第23話 ポロの試合 第三ピリオド
さっきの休憩中に食べる時間がなかったのか、マルは馬上でボリボリとチョコバーを食べて口元を黒くしていた。
「フフ……運動した日は一日二個……」
ブツブツ呟いている目が、ちょっとどこかに行っちゃってて怖い。なんか今更、今日、三個食べて貰うための方便だったとか言い出しづらくなってきたな。
ジョエルとアイリーンも俺の側へと馬を進めて来る。
「ジョエルもちゃんとチョコバー食べました? アイリーンも水分補給はしっかりして下さい。水じゃ駄目なんです。喉が渇いたら俺の特製ジュースがあるので、アレクから受け取ってくださいね」
二人とも俺の指示を聞いて、しっかり頷いている。俺のチョコバーはー……と、おじいさまに食べさせたんだったか。まっず。かなり頭に血が上って、ナチュラルにしてしまってた。
俺ってあんなキャラだったっけ?
国を出た頃からなんかおかしくなってきた気がしないでもない。それを言ったら城では猫被ってただけか。
前世はどうだったっけな。キレるほど熱くなった事がないから良く分かんないな。
ひとまずスポーツドリンクだけでも受け取って飲む事にする。
「ご武運を!」
アレクはいつかの盗賊退治の後みたいな、キラキラした目で俺を見上げていた。もう練習の時みたいに俺を見くびっている目じゃない。
俺は拳を差し出して彼の拳と打ち合わせた。
大きく笛が鳴って第三ピリオドが始まる。
ここからはガチンコ勝負だ。点取り合戦、やってやろうじゃないか。どちらか先に脱落した方が負けだ!
審判が投げたボールをどちらも譲り合わず、取り合いが続く。
モリスには悪いが、アイリーンは初めて乗った馬をまるで愛馬のように巧みに操っていた。混戦の間を縫って割り込み、敵同士の連携を断ち切る。パスを上手く防いで俺たちにボールを回してくれる。
広い馬場を縦横無尽に、黒い影のようにアイリーンは走った。
「私、途中出場で元気が有り余っておりますの! ルーカス様、どうぞご自由にお使いください!」
アイリーンだけでなく、マルもまた元気いっぱいだった。
「ハッハッハ、さすが師匠のちょこばーは出来が違いますな! 即効性が凄い!!」
口の端を黒くしたまま、無駄にマレットを振り回して笑っている。そんなわけねーだろ、バーカ。お前、それ、プラシーボ効果だって。
「僕もまだまだ行けますよ! ルーカス様、ご指示ください!」
ジョエルも俺の横を通り過ぎながら、マレットを掲げて示してきた。初めて会った時にはおっとりしているように見えた瞳が強く輝いている。
一緒に頑張ってきた弟をあんな目に合わされて、きっと一番頭にきているのはこいつだろう。
エイドリアンが怒鳴る。俺の檄が飛ぶ。八頭の馬たちが広い馬場を走り回る。その広さはサッカーフィールドの数倍。とてもじゃないが馬がいなければ端から端まで走るのも難しい。
「お前ら、何してる! 相手は年下と女性だぞ、もっとプレッシャーかけろ! どんどん狙っていけ!」
「ゴール前! 競り負けないで! 体格差があったって同じポニーですよ! 僕らならできる!!」
どちらも一歩も引かない。真正面からぶつかり合う。
俺たちが点を入れると、相手も入れ返す。二点の差が縮まらない。
こうなったらアレしかない。奥の手を使おう。
最終ピリオドまで取っておきたかったが、どうせ第四ラウンドでは二点以上、取らないと勝てない。もしここで一点返しても、最後に一点じゃ引き分けにしかならないからだ。
だけどここで一点も縮められなければ、次に三点は無理だ。
俺は試合中、こっそりとチームメイトに一人ずつ近寄って考えを伝えていった。
「一回こっきりの反則スレスレ技です。いいですか、一回見せたら次は使えませんよ」
点差がこれ以上、開かないように気をつけて。あわよくば同点で終われるように。俺たちは虎視眈々とタイミングを伺っていた。
もうすぐ第三ピリオドも終わりだ。相手チームもチラチラと審判を気にし始めている。
正確な時計もないこの世界、どうやって七分をはかっているかと言うと、線香が消える時間だ。火をつけてちょうど半時とか四半時で消える長さの線香があるのだ。
もちろん線香なので気象条件にも左右されるが、箱の中で燃やされているのでそこまで大きな違いはない。
馬場の隅でタイムキーパー役の召使いがフワリと煙が立ち上る箱を見守っている。
俺たちが見るのは審判じゃない。その召使いだ。
せっかく一点を返した俺たちをあざ笑うように、また相手に点が入って、二点差のまま。これで六対八だ。
ほぼターンが終わりかけの時間に点が入った安心感からか、相手は気を緩めている。もうこの回は終わったものとばかりにマレットを持つ手を下ろした。
ここしかない。今だ!
俺が指示しなくても三人はもう動き出していた。
「速攻ーっ!」
試合の始まりと同じ俺の大声を聞いて、敵方の四人の身体がビクンッと跳ねる。俺は自陣付近にたゆたっていたボールを強く打ち出した。
あの時はフィールドの真ん中から。今度は倍近い距離を駆け抜ける!
「お前ら、俺について来いっ!」
ニヤッと笑って、四人の視線をボールから引き剥がす。ジョエルも、上手く妨害に入ってくれた。
だが、今度のフィールドプレイヤーは俺じゃない。俺は囮だ。試合開始のイメージが強すぎる奴らは、当然、俺が走るものとして全員で俺を一目散に追いかける。
だけど俺より元気な人がいるでしょう?
俺の影から黒い疾風が飛び出して行く。
エイドリアンたちが、あっ!と声を上げてアイリーンの後姿を見送った。まさか後を追わせるかよ。手綱を操って奴らの進路を塞ぐ。
一瞬だとしても足並みを乱された馬ではアイリーンには追いつけない。
背中で揺れる黒髪が遠く馬場の向こうに小さくなっていく。
その先に待つのは、黄色いふわふわの頭がひよこみたいに可愛いウチのぽっちゃりさんだ。
なんだかねー、あんだけ活躍してるのに、敵はマルをただの大食漢だと思って、まだ侮ってくれてるんですよ。普段のイメージがそれだけ強烈なんだろうね。
バッカじゃないのお前ら。俺に遅れる事、一日。この中で誰よりも走って、誰よりもマレットを振り続けたのは誰だと思ってんだ。
線香を見守っていた召使いが手を上げる。審判が笛に手をかけるが、まだ吹かない。
強烈なボールがアイリーンからマルに飛んでいく。マルティスがマレットを振りかぶる。
ほらね、思った通り。審判だって人間でしょう。試合終了時間が曖昧なこの世界、こんないいシーンで笛を吹ける人はいないよね。
「マルティス様!」
「マル!」
「マルティスさんー!」
俺たちの声が重なる。
「「「いっけー!」」」
打てよ、マルティス!!
そしてマルティスの打った球がゴールラインを割った瞬間に、審判の笛が鳴り響いた。




