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第27話 終わりゆく秋

 

 この世界は家長制度、つまり父親、もしくは健在の場合は祖父の力が物凄く強い。

 完全に男尊女卑かと言うとそうでもない。女性は家にと言う人が多いのは事実だが、男も女も力を合わせないと生きていけない厳しい世界だ。女性の権限もそれなりにある。

 むしろ女性の方がしたたかで、影から男たちを操り人生を謳歌しているのかも知れなかった。


 しかしそうは言っても結婚などの重大事項は本人たちの意思より親の意向が優先される。

 向こうのじーさんは乗り気なので問題ないが、一応、俺たちの正式な婚約は父が来てからと言う事になった。まぁ、あの父が反対するわけないので、その辺りは心配してない。

 頭が痛いのはアイリーンとの仲をからかわれる事だ。


「なぁなぁなぁ、ルーカスくん、どこまでいったの? ねぇねぇ、ホントはどこまでやってんの?」


 などと、鼻の下を伸ばしてまとわりついてくる父の姿が安易に想像できる。俺の胃は今からキリキリと痛みを訴えた。

 どこまでも何も、まだ手を繋いだだけですとも。


 それだけでも俺の心臓はバクバクと、キャパオーバーで暴れ回ってくれてると言うのに。

 って言うか六歳で何をしろって言うんだ。


 マーナガルムの秋祭りはシアーズより早い。

 朝からわざと残しておいた最後の収穫を刈り取り、昼はご馳走を食べ、この日ばかりは大きな篝火を焚いて人々は夜通し踊り続ける。


 今年の収穫を神に感謝して。来年の春を誰も欠ける事なく迎えられるよう祈りながら。

 間近に迫る冬の不安を吹き飛ばすように、男も女も一心不乱に踊るのだ。

 父は今頃、慌ただしい出発をした頃だろうか。


「よーぅ、ルーカス」


 生まれた時から間近にあった悪びれない笑顔。筋肉質のでかい身体。

 あんなのでも側にいないと、なんだか隣がぽっかりと寂しいような気がする。顔を合わせたらうざいだけだけどな!


 母様は母様で平常運転。天文台にわざわざ作ってもらったカレンダーに大きく印をつけて、父の来る日を指折り数えていた。

 俺も母様の前に簡易の地図を広げ、俺たちの通ってきた国々を指で辿ってみせた。


 今日はヴィース、明日は辺境。父様が国を出る日も近いだろう。

 一緒に地図上の故郷の町々を指差しながら、俺と母は微笑みを交わした。


 上機嫌な母様とは対照的に、おじいさまの機嫌は急降下していた。


「あんの悪鬼めが~!!」


 顔を真っ赤にさせて父様からの書簡をビリビリと破るおじいさまにたじろぐ。

 あ、悪鬼って何?

 父がどんな酷い事を書いてきたのかと心配してしまったが、内容は至極真っ当なものだったようだ。


「なーにが、妻と子がお世話になってじゃ! ソフィアは儂の娘、ルーカスは孫じゃ! お前のために世話しとるわけではないわ!! 挙句、お加減は如何ですかなど、儂を年寄り扱いかーっ!!」


 口から泡を飛ばしながら、おじいさまは足元に散った紙屑をグリグリと踏みにじった。

 父様より子供っぽい人って初めて見たわ。

 俺が周囲に目を向けると御つきの人たちもやれやれと肩を竦めて首を振っていたので、どうやらいつもの事らしい。


「お、おじいさま……?」


 青い顔をして呼びかける俺が側にいる事をやっと思い出したようだ。

 祖父は俺に向き直ると、表情をコロッと蕩けんばかりの笑顔に変えた。


「おぉ、ルーカス、驚かせてしまったな」


 こっちにおいでと手招きされるので、あまり気乗りしないながらも近寄る。おじいさまは、よいしょ、と俺を腕に抱き上げると、すりすりと頬擦りしてきた。


「あんな男に育てられて可哀想に。子は親を選べないからな。それなのにあやつに顔も頭も似ず、こんな利発な子に育って……」

「おじいさま、父様は……!」

「分かっとる、分かっておる。ルーカスはいい子だな。ずーっとシアーズにおっていいんじゃぞ。なんなら故郷になんて帰らず、この国を継いだらどうじゃ?」


 駄目だ、人の話を聞いていない。

 俺は抱き上げられていた膝から飛び降りると、ぷぅと頬を膨らませた。おじいさまをガミガミと叱る。


「叔父さんたちがいるんだから、冗談でもそういう事を言っては駄目でしょう! 大体、子供の前で親を悪く言う人がいますか、大人げない!!」

「はい、すみません……」


 顔面に指を突きつけて怒鳴り上げると、やっと反省したようだ。おじいさまは肩をしゅんと落として小さくなった。

 父様の滞在は当初から数日のみの予定だったが、当主がこんな調子では接触を最低限に抑えた方がいいだろうと緊急会議が開かれた。

 その結果、俺と母様は父様が来る前に場所を移る事になった。


 元々、冬の間は南方の別荘地を借りる予定になっていたのだ。

 シアーズ公国は山岳連合(ユヌ・モンターニュ)の中では低所に位置するとは言え、それなりに標高はある。

 冬に雪が積もるほどではないが、もっと暖かい場所の方が母様の身体への負担は少ない。


 一進一退の日々を過ごしながらも、余命半年と診断されたとは思えないほど母様の顔色は良く、体調も良さそうだった。

 今年の冬がきっとひとつの山場になるだろう。


 だから俺たちは念には念を入れて、冬はさらに暖かいところに移動する計画を立てていた。

 その予定を少し早める事にしたのだ。

 場所はシアーズより二つ向こうのレートと言う国だ。


 ここは山岳連合には参加していないが、その理由が少し特殊だった。温泉があり、観光業で生業を立てているのだ。

 夏は海辺の国々の避暑地として、冬は山岳連合の貴族たちの避寒の別荘地として名高いレートは、色々な国の高官が訪れるからこそ、どこにも所属していない。

 まさに争いの少ない南国だからこそ存在し得る、奇跡のような小国だった。


 そこにおじいさまの妹の子供が嫁いでいると言う。叔父さんの一家とはまた別の、母様の従姉妹だ。


「メルチェリーダにまた会えるなんて楽しみだわ」


 母様が抱き締める分厚い手紙は格式ばったものではなく、早く来てね。待ってるわ。前みたいにたくさん話をしましょうねと言う、温かい言葉に満ちていた。

 時を超えて少女時代のやり取りのように浮き浮きと、母様は侍女に代筆して貰って長い返事を書いた。


「ねぇ、秋祭りはシアーズで行っていいんでしょう? マルたちと約束してるし、それにバルド子爵がアイリーンを誘ってもいいって」

「そうね。秋祭りはあちらも混み合うから遠慮した方がいいでしょうね」


 今にも出発したいと言い出すのではないかと気が気でない俺を見て、母様はクスクスと笑った。

 いらっしゃいと手招きされて、久しぶりに本当の六歳の子供のように、俺は母様の膝に頭を置いて甘えた。

 細い指が俺の赤髪をゆっくりと梳く。


「えへへ……」


 見上げると陽光を受けて薄い茶色の瞳が琥珀のように煌めいていた。

 赤ん坊の時から変わらず、優しく俺を見つめてくれる瞳。

 きっと母様の態度は、俺に前世の記憶があってもなくても、賢くなくても変わらなかっただろう。


 涼しさをまとった風が南国シアーズを吹き抜ける。

 それは間近に迫る冬の到来を予感させた。



 To be continued...



3章までお読みいただき、ありがとうございます。


これからの予定をお知らせいたします。

4章は28話構成。

2/8(金)〜4/12(金)まで、今までと同じく月・水・金の19時20分過ぎ頃に投稿予定です。


4章の最終話から不穏な感じで、5章からは完全に鬱展開に入ります。

鬱展開前にはまたお知らせしますのでご安心下さい。


5章は駆け抜けたいと思いますので毎日投稿に戻りまして、22時きっかりに予約投稿予定です。

4/10までは今まで通り、ほのぼの話が続きますので、それまではのんびりおつきあいいただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。

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