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第25話 ポロの試合 第四ピリオド

 

 秋の晴れた日。

 故郷マーナガルムではもう身を切るような冷たい風が吹き始めているだろう。人々は長袖の上にコートを着込み、薪の用意に精を出す。

 しかし、ここは南国シアーズ。まだ夏を思わせるぎらつく太陽と、むっとする湿気が俺を苦しめていた。


 日本人なら高温多湿は得意だろー、と自分を納得させようとするが、いかんせんこの身体は北国生まれなのだ。到着して数週間の南国には順応していない。

 汗で手綱を持つ手が滑る。

 さっきからハァハァと自分のつく吐息がうるさい。


「くなろっ!」


 ぶつかりそうなほど近くの相手の馬を紙一重でかわして、マレットを振り下ろす。

 俺たちが、相手が、ボールを奪ったり奪い返したりするたびに場内に歓声が響く。


 いつの間にか、ピクニック気分で集まった最初の観客以上に観衆は膨れ上がっていた。噂を聞いた城の人たちなどが仕事も忘れて駆けつけて来たのだ。

 試合は膠着状態で、一進一退の様相を呈していた。


「ジョエル! 左側空いてますよ! アイリーン、カバーしてください!」

「はい、ルーカス様!」

「何してる、お前ら、戻れ、戻れー!」


 俺たちは何度もゴールを狙うが、まだ得点には至っていなかった。

 ジリジリと、日差しとは違う焦燥感が身を焦がす。

 マルやジョエルの額にも汗が目立つ。

 俺も帽子を持ち上げて額の汗を袖で拭った。

 ふぅ、と腹の底から息をつく。


 ヒューゴ先生が言っていた。自分が苦しい時は絶対に相手も苦しい、と。そのはずだ。相手だって肩で息をしている。奴らも第四ピリオドに入って一度もゴールできていない。

 ないものに拘るな、あるものを数えろ。こっちはアイリーンが途中出場で元気だ。チョコレートバーとスポーツドリンクで栄養補給もきちんとしている。


 それにこのマレットは、アレクが一人一人、背丈や手の大きさに合わせて削ってくれたんだ。グリップも微調整してあるから、ちょっとやそっとの汗じゃ滑らない。

 馬は王宮で揃えられた粒よりのポニー。ルッツが丁寧に世話をして、おやつなんかもあげてたから体調もいい。

 何より体格だけの選手を募った急造の相手と違ってチームワークは抜群だ!


「師匠、行きますよ!」

「おう!」


 なぜだか俺たちは疲れれば疲れるほど、パスが冴えた。

 誰がどこにいるのか、見なくても分かる。

 マルたちが何をしたいのか聞かなくても分かる。


 そうか。剣筋を見ずに全体を見ろってこう言う事か。考えなくていいんだ。俺はもう分かっている。

 フィールドの全体図が空から俯瞰するように目の前に浮かぶ。

 敵の合間を縫って、光る線が伸びていくように感じる。

 その通りに動けば、そこにボールが届く。


「くそっ!」


 マレットが宙を切って、俺は毒づいた。完全に俺の体力不足だ。どう動けばいいか分かっているのに、身体がついていかない。

 相手に取られかけたボールをアイリーンがフォローして、後方のジョエルに戻してくれた。

 そうだ。俺は諦めない。自分で、そう決めたんだ。拭っても拭っても流れ落ちてくる汗を手の甲で払い落とす。

 一回やって駄目なら、もう一度! 二回でも駄目なら、さらに挑戦すればいいだけだ!!


「もう一回!」


 俺の気迫に押されるように、相手の馬がタジッとたたらを踏む。

 ジョエルとアイリーンが馬で道をこじ開ける。

 ゴール前で混戦になる。


 それはもしかしたら相手のマレットが間違って当たったのかも知れなかった。

 誰が打ったとも分からないボールが集団を逸れてコロコロッとゴールの方へ転がって行く。


 慌ててエイドリアンがボールを防ごうとする。

 だが、それを許さず俺は彼のマレットごと強引に球をゴールに押し込んだ。すかさず審判が笛を吹く。


「まずは一点」


 間近でニヤつく俺を、エイドリアンは青い顔で見つめた。

 相手に立ち直る隙を与えず、馬首をひるがえす。


「すぐ戻ります! 中央で戦線を維持!」


 ここは通すものかと言うように、四人で馬を並べる。

 もはや完全に立場は逆転していた。

 試合開始時は俺たちが壁のように感じていた彼らが、俺たちの方が山であるかのように絶望的な目でこちらを見ていた。

 まだ点数的には引き分けなのにも関わらずだ。


 心が折れた奴らは動きも精彩を欠く。

 電光石火。突然飛び出たアイリーンが、奴らからボールを奪って、そのまま自分でゴールを決めた。

 アイリーンは有言実行だな。自分の名誉は自分で回復すると言っていた通りに、ここぞと言うところで点を取った。これで勝ち越しだ。

 だが、俺たちに油断はない。


「気を抜かない! もう一点狙って行きますよ!」


 すぐに馬を駆け出させる俺たちを、ゴール前で疲れ切った顔の相手がマジかよと言うように見送る。

 俺たちの猛攻に相手はなす術もない。こちらのゴールに近づく事もできていない。

 足がガクガク震えようが、目が霞もうが知った事か。

 最後まで馬に乗れてりゃいいんだ。


 これがサッカーやバスケなら、俺はとっくに足を止めていただろう。

 だけど、お馬さんは賢いから。

 わずかな手綱捌き、身体の傾きで、俺の行きたいところに連れて行ってくれる。


 俺は馬の上にピシッと背筋を伸ばし、風のように芝を駆けた。

 駄目押しでジョエルが追加点を入れる。

 残り時間は体感で数十秒ほど。審判がチラチラとタイムキーパーの方を見ている。

 だが俺は、俺たちは気を抜かなかった。


「相手が狙ってくるかも知れません、すぐに……!」


 馬を戻そうとする俺の横で、静かな呟きが聞こえてくる。


「もう良い、良いのです……」


 見るとエイドリアンは、試合終了の笛を待たずに泣き出していた。

 指が白くなるほど手綱を握りしめて奥歯を噛み、頰に流れる涙を隠そうともせず、ウッウッと泣きじゃくっている。


「ルーカス殿下、我々の完敗だ」


 切れ切れの声が俺に告げる。

 そして、審判は高らかに笛を吹き鳴らした。



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