3.28.友だろ?
誤字報告で「アシドドッグとアシッドドッグがゲシュタルト崩壊してます」と感想で来てて、見て大爆笑した真打です。
アシドドックが正解です。
森の奥は流石に人の手入れがはいっていないようで、様々な大きさの樹木が生えている。
形も大きさもばらばらで、ツタも樹木に絡まって上へ上へと登っている。
この辺りは広葉樹らしい樹木が多いようで、大木……もとい神木と言えるほどの巨大な樹木も多く生えているようだ。
それにここは自然林。
原生林ともいうが、一見荒れているように見えるこの森だが、長い年月で気候に適した安定している状態の木々が全てだ。
さまざまな植物の発芽から枯れ、分解され土に戻るまでのサイクルが自然に保たれている。
だが荒れるという言葉は人間が勝手に決めつける事。
荒れているように見えるだけで荒れてはないのだ。それが自然林である。
この森の姿こそが『自然豊か』と言うのかもしれないが、その辺の詳しいことはよくわからない。
そんな森を俺と零漸は歩いている。
先頭が零漸、殿が俺だ。
二人しかいないのに殿とは言えないかもしれないが、最後尾にいるので別に問題ないだろう。
あれから少し歩いたが未だに襲撃はこない。
先ほどのアシドドッグは精鋭部隊だったのだろうか?
とはいっても数はあれだけではないはずだ。
まずは住処を見つけなければならない。
話ではもう少し行ったところだと聞いたが……。
「……」
「……? どうした零漸」
声をかけるとびくっと肩をあげて驚かれた。
悪気はなかったのだが……どうにも緊張しているように見えたのだ。
先ほどまでの気軽さは無いし、あまり喋らなくなった。
そう気が付いてしまうと、少し心配になってしまう。
零漸はへたくそな作り笑いを浮かべて俺の方を向いた。
「だ、大丈夫っす!」
「そうか? 体調が悪いなら言えよ? 戦えない状況で挑むのは阿呆のすることだからな」
「はい」
そう言うとすぐに前を向いて歩き始めてしまった。
体調が悪いわけではないのだろうが……本当にどうしてしまったのだろうか?
この一件が終わったら聞いておいた方がいいな。
無言のまま歩いていく。
後ろから零漸を見ているが、未だに緊張しているように身をこわばらせているのがわかる。
手はずっと握り拳を作っているし、肩は緊張の為か少しだけ上がっている。
歩き方だけは意識しているのか妙なところは見えないが、それが逆に体のこわばりを目立たせている。
このまま戦闘させていいのだろうか?
アシドドッグと出会ってしまえば戦闘は避けられないだろう。
明らかに零漸は普通ではないということはわかる。
このままではいくら防御力の高い零漸だとしても怪我をするかもしれない。
物理的な怪我ではなく、精神的な怪我だ。
こんな人間を襲ってくる魔物がいる世界なのだ。
冒険者になったはいいが魔物にコテンパンにされて命からがら逃げかえったが、それ以降魔物と戦えなくなるなんてこともあるだろう。
……一度話をしておこう。
「零漸。少し休憩しようか」
「あ、え。はいっす」
そう言って無造作に腰を下ろす。
零漸も続いて適当な場所に腰かけた。
地面は自然の絨毯だった。
座っても痛くなるという事はない。
さて……どう話を切り出すか……。
このままドストレートに聞いてもいいと思うが、それでは零漸も言い出しにくいかもしれない。
さっきはあからさまに隠していたようだしな。
うーむ……。
しかし零漸が隠していることが一切わからない。
なんだろうか?
まさか魔物が怖いだなんて事は言わないだろう。
あれだけ熱心に訴えて村人たちが根負けしたのだ。
それに一人の時は魔物の肉を食っていたというしな。
怖いわけがない。
だとしたらなんだ?
何をこんなに緊張することがあるのだ?
って俺が悩んでどうするんだ。
もうなるようにしかならんだろうしな。よし。
「零漸、さっきから何を緊張してるんだ?」
「うっ……」
少し大げさにたじろいでいる。
これはわざとではなく自然としてしまった動きだろう。
零漸は少し考えた後、またへたくそな作り笑いを浮かべた。
「い、いや……いざ魔物と戦うと思うとちょっと」
「嘘だな」
これが本当なら先ほどの戦闘で既にこうなっていてもらわないといけないだろう。
やはり零漸は嘘をつくのが苦手なんだな。
それを指摘すると流石に困ったような顔になっておろおろとしている。
「零漸……どうしたんだ? 何かあるなら話しておいた方がいいぞ」
「えっと……んー……」
「話し辛い事なのか?」
「……ちょっと……だけ」
やはり零漸も人間か。
悩み事の一つもあるんだな。
だが話し辛いというのであれば仕方がない。
無理に聞いても駄目だろうからな。
此処はおとなしく引いておくとしよう。
「ま、無理に話さなくても──」
「前世の事なんですが……」
零漸は俺の言葉を遮るように話し始めた。
それに気が付いて俺は言おうとした言葉を即座にひっこめて、真面目に零漸の話を聞くことにした。
数拍置いて、零漸はぽつぽつと過去の事……前世であったことを話してくれた。
「俺は諜報員でした。仕事で海外に赴いて出張と言う名目で様々な情報を盗み出して、日本に情報を送り届けていました。ほとんどは刑事事件に関わる麻薬取り扱い組織だとか、マフィアの動きだとかその程度です。でもそれは建前だったんです。本当の目的は……俺を殺させるためだったんです」
「なに? お前の雇い主が組織やマフィアにお前を殺させようとしたってのか?」
「……はい。情報を送るときは明らかにばれやすい方法で送らされました。一回や二回じゃありません。何回もです。その事を咎めると『こちらがわかりやすく情報を送っても気が付かないのであればこれからに役立つ』などと言って聞く耳を持ちませんでした」
それから零漸は悔しそうにしながら、俺に前世であったことを聞かせてくれた。
零漸が諜報員で最後は拷問されて死んだとは聞いたことがある。
だがその前のことは教えてもらっていなかった。
結論から言うと、零漸は邪魔だった。
凄腕ではあるがこの通り頭が悪い。
仕事に関しては作戦という物を立てずに成り行きで全て解決してしまうようで、周囲の人間は迷惑していたらしいのだ。
だが腕は確かで仕事も確実。
なので仲間たちは誰も咎めず、むしろ褒め合っていたのだが、雇い主だけは気に入らなかったらしい。
そこで雇い主は零漸を海外へと赴かせ、麻薬取引やマフィアの行動を常に把握させていた。
無茶な立ち回りだが、なんと零漸はその麻薬取引のメンバーと接触したり、マフィアと交流したりして信頼を築いていったらしい。
勿論零漸は英語なんてからっきしだ。
まともな英会話もできないのにどうしてそこまでできたのかと言うのは、この性格のおかげかもしれない。
まさか相手も英語が理解できない奴が諜報員などとは思わないだろう。
零漸はそこをついたのだ。
聞いただけでもわかる素晴らしい才能だ。
だが逆に、そういったところでしか生きられない人間だとも思った。
そういった人間は多いのだ。
だがその才能を雇い主は買わなかったのだろう。
それから無茶な調査報告の送信方法を選んではやらせていたそうだ。
しかし零漸は自分を拾ってくれた雇い主に感謝していた。
嫌われているなど微塵も思っていなかったそうだ。
だから言われた通りに全てを遂行した。
必要であれば殺しも厭わなかったという。
だがそれでも、それでも雇い主は褒めてくれなかったそうだ。
そんな思いの中、零漸は捕まった。
全てバレたのだ。
だがバレた理由は送信方法が問題ではなかったのだ。
では何か。
雇い主直々の手紙だった。
それが関わっているマフィアに届いたのだという。
内容は言わずもがな、零漸が諜報員であるとの報告だ。
そう。零漸は裏切られたのだ。
そして俺が先ほど「一人でやってみろ」と言った時、不意に雇い主と俺の姿が重なってしまったらしい。
信頼している人物からの直々の依頼。
失敗しない自信しかないが、何故だかまた同じことが起こるのではないかと思い込んでしまったらしい。
裏切り。
俺にまで裏切られてしまうかもしれないと、あれから常時不安で仕方なかったようだ。
「あほらし」
「!? こ、こんなにまじめに話したのに!?」
お。零漸の調子が戻ってきたな。
そうだそうだ。
こいつにはこれくらいが一番丁度いい。
しっかし妙なところで悩んでたんだな。
うん。実にバカバカしい。
「あのな。俺たちに上下関係はないんだ。お前が兄貴って言ってるから自然と上下関係的なのが生まれてるけどさ? 本当はそんなものないんだぜ? 俺たちは友だろ? お前が話してくれたあの時の仲間と同じなんだぞ?」
実際上下関係なんてクソなのだ。
俺らがこうだったからお前らもそうするべきだなんて考えが古すぎる。
あほらしい。
実にあほらしい。
本気で呆れながら大きくため息をついた。
ちらりと零漸のほうを見ると感極まったかのように目を潤ませていた。
それに気が付いた俺は即座に水の玉を零漸の真上に出現させて落下させる。
バシャッという音を立てて零漸の上半身は一瞬で水浸しになった。
それに驚いて零漸はすっころんだ。
「頭冷やせ零漸。ほら休憩終わり。いくぞ」
別に泣きつかれてもよかったけど、男を慰めるのは俺の仕事じゃない。
俺は無性だからどっちでもいいんだろうけどな。
ていうかめんどくせぇし。
零漸はグシグシと服で顔を拭いてから「はいっす!」と大きな声を出して後ろからついてきた。
お前は後ろではなく前に出ろと促すとへらへらと笑いながら前に出た。
その時顔を見ることになったが、その顔は晴れやかだった。




