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16.カストル・ポールストの釣書

王都の一等地に邸を構えるポールスト侯爵家タウンハウス。

そのダイニングルームでは貴族の令息然とした服装に身を包むポールスト兄弟と侯爵家に相応しき威厳を放つ当主、嫋やかな夫人が食事の最中にあった。



侯爵家に見合わない質素な食事。

これが干ばつとなってからはこれが我が家の当たり前へと塗り替えられた。


しかし、誰も文句を言う者など居ようはずもない。領民はもっと苦渋を強いられているだろうと思いを馳せて。



「カストル。最近ミッレ伯爵令嬢を親しくしているようだな」


「はい。それが、何か?」



私が話題の先を促す問いかけに父の目がほんの僅かに揺れ動くのを確認し、何を言い渡されるのかを瞬時に理解する。


父上は本当にいつまでも子煩悩ですね。私ももう、17になるというのに。




「…お前にはミッレ伯爵令嬢と婚約してもらう」




決定事項として指示されたことにもちろん否はなく。



「承知しました。先方はその旨を了承しているのですか?」


「いいや、まだだ。昼のミッレ伯爵との会食時に提言したのだがな。否定的な反応を示していた」



父は色好い返事を引き出せなかったことを思い出してか憎々しげに顔を歪ませていた。



数ヶ月に一度、ポールスト侯爵家当主はミッレ伯爵家当主との資金援助金について会食を行っている。


毎度のことながら真意を読ませてはくれないミッレ伯爵には油断ならないとポールスト侯爵家当主は評価していた。

しかし、本質は娘が出資者であるからして迂闊な発言で言質を取られまいと、苦心惨憺としている。


そんな都合があるとは露とも発想にない彼は会食の度に苦慮していた。



「大事な資金援助元ですから、あまり無理を通すのはお勧め出来かねます」


「解っている。まずは釣書で様子見をする」



そこからですか…。これは私も何か行動を起こさないと、横から掻っ攫われますね。



「承知しました。こちらからも令嬢本人にアプローチしてみます」


「…意外と乗り気ではないか?」



父は胡乱気な視線をこちらに寄越した。


しかし、ミッレ伯爵令嬢は私たちの世代で最も有益な縁組相手であり、資金援助元なのです。利益だけを重視する貴族家であれば悩むまでもないでしょうね。


…我が家の両親はそういう点では、貴族に向かないかもしれませんね。



「ええ。ミッレ嬢とは何度かポルクスも交えて食事をしましたが、良識のある御令嬢ですからね。私に否はございませんよ」


「カストル。貴方は本当にそれでいいのね?」


「はい。母上」


「そう…」


「カストルがそこまで断言するのならば安心だ。…ポルクスから見たミッレ伯爵令嬢の印象はどうだ?」


「う~ん…一見普通そうにしてるけど、内心何か抱えてる。かなぁ」



ポルクスがミッレ嬢に対して一歩引いたところから接していたのは、これを感じ取っていたからですね。腑に落ちましたよ。

まあ、私が勘付いているのですから、弟のポルクスが気付かない訳ないですよね。



「ポルクスの言う事は当たるからなぁ…それは我が家に不利益を齎すか?」


「ううん。それはないよぉ。むしろ俺たちが得すると思う。勘だけど~」


「そうか。ポルクスの婚約相手は今選定中だ。しばらくしたら沙汰を伝える」


「…それさぁ、もう少し待ってくれない?」



ポルクスの懇願に父の片眉がピクッと吊り上がった。



「何故だ?」


「それは~…」



ポルクスが珍しく言い淀む。

きっとレバン嬢との将来を考えているのでしょうね。でも、侯爵家の一員としてそのような我が儘を口には出来ない。

現状を理解していればなおのこと。


これは援護射撃をするべきですね。



「私はポルクスの意向を尊重すべきだと思います。それがポールスト侯爵家の為になりますから」


「…ふたりがそう言うならそうしよう。だが、あまり猶予はないと思え」



父の断言する物言いに嫌な予感が湧き上がった。



「…領地で、何か?」


「今年の想定収量が予想を遥かに下回るのだ。ミッレ伯爵家から資金援助を受けているからと油断ならない状況になった」



父の報告に顔が強張っていく。

ポルクスも「そ、っかぁ…」とだけ呟き、思い詰めた表情をしていた。

普段の締まりのなさとの差に、それだけ本気なのだと解らされますね。



行き先昏い現状に、ダイニングルームは静寂に満ちた。






食事後、部屋へ戻ろうとしていたところをポルクスに呼び止められ、何かを言いたそうにしていたため自室へと招き入れた。

やはりポルクスにも思うところがあったのか、先程から黙り込んでいた。



「…ミッレ伯爵令嬢との婚約さぁ。ホントにいいの~?」



口を開いたポルクスはこちらの真意を探るように目を眇めていた。


こういう時に嘘を吐いても大体すぐにバレるので、本心を話しましょうかね。

知られても痛くも痒くもないですから。



「願ってもないですよ。ミッレ嬢との婚約は前々から覚悟してました。見極める意味も込めて接触したのですから」


「で、及第点は達したってわけぇ?」



人聞きの悪い事を言いますね、まったく。



間違っていませんけれど。


お陰でポルクスも調子が戻ってきたようです。いつものにやけ顔が帰って来ましたね。



「例えでもよろしくありませんよ、その言い様は。…それに、ポルクスが選ばれなくて安心しているんです」


「何でぇ?」


「最悪資金援助を打ち切られてしまうからですよ」


「え、ホントにどういうこと?」


「口調が間延びしてませんよ」


「いや、だって気になるしぃ~?」



不服をわざとらしいほどに表すポルクス。


これで『ミッレ嬢が貴方を慕っているからですよ』と伝えたらどんな反応をくれるのでしょうね?

興味は尽きませんが、ポルクスには内緒にしておきましょう。



「ふふふ……秘密です」


「えぇ~気になる~」


「ふふふ…」



不服さは鳴りを潜めさせて、眉間に少しずつ皺を寄せて不機嫌さアピールを始めた。


私が了承しているとはいえ政略結婚することに後ろめたさがあるのでしょう。

自身の身勝手さとポールスト侯爵家の現状も加味して。



「それってさあ。俺の我が儘を押し通したことと何か関係ある~?」


「さあ?どうでしょう?」


「教えろよぉ~!」


「自分で答えを導き出して下さい」



幾年か振りに弟を揶揄い、戯れる。


あのミッレ嬢を口説かなければならないとなると、相当厄介ですね。

ですが、何故か気に入っている弟への接し方からして、侯爵夫人に収まっても傍若無人に振舞う事はないでしょう。


となると、ミッレ嬢よりほかに私が望ましいと思える相手はいないでしょうね。


ご両親はとっても優しい人達。

だけど、カストル達は貴族然とした性質を持ち合わせているのです!

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