持ちうる何かで決め手を提示するしかない。
熟考しているうちに馬車留に辿り着いた。
「遅かったねぇ。何してたの~?」
珍しくどこかへ行方を晦ますことなく車内で待っていたようで、退屈そうにしていた。
「お待たせしましたね、ポルクス」
「いいけどぉ、質問に答えてよ~」
「ミッレ嬢と婚約についてのお話を少し」
自身の私情で婚約から逃げていることに後ろめたさがあるのか、普段にはない遠慮が見え隠れしている。
「へぇ…どうだった?」
「決めかねているようでしたよ」
「そっかぁ。まあがんばって~」
「ええ。応援ついでにひとついいですか」
ポルクスを見た時、ミッレ嬢が求める婚約の決め手はこれだと直感的に感じた。
彼女はポルクスを“慕っている”と言っていた。
ならば自分が弟の代替になればいい。そうすればきっと満足してもらえるはずだ。
「ん~?なぁに~?」
「私の容姿をどう変化させたらポルクスに似ると思います?」
「…何、キモいんだけど…」
本当に不快だったのか狭い車内だというのに、距離を取ろうと座席の端へと寄っていった。
「話は最後まで聞いて下さい。ポルクスには言ってませんでしたが、ミッレ嬢は貴方のことを慕っているのです」
「えっと、それでぇ…?」
「私達は双子ですからとても似ているでしょう?だから、ポルクスに何もかもを寄せれば多少なりとも好感を得られるのでは、と」
「…それさぁ、本気で言ってるわけぇ?」
そこまで説明を終えた私へ正面から厳しい非難の視線が突き刺さった。
そのような反応を返されたことに驚愕する。
「…当たり前でしょう?」
「その解釈は本当に合っているわけぇ?それが定かじゃないんだったら、シャルロッテとちゃ~んと話し合いなよ」
「…分かりました。そうします」
「…頑張って」
その言葉を最後にお互い無言となり、邸へ到着するまでずっと車内は沈黙に包まれていた。
その間ポルクスは憐みの視線を兄へと送っていた。
カストル、事を急く。




