18.モブに届く釣書
約三か月ぶりに領地に帰ってきた。
久しぶりに顔を合わせるお父様もお母様も私の帰省を歓迎してくれた。
「おかえり、シャル」
「おかえりなさい。学園はどうかしら?」
「ただいま戻りました、お父様、お母様。学園では友人も出来て楽しく過ごしております」
「そう。良かったわ」
お母様が我が事のように喜んでくれた。それがことさら嬉しい。
それに引き換えお父様はなぜか情けない顔を晒している。
「それでなんだけどね、シャル…そろそろ婚約者を決めて欲しいんだ!!!」
「えっと、もう少し時間が欲しいのですが…」
「お願いだよぉ…!面会の度に婚約話が持ち上がってさぁ!釣書もたくさん届いてるんだよ!」
「私はまだ…」
リリィちゃんが誰かと結ばれて飢饉がどうにかなってからでないと自分のことなんて考えられそうもない。
「お願い…!せめて釣書に目を通すだけでも…!」
「…分かりましたわ」
「ありがとう…!」
お父様の情けない懇願に渋々と了承を伝える。
どうにか帰宅の挨拶を切り上げて荷物整理のために約半年ぶりとなる自室へ入ると、大量の釣書がテーブルに積まれていた。釣書は相手の自画像もセットになった物が主流なので、既にすごい高さとなっているにも拘わらず、執事のレイエストが追加で持ち込んだ物でさらに高さを増やしていく。
「これで全部、よね?」
「いえ、まだですよ」
「…もう乗らないと思うんだけど。それにこんなに目を通してられないわ」
「そういうと思いまして!」
積み上げていたレイエストの横からヌッと姿を現したのはレイエストの息子、ヴァニストだった。
ヴァニストには他家の情報収集を一任しており、将来の伯爵家当主を補佐する執事となる事が既に決定しているなど、仕事がとても出来るのだが、とてもお調子者で誰に対しても馴れ馴れしい態度を取る。
もちろん私にも。
そういう所がお父様含め私も気に入っている。調子に乗り過ぎる所は玉に瑕だけれど。
そんな彼は十冊の釣書を私に手渡した。
「こちら、旦那様と私共で厳選に厳選を重ねた“婚約者候補オススメ十選”です!ぜひ一読を!」
「ありがとう。助かるわ」
「選定基準は私が主人と仰いでもいいと思うかどうかです!信頼性があるでしょう?!」
「もはやないわ!」
私の反論に「そんなぁ…!」と大袈裟に項垂れるヴァニスト。元からこういう奴なのだ。これは一生治ることはないだろう。
とりあえずウジウジし出したこれは置いておいて、レイエストがどんどん運び込んでくるがために崩れそうな釣書の山に手を伸ばしてチラ見しては横に避けていく。
ひとつの釣書に目を通すのに数秒しかかけていないはずなのに、テーブル上が片付くのに数時間を要した。
後は皆が選んだ“オススメ十選”なる釣書のみ。
これらはこれだけある釣書の中でも相当な家柄と本人の性格、容姿、能力などが優秀な人材であるはずで、私が婚姻した場合ミッレ家に有益となる可能性があるため適当に流し見することなく、隅々まで読み込んでいく。
まだ三冊目であるが、どの子息も素晴らしいと言わざるを得ない内容をしていた。そして皆が推薦するということはここに記されていることは事実ばかりなのだろう。
どの人を選ぶべきか……と悩みながら読み進めて次の釣書に手を伸ばす。それを開いた瞬間に文字を追うはずの視線がその人物の自画像に固定された。
「シャルロッテお嬢様?」
しばらく呆然とその自画像を眺めていた私に荷解きを終えた専属メイドのトールが声を掛けてハッと我に返った。
その一部始終を観察していたヴァニストがニヤニヤとそんなシャルロッテに擦り寄る。
「お嬢様ぁ?もしかしていい人見つかっちゃいましたぁ?」
「…何でもないわ」
「そうですかぁ?遠慮なく『この人ステキ!!!』って言っちゃっていいんですよ?」
「お気遣い感謝するわ」
そう言って釣書に視線を戻す。
差出人はポールスト侯爵家でお相手は“カストル・ポールスト”
今度は記載されている事柄に注視する風を装って思考を巡らせる。
私は家督を継がない。だから資金援助元である私にカストル様の釣書が届けられたと考えられる。
なら、ポルクス様は?
つまりそういうことで、タイムリミットがすぐそこまで迫っている。
焦燥感を駆り立てられ、カストル様の釣書を手に思考に耽っていた。
「ポールスト侯爵令息が気にあるかい?私としてもポールスト侯爵家嫡男で将来的にも有望だから安心だなぁ。…それに毎度顔を合わせる度に婚約者にどうだって侯爵様に聞かれちゃうんだよぉ~…!」
カストル様を気に入ったと勘違いしたお父様が勝手にオススメポイントを紹介してくる。それを聞き流しながら考えをまとめ、一通りの宣伝が終了して「どうかな?」と自信たっぷりに問うお父様に。
「…もう少し、考えさせて下さい」
と、返答を先延ばしにした。
「うん…!なるべく早くお願いね!」
しかしお父様はそれでも否定的な解答じゃなかったためか喜色満面となった。
「お父様にお聞きしたいのですが、ミッレ領の今年の収量はいかがですか?」
手に持つ釣書を脇に寄せ、これでこの話題はお終いとばかりに問いかける。
それに対してお父様は先程と打って変わって苦々しい表情を浮かべた。
「それがね…。池や川の水位が徐々に下がっていってるんだ。今年は良いにしても、翌年の今頃には現状のような他家への援助が出来る余裕は我が家にもないかもしれないよ」
「そう、ですか」
領地の現状に俯く。
干ばつ以前から灌漑作業を行い、領地全体に農耕用水路を引いてミッレ伯爵領にはさほど大きな被害はなかった。
そして現在もそれらを活用して作物を栽培しているため今年度に関しては問題ない。けれど、来年以降は我が家も厳しい状況に晒される。
それが理解できているから今のうちに婚約者を決めろと言ったのだろう。
しかし、そんな未来を甘受するほど私は弱くない。
それはリリィちゃんも一緒のはずで。
「…お父様。私、雨降らせますね」
「えっ?!あれやるの!?」
私が幼少期からずっと魔法に傾倒してきたことを知っていて、成長を見守ってくれた家族は何を出来るか知っているのだ。
そして、それが及ぼす影響力も。
しかし心配してくれるお父様には悪いが、そんなことを考慮している暇は私達にはないのだと、もう覚悟は済んでいる。
私は躊躇いなどないとお父様の驚きの声に即答を返す。
「やります。特に農耕地を所有する地域を優先的に」
「…そんなに陞爵したいの?」
「何の話ですか?」
お父様の唐突な問いに首を傾げる。
それに対してホッとした様子で口を開く。
「いや、何かね?ミッレ伯爵家を侯爵家にって案が挙がっているらしいんだ…。まだあくまでも噂だけどね?」
「噂になるって、そこそこ信憑性があるんじゃ…」
「あはは…」
「…誰にも知られることなく遣り遂げます」
「ごめんだけど、そうしてね。もうこれ以上は荷が重いんだ」
そう言ってお父様は下がっていた眉尻をさらに下げて苦笑を浮かべた。
私のことで苦労を掛けている自覚はあるけれど、それで思い止まれば絶対に後悔すると思うから。
「任せて下さい、お父様」
活力漲る瞳を向けて威勢良く言い放った。
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