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第22話 ポロの試合 ブレイクタイム①


 オレイン先生の診断はいつだって正確だ。


「骨が折れている様子はないですが、ヒビは入ってそうですね~。夜にはかなり腫れると思いますよ~。湿布を貼って固定しましょう」


 相手の下敷きになったモリスの左腕は、すでにもう赤く腫れて痛々しかった。

 俺も先生を手伝ってモリスの横に膝をつく。


「先生。モリスの腕はできるだけ心臓より上げて。誰か、支えにできるものを持ってきてください。あと、湿布の上から氷で冷やしましょう」

「それは……どういう理論なんですか?」

「心臓より低いとそこに血が流れて患部に溜まるでしょう。それで余計熱を持って腫れるんです。氷はそのままですよ。熱を持った患部を冷やすためです」

「な、なるほど」


 俺も良く知らないが、打ち身や切り傷の時は手でも足でも心臓より高く上げろと習った。それでいつも青あざとかが早く治ってたから効果はあると思う。

 オレイン先生はしばらく俺を興味深そうに見つめていたが、何も聞かず指示に従ってくれた。

 まぁ、いざとなったら神の啓示で誤魔化そう。神子って便利だな。


 相手選手は上手く落ちたのか軽傷。彼も向こうで手当てを受けている。さっき、ちらっと謝りに来ていたが、おじいさまは反則負けじゃいとプリプリ怒っていた。

 俺たちの棄権。もしくは相手の反則負け。

 こんなに呆気なく試合は終わってしまうのか。これなら最初から全力で挑んでいれば良かった。ぼろ負けしたって、やり切った感があっただろう。


「僕……ごめんなさい、ルーカス様」


 可哀想にモリスは傷の痛みからではなく、わぁわぁと泣きじゃくっていた。


「なんでモリスが謝るんですか。僕こそ、こんなことに巻き込んで、怪我までさせてすみません」

「だって僕、ルーカス様と一緒に……勝ちたかった!」


 鳴き声の合間に、しゃくり上げながらモリスは周囲に声を響かせた。

 そうかモリス。お前、俺が勝つって信じて一緒にボールを追ってくれてたのか。ほんとにごめんな、チームメイトも信じてないとか思ってしまって。

 マルとジョエルも頷きあう。彼らもまだ戦意を失っていなかった。


 この会場には子供たちも幾人か来ている。俺たちに味方するムードが高まっている今なら、頼めば誰か出てくれるだろう。できれば馬に乗るのが上手い人がいいけど。俺たちとの連携までは期待する方が難しいだろうな。

 そこに凛々しく、乗馬服を身に纏った長身の影が落ちる。


「代わりに私が出ますわ!」


 その人物を見上げて、俺たちは黙り込むしかなかった。そこに立っていたのがアイリーンだったからだ。

 さっきまで、隣のスペースでワンピースをひらめかせていたはずなのに。

 いつの間に着替えたんだろう。


 ちょっとサイズが合っていないのかぴったりとした乗馬服はアイリーンのスレンダーな身体を艶めかしく強調していた。

 腰はピシッと引き締まって、お尻は小さい。そして胸はあるかなしかだけど、やっぱりあるんだ……あるんだけど駄目だろ、俺!! そんなとこばっかり見てちゃ!!


 お巡りさん、違うんです。これは展開にびっくりして、思考がついていってないって言うかですね!!

 アイリーンは真剣な面持ちで、ポニーテールにくくった頭にキャップをキュッと被った。馬の尻尾のような長い黒髪が背中で揺れる。

 言葉を失った俺の代わりにマルが何とか説得してくれようとしたが、あまり役に立っていない。


「いや、アイリーン。この試合は君を賭けているんであって、その当人が出るというのは……」

「ごめんあそばせ、マルティス様。私、ルーカス様に申しておりますの」


 胸に手を当てたアイリーンの剣幕に、マルは早々に引き下がった。

 そうかー、俺かー。俺がチームリーダーで、棄権するか、誰かをスカウトして続行するか決める権限を持ってるのかー。

 精神年齢はともかく、実年齢は一番下なんだけどな。

 そういうこと言っても聞いてくれなさそうだ。


「アイリーン、見ていた通り、これはけっこう危険な競技で……」

「あら、私、乗馬には自信がありますの」


 そうでしょうね。そのぴったりと似合った乗馬服を見れば、そう思います。少なくとも俺よりは上手いはずだ。


「ポロをしたことは……」

「ご存じないのですか? 女子チームもありますのよ」


 そうなのか。となると、こんなに適任な人はいないだろう。相手がアイリーンだということを除けば。

 俺がウジウジと決めかねているのを見て、アイリーンが頬を膨らます。


「それともルーカス様は、女は家にこもって裁縫や編み物でもしてろって言う派ですの?」

「いやぁ、マーナガルムではいざとなったら女性も戦います。勇猛な女性は好きですよ」

「では、何も問題ございませんわね」


 あぁー、その時のアイリーンの笑顔と言ったら。俺は初めて会った時よりも、ダンスした時よりも激しく胸を高鳴らせた。

 俺、つきあう前からこんなに尻に敷かれることになるの?


 助けを求めて後方に目をやると、怪我の手当てが終わったのかエイドリアンたちが俺たちの方に向かって来るのが見えた。

 エイドリアンは俺たちの近くで足を止めると、やたら気取った態度で髪をかき上げた。多分、アイリーンがいるからだろう。


「さきほどは僕のチームの者が失礼致しました。心より謝罪致します」


 頭も下げようとしない態度で言われても、謝っているようには聞こえないけどな。


「それで、そちらのチームはいかがされるおつもりですか? まさか、女性の手を借りてまで続行を?」


 エイドリアンの青い瞳が俺を冷ややかに見下ろす。おじいさまが反則……とか言いかけていたが、口にチョコバー突っ込んで塞いでやった。

 エイドリアンは指で前髪をくるくると回している。こいつの巻き毛、むかつくな。同じ金髪なら、マルのふわふわした髪の方が断然、可愛いんだからな!


 こいつを二号とか呼んでたとか、アレクに失礼だわ。

 俺は立ち上がって強いて顔に笑みを浮かべた。


「おやおや、最初の取り決めにありましたか? プレイヤーは男性に限るとか。確か、条件はひとつだけでしたね。十二歳以下、でしたっけ? アイリーン、女性には失礼ながらお年をどうぞ」

「今年で九歳ですわ」


 打てば響くとはこの事だろう。俺の隣でピシリと背筋を伸ばしてアイリーンはエイドリアンを静かに見つめた。


「だがしかし、この試合は貴女の名誉をかけて……」

「私の名誉は自分で回復致します。それにルーカス様が勝てば問題ないでしょう?」


 追い詰められてエイドリアンはキョロキョロと辺りを見回した。だが、彼の味方はこの場に一人もいなかった。チームメイトもとばっちりを避けたいのか、サッと目を逸らしている。


「じょ、女性に手を借りるなんてみっともない! 今からでも遅くない、潔く諦めた方が……」

「諦める?」


 ギロリと、俺は目を眇めてエイドリアンを見上げた。グッと奴が黙り込む。

 さっきから聞いてたら、いちいちいちいち煩い奴だな。みっともないのはどっちだって言うんだ。これはアイリーンの名誉をかけた試合じゃない。心を賭けた戦いだろう!


「何を諦めるって言うんです? 試合をですか? それともアイリーンを? 冗談じゃない。僕はどちらも諦めない!」


 俺は真正面にエイドリアンを睨みつけたまま、アイリーンに手を差し出した。


「アイリーン、この試合に勝ったら、貴女に結婚を申し込みます! 一緒に戦ってくれますね!」


 俺の宣言に、辺りはしんと静まり返った。

 ドクドクと高鳴る心臓は、まるで永遠の時を刻むかのように思われた。

 だけど俺の手が、そっと汗ばんだ熱い掌に包まれて。

 隣から力強く弾む声が聞こえた。


「もちろん最後までお伴いたします、ルーカス様」


 その時、俺は思ったんだ。

 俺はこの子に会うために、この世界に生まれたんじゃないかって。

 俺が前世で彼女の一人もできなかったのは、運命の相手が地球にはいなかったからじゃないかと。


 侍女が大きく息を飲んで。誰かが指笛を吹いたような気がした。それから場内は、この人数ではあり得ないほど割れんばかりの大歓声に包まれた。誰もが何かを叫んでいた。良く言ったとか、お幸せにとか。

 ユーリはやっと俺の騒動を眼前で見られて、とても満足そうだったよ。


「さて、ちょっと休憩が長引いてしまいましたが、第三ピリオドといきましょうか?」


 俺もキャップを被り直して、しれっとエイドリアンに告げる。

 クソッとか、三下が言いそうな台詞を呟いてエイドリアンたちは自分の馬の方に向かった。

 もうすでに彼らの方が棄権するとか許してくれなさそうな場の雰囲気だった。

 しかし念には念を入れて、競技に戻る前、俺はオレイン先生にあるお願いをしておいた。先生は笑顔で頷いてそちらに向かってくれた。


 俺は馬場に戻る前に、驚きの展開に涙も忘れたモリスに声をかけた。


「モリス! 今日のMVPは君ですよ!」

「え、えむぶいぴぃってなんですか、ルーカス様?」

「モースト……Vは忘れたけど、なんちゃらプレイヤー。つまり、今日の最優秀選手って事ですよ」


 やっべ。俺、前世じゃ英語は(も?)不得意なんだった。笑って誤魔化しながら俺は、帽子を押さえて走って馬の方へ向かった。


少年と少女は約束を重ねて成長していく。

これが最初の約束。

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