第23話:嘘でしょ。明日、世界は滅ぶのか
桜雅を部屋から追い出して、文字通りのふたりっきり。
梨子と舞雪は幼馴染だ。
クセの強い彼女にまともに付き合えたのは梨子だけである。
しかしながら、桜雅が絡むと厄介なことになる。
弟大好きお姉ちゃん。
舞雪を怒らせて怖い思いをしたもの数知れず。
「桜雅ちゃんといつから付き合いだしたの?」
「……黙秘します」
「チャンスは一度よ。正直に言いなさい。いつから?」
「ついさっきです」
迫力に負けて、素直に白状した。
黙秘権など与えてもらえるはずもない。
「さっき、ね? それじゃ、別れてくれる? いいよね?」
「い、いやだよ!? なんで、付き合い始めてすぐ破局させるのさ」
「アンタが桜雅ちゃんにふさわしいと私が認めていないから」
別に舞雪は桜雅に恋愛感情があるわけではない。
弟と仲が良すぎるだけで、恋人ができたら応援してあげたいと常々思っていた。
そして、桜雅が梨子に対して好意を抱いていることにも気づいていた。
もちろん、逆もしかり。
「私はね、あの子にふさわしい相手なら認めてあげる気でいたの」
「……私じゃダメだと?」
「好きだって答えを出すのに何年かかってるわけ?」
「それは……認めざるを得ないというか」
「あの桜雅ちゃんを好きになるのに、即答できないなんてありえない」
恋にヘタレな梨子は自分の気持ちに気づくのも遅かった。
長い時間がかかったことは反省もあり、反論しづらい。
だが、恋愛関係なんてものは時間がかかっても仕方のないもの。
目に見えない自分の気持ちと向き合うのも大切なことだった。
「大切なのは自分たちの想いなのではないかと」
「好きな子に好きだと言えない。自分の気持ちにも気づけない。そんな相手が本当にあの子の未来に必要なのか。私はそれを見極める責任があるもの」
「うぅ、大きすぎる壁だ」
「当然。桜雅ちゃんは優しいから、甘えてばかりいたんじゃないの」
梨子の方が年齢的には3歳も上だ。
本当ならば、年上の自分がしっかりとリードするべきなんだろう。
プライベートでは生活面でのサポートをしてもらい、支えてもらっている。
恋愛面では経験不足と奥手な性格が邪魔をして、行動に移せず。
今の今まで時間はかかってしまった。
「確かに。全然、年上らしいことはしてませんが」
「はい、別れて」
「で、でも、私は桜雅が好き。大切にするつもりだし、そこは安心してほしい」
「何に安心しろ、と? あの子を不幸にしたら、地獄に叩き落すのは確定してるし、つもりではなく大切にするのも当たり前」
「……手厳しい」
「むしろ、何の覚悟もなくて桜雅ちゃんと付き合えると思わないで」
ソファーに座り、膝を組みながら高圧的な態度で見下す。
梨子は正座のまま、彼女に睨みつけられていた。
「大体、付き合うって話だけど、どれくらいの覚悟なの?」
「どれくらいって?」
「将来、結婚するってことよね」
「……さすがに今の段階でそこまで話が進むのはどうかと」
次の瞬間、彼女の首元に舞雪の手が伸ばされる。
「ひぃっ」
叩かれる――!?
思わず、たじろいでしまうが、舞雪はその手を途中で止めた。
「そうだった。暴力しない、そう。あの子との約束」
独り言のように、そう呟いて自制する。
――舞雪のこういうところ、すごいと思う。
弟との約束はどんな時でも守ろうとする。
一見すれば、狂犬的な暴走もするくせに、理性はしっかりとある。
――ありがとう、桜雅。貴方の言葉がなければ、ボコボコにされてた。
感情的になった彼女を誰が止められるというのか。
過去、ひどい目にあわされた人間を何人も見ている。
「ホントなら、一発ぐらいその頬を引っ叩いてあげたくなる」
「ごめんなさい。やめてください」
「あの子の覚悟をなめないで。アンタと付き合いってあの子が決めたなら、そこに覚悟はあるの。桜雅ちゃんは遊びで誰かと付き合える子じゃない」
恋人になること。
それは軽い気持ちで付き合う人もいれば、重く考える人もいる。
どちらかといえば、桜雅は後者だ。
だからこそ、何度もいろんな子に告白されても断り続けてきた。
本気で好きになった相手ではないといけない。
自分が相手を幸せにすると覚悟を決めなきゃ付き合えない。
それが春風桜雅という男の子だった。
「……私なりに桜雅は大事にします。将来のことも含めて」
そう言葉を返すのが精一杯だ。
もちろん、将来のことも梨子なりに考えてはいるけども。
相手はまだ高校一年生、未来を決めるのは早すぎる。
「信じてほしいとしか言えないわ」
桜雅との未来。
今はまだ、いろいろと考える時間も欲しい。
お互いの気持ちが両想いであったことに安堵と幸せを感じていたい。
それではダメなのだろうか。
どこか納得していない舞雪だが、ため息がちに、
「はぁ。こんなヘタレに惚れるなんて。まぁ、いいわ」
「え?」
「桜雅ちゃんと付き合うのは許してあげる」
「嘘でしょ。明日、世界は滅ぶのか」
「失礼ね。許さなくてもいいのだけど」
思わぬ言葉に動揺しただけだ。
「いえ、認めてくれるのは嬉しいです」
「私がどうこう言っても、しょうがない。桜雅ちゃんが決めたことなら支持する」
姉として、弟の気持ちを尊重する。
例え、どんなに複雑な想いがあっても。
それは以前から彼女なりに決めていたことだ。
「ありがとう、舞雪」
「アンタに礼を言われることじゃない。これは私と弟のことだもの」
桜雅が思い悩んで、好きだと答えを出したならば最終的には認めてあげるしかない。
「でもね、梨子」
「なんですか」
「これだけは聞いておきたかったの」
舞雪の悪癖をもうひとつだけ忘れていた。
「――桜雅ちゃんと一線を越えたりしてないよね?」
安心させてから、突き落とす。
一瞬、交際を認めてもらったことにホッとしたのもつかの間のこと。
「さすがに、ついさっき、付き合ったばかりなら超えてるわけないわよね」
「当たり前じゃん。いきなり何の話かな。う、うん。してないヨ?」
思わず恐怖から声が上擦る。
いきなり何を言ってるんだ、と思いつつ、やましくないのに誤魔化した。
「嘘つき。アンタ、私に平気で嘘をつけるようになったのねぇ?」
「う、嘘じゃなくて」
「私が桜雅ちゃんのことで知らないことがあるとでも?」
彼女は自分のスマホを取り出すと画面を見せつける。
それはいわゆる、追跡アプリ。
登録者が今、どこにいるのか、居場所を簡単に特定できるアプリである。
本来の目的は恋人同士が浮気防止でいれるもの。
姉弟がお互いに安心感を得るために、入れあってるのは普通ではない。
「今から数時間前、私は新幹線に乗ってました。そこで見ちゃったのよ」
「な、なにを?」
「桜雅ちゃん。なぜかいけない場所にいたのよね」
「まさか……!」
「そう。ラブホテル街にいたの。二時間は同じ場所から動かなかったわ」
「――!?」
梨子の表情が強張り、背筋が凍る思いがする。
それは舞雪にとっても不愉快極まりない事態だった。
なんとなく、スマホアプリを眺めていた舞雪を絶望が襲った。
『う、嘘でしょ!?』
ラブホテル街から動かなくなった桜雅のスマホ反応。
そこから推察できることはひとつだけ。
嘘だ、何かの間違いだ。
新幹線が目的につく間、ずっと魂が抜けたように茫然としていたのも事実だ。
「アンタ、桜雅ちゃんをホテルに誘ったのね? 関係を持ったわね?」
「ち、ちがっ。ちがいま、あ、あの……」
声が震えて言葉にならない。
そうだ、桜雅も言っていた。
常にお互いの居場所をわかるようにしている。
それがまさか、巡りめぐって梨子を追い込む材料になるとは想像していない。
「そ、それは、違うんですヨ」
私ではない、と否定したい梨子だが。
――どう否定しろというの。
二時間もそこにいたのは自分ではない。
有紗の悪い誘いに乗ってしまった、桜雅の罪。
だからと言って、実妹が相手でしたと答えたらどうなるか。
余計にややこしい問題になるので、できない。
――う、うわぁあ。桜雅と有紗のバカぁ~ッ!?
心の中で最悪の事態を招いた二人を恨んだ。
自分は何も悪くないのに、自分のせいにすべてさせられたのだ。
――お、終わった。何もかも、終わった!?
思わぬ形で梨子は最大級の窮地に追い込まれた――。




