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好感度99%の恋愛  作者: 南条仁
11/25

第10話:後悔してもいいんですか?

 喫茶店”アングレカム”は三人の女性で経営しているお店である。

 突然、親から喫茶店の経営を押し付けられた店長の梨子。

 大学受験に落ち、人生路頭に迷い中に拾われた杏樹(あんじゅ)。

 卒業前に就職先があっけなく潰れてしまった、美優(みゆ)。

 ある意味で、それぞれが望んだ未来に進もうとした一歩目でつまずいた。

 そんなどこか似た境遇者同士の“アングレカム3人娘”。

 同じ高校ではあったが、卒業後、一緒のお店で働くまで知り合いでもなかった。

 縁とは不思議なもの。

 一人では限界だと思い、人事採用活動を始めた梨子は友人たちに連絡した。


『誰かお店を手伝ってくれる子、募集中』


 そうして、集まった彼女たちは、こうして一緒の職場で働いている。

 接客業のアルバイト経験はあっても経営は素人。

 手探りながらも奮闘し、何とか一周年を迎えようとしている。

 本日は快晴、アングレカムの営業が間もなく始まる。


「杏樹、お掃除終わった?」

「終わったよー」

「そっちの準備はいい、美優?」

「はい、こちらは大丈夫ですよぉ」

「よし、開店準備終了。今日はお客さん、いっぱいくるかしら。期待しましょ」


 アングレカムの営業時間は午前11時から午後6時まで。

 特にこれからのランチタイムが主な稼ぎ時だ。

 まだ開店まで十分程度あるので、カウンター席に座りながら雑談する。


「昨日はユーチューブを見て一日が終わった」

「杏樹、寂しすぎることをカミングアウトしないで」

「私、思うの。リア充って見てると腹立つ」

「……人生潤ってない残念女子のような発言をしないの」


 小柄な体格、可愛らしいロリフェイス。

 童顔な杏樹は一部の男性客から人気のウェイトレスだ。

 高校在学中は大手ファミレスで働いていた事もあり、接客は一番うまい。

 ただ、彼氏は現在いない歴=人生というどこか残念女子でもある。

 子供っぽい可愛らしい顔で、「そー言えば」と口元に笑みを浮かべた。


「店長、来週の水曜日、オフってもいいですか?」

「何か用事?」

「実はですね、私のおっかけしてるユーチューバーのライブが……」

「却下。つまらない用事なら休ませません」

「ひどいっ。ゆ、有給とかは?」

「あら、このお店に有給なんてないわよ? 知らなかった?」

「――!?」


 頬を膨らませて「ひどすぎる」と拗ねる。

 深海ザメがお友達。

 社会の闇は東京湾より深いのだ。


「退職届を書くときは、去る四月のことを覚えておいででしょうか。有給休暇をとりたいと、届け出を出したら、『うちに有給なんてないわよ?』と答えられたと書きます」

「いやだなぁ、冗談よ。冗談。有給ね、有給。ただし、理由によりけり」

「……絶対、何かと理由をつけて不許可にされそう」

「ふふふ」

「杏樹ちゃん、そんなおっかけしてるより、現実の男の子と向き合いません?」


 そう余裕の発言をするのは美優だ。

 おっとりとして、色っぽい仕草で男子を魅了する容姿。

 胸元も豊かなため、控えめな杏樹をよく弄っている。


「美優みたいにリア充じゃないもの」

「アイドルとか芸能人とか、そんなの追いかけるよりもマシなのは確か」

「店長まで言うし」

「うふふ。私でよければ、お相手を紹介してもいいんですよ?」


 誰が相手でも敬語口調だが、小悪魔っぽい一面もある。

 彼女はお店の経理も担当しており、梨子を支えてくれている。

 そして、この面子では唯一の“恋人”持ちでもある。


「い、いらない。アンタの好みと私とは全然違うから」

「えー」

「杏樹はこうみえてイケイケ系より、控えめ系が好きだったりするものね」

「いいじゃない。私、草食系ハムスターが好きなんだよぉ」

「ハムスターは雑食系ですけどねぇ。草だけじゃなくて肉も食べますよ」

「う、うるさい。大人しいタイプの子が好きなんだい」


 男性の好みが自分の性格とは合わない。

 それが恋人のできない遠因なのかもしれない。


「美優もあんまりからかわないの」

「今日は店長がちょっと優しい」

「私は常に優しいわよ、杏樹? 大学受験に失敗して浪人生にもなれず、捨て猫同然の貴方を拾ってあげたのはこの私でしょう?」

「うぐっ。また古い話を持ち出してくる」


 親から反対されて浪人もできず、どーしよ、と途方に暮れていたあの頃。

 苦い記憶を思い出させられた杏樹である。


「はい、拾われた猫でした。にゃん。ありがとう、店長」

「よろしい、頑張りなさい」


 助けられているのは自分の方なので、梨子としても従業員は大事にしている。


「そうだ、桜雅君と店長ってどんな関係なの?」

「なんで、桜雅の話?」

「今日の夕方、倉庫整理してくれるって話を聞いたから」

「あぁ、ちょっと在庫状況が気になって頼んだのよ」


 力仕事があるので、時々、桜雅を召喚するのだ。

 臨時ボランティアを有効利用させてもらっている。


「桜雅君と店長。昔からの付き合いらしいけど、ぶっちゃけどうなの?」


 改めて問われると、梨子は「幼馴染」といつも通りの返答をする。


「幼馴染? 恋人の間違いではなくて?」

「違います」

「でも、いつも一緒にいるのに。ちなみに、昨日のオフは?」

「一日中、桜雅と一緒だったわ」

「ほら、ラブラブじゃん! いいなぁ、年下彼氏がいて」

「だ、だから、桜雅は彼氏とかじゃなくて」

「いちゃいちゃしまくってるのに、それを認められない。がっかりですわぁ」

「……杏樹に言われると不愉快なのだけど」


 正直、男子に縁のない杏樹には羨ましい話である。


「はぁ。私なんて、ひとりっきりのオフなのに。朝から晩までユーチューブ見て過ごしてました。そして、気づく。あれ、もう夜じゃん……寝よ」

「少し同情する。ホントに寂しすぎるわ、この子」

「杏ちゃんは、おひとり様に慣れきってますねぇ」

「……うぅ、返す言葉がないやい」


 杏樹とは正反対に、充実した休日を過ごしているのは美優だ。


「私は恋人と一緒に遊んできましたよ。スイーツの食べ歩きを満喫です」

「また? 相変わらず、スイーツ好きね」

「私よりも相手の好みなんです。どうです、杏ちゃん。羨ましいですか?」

「別にぃ。羨ましくなんてないですよぉ?」

「ふふふ。非リア充さんの遠吠えです」


 負け犬の遠吠え扱いされて、不機嫌そうな杏樹は、


「一人の方が自由きままでいいんだよ」

「好きな人と一緒に過ごす時間。おひとり様の時間。どちらが人生にとって、素敵な時間なんでしょうねぇ? いいえ、これは比べてはいけませんね」

「……!」

「人生、人それぞれ。杏ちゃんの人生も、自由ですもの」

「な、なんでだろう。すごく負けた気分になる。太れ、めっちゃ太りまくれ」

「あいにくと、甘いものを食べても、栄養はこちらにしかいかないので」


 立派な自分の胸元に手を置いてアピール。

 ぽにゅっと服越しに揺れる。


「ちくしょー。わ、私の胸はどうせ、ちっさいですよ。えぇ、貧乳ですとも」

「大丈夫です、杏ちゃん。そんな貴方にも需要はあります」

「ん? どういう意味?」

「貴方のようなロリ系好きな方には好まれるでしょう。およそ、変態系ですが」

「へ、変な言い方はやめてくれる? この間、警察官に中学生と間違えられて、泣きそうになった。とっくに高校も卒業してるのにさぁ」


 子供っぽい自分の体型に自信が持てずにいる。

 そもそも、“アンジュ”はフランス語で“天使”と言う意味だ。

 可憐な名前に似合ってしまった容姿、それゆえの悩みは尽きない。

 ぐぬぬと苦い顔をする彼女は、


「まぁ、いいや。話を戻して、店長。桜雅君との年の差って3歳じゃない」

「そうね。それがどうしたの?」

「私たちくらいの数歳差って、結構なものでしょ」

「確かに、お姉さんくらいの差はあるけど」

「時々、世代差、感じませんか?」

「言い方にトゲがない?」


 年齢差を感じないというのは嘘だ。

 たった3つの差が、大きく感じる時がないわけでもない。

 社会人になれば、それくらいの年齢差はさほど大きくはない。

 しかし、若い彼らには時に大きな溝を感じる程にもなる。


「店長、油断大敵なんだよ」


 杏樹はびしっと指をさしながら、


「正直、桜雅君はモテるじゃん。周りに同じ年頃の女子がゴロゴロしてる」

「……否定はしないわ」

「先日も知らない相手から告白されたって聞きましたよ」

「そうなの?」

「あー、私も聞いた。なんか、美優にアドバイスを求めてたよね」

「はい。要約すると自分がモテすぎて困る、と」

「嫌味なやつか!?」

「正確に言うと、告白を傷つけずに断る方法はないかと聞かれました」


 告白した相手を思い、何とかうまく断れないかとお姉さん方に相談したのだ。


「あれ、私は聞いてないんだけどな」

「店長にわざわざ伝える事もないでしょう」

「そもそも、本命にモテアピールしてどーするのさ」

「……そ、それで、美優は何て答えたの?」

「桜雅クンには、そんなものはありませんって答えましたよ」

「なんでぇ?」

「下手に期待を持たせる方が酷でしょう。可能性がないのなら、しっかりと断ってあげた方が相手にもいいと伝えました」

「なるほど。その方が次に繋がるか」


 基本的に女子の方が気持ちを切り替えやすいもの。

 恋愛の失敗を下手に引きずらない。

 男は逆にいつまでも引きずるダメなものである。


「とにかく、そんな感じでモテる桜雅君にはライバルが多いわけで」

「店長も、彼女気取りでいると意外な伏兵に持っていかれてしまうかも、ですね」

「……な、なによぉ。桜雅だよ?」

「そうやって、余裕ぶってると、誰かに取られちゃうって話」

「後悔してもいいんですか?」

「後悔なんてしません」

「知らない間に、幼馴染を寝取られて。店長、可哀想です」

「いい仲だと思ってたのは自分だけ。痛い勘違いとか」

「や、やめてぇ!? 変な方向に話をもっていかない」


 気恥ずかしさを隠す梨子は、


「も、もうこの話はお終い。お仕事の時間よ。さぁ、頑張りましょう」


 そう言って、お店の看板を出しに行くのだった。

 逃げていく後姿を見つめながら二人は、


「すぐ逃げるし。店長はヘタレさんか」

「恋愛経験のない杏ちゃんには言われたくないでしょう、うふふ」

「うぐっ。ぶ、ブーメランが返ってきたよ」

「でも、“恋愛関係”か“現状維持”かに悩んでるのは確かなようです」


 桜雅と梨子。

 微妙過ぎる関係に、進展の気配もなく。


「……言われなくても分かってるってば」


 いつかは自分たちの関係を変えなくてはいけないということ。

 梨子自身だってさすがに自覚する年齢である。

 桜雅との居心地のいい時間を失いたくはない。

 だけど。


「私は桜雅のことが……」


 良い意味でも悪い意味でも、変わりつつある関係。

 その転機を迎えているのに、何もできないでいるのだった――。

 

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