第21話 ポロの試合 第二ピリオド
さて、第二ピリオドも行きますか!
俺は脱いでいた帽子をしっかりと被り直して立ち上がった。
途中、おじいさまのフォローも忘れない。通りすがりにポンッと肩を叩く。
「おじいさま、ちゃんと見ていて下さいね。僕は勝ちますよ」
芝の上にぽつねんと座っていた祖父は、横目で視線を向けて通り過ぎていく孫を見上げて、ゴクリと唾を飲んだようだった。
馬に乗る前にアイリーンに小さく手を振ると、顔をパァッと輝かせて大げさなほどに振り返してくれた。
あぁ、可愛いな。
彼女が結んでくれた右腕のハンカチにそっと手を触れる。
彼女の前で負けるのは情けないなぁ。
俺は……いや、俺たちならできる。馬に跨って、しばし天を仰ぐ。
蒼天は高く高く、どこまでも澄み渡っていた。天高く馬肥ゆる秋、とか言うよな。雲が少なく、良く晴れた秋の一日。
シアーズ公国に到着して一ヶ月弱。俺たちはずっと努力してきた。毎朝のランニング。大人である騎士たちに混ざっての筋トレ。手にできたマメが潰れるほどの素振り。馬に乗り過ぎでガニ股で歩くはめになったり。
まぁもちろん、その合間にお菓子作ったり遊んだりもしてたんだけど。
その間、ずっとマルやジョエル、モリスの笑顔が側にあった。
誰もしんどいとかつらいとか、文句を言わなかった。マルなんて俺がもう少し残るって言ったら、「じゃぁ俺も帰るわけにもいきませんね!」とか、すぐ対抗したりしてきて。
こんな試合をする事になったのは、ただ俺の意地だけだったのに。
俺にはもったいないくらいの友達だ。
……実は異世界に転生して初めての友達ってのは内緒だ。
今までずっとボッチだったとか、知られたら恥ずかしい。
歩いてきた道は裏切らない。
皆と過ごしてきた日々が俺に胸を張らせる。
俺たちは負けない。勝ちたい、みんなで勝ちたい! アイリーンとかメンツとか関係なくて、今、初めて強く思う。
マルが、ジョエルが、モリスが俺の左右に並ぶ。
「作戦続行です」
「りょーかいです」
マルがニヤッと笑って馬の上でグルグルッと腕を振り回した。ジョエルはキザっぽく帽子を被り直して、モリスもほんのりとだが口元に笑みを浮かべた。
馬上から俺たちに強気な視線を向けられて、エイドリアンは戸惑った様子だった。点数では俺たちの方が負けているのに、やけに自信満々なので何か奥の手があるとでも誤解したんだろう。むっつりと顔を顰めている。
エイドリアンは策に溺れた。約束を違えていないと言ってもそれは言葉の上だけ。今回の決闘にまったく関係のない外部の人間まで連れてくるなんて失笑ものだ。
だったらこのみっともない試合、せめて勝たないといけないじゃないか。
なのに思うようにシュートを打たせてもらえない。相手はチビと小太りの格下のはずなのに。フラストレーションが溜まる。視野が狭くなる。
対して、俺たちは失うものがない分、伸び伸びとしていた。
「ジョエル、落ち着いて! まだ時間はあるんです、一旦、ボールを自陣まで戻しましょう!」
「はい、ルーカス様!」
「師匠、ゴールはお任せください!」
作戦通り攻めあぐねている振りをして、ボールをお互いに回し合う。ゴール前で自信たっぷりにマレットを振り回してアピールする我らが守護神様は、ただ単に休んでるだけだ。
あ、でも、エイドリアンがゴールしようとしたところを上手く妨害してる。
意外とマルって運動神経あるんじゃないの。
「なんでだよッ! なんでさっきからシュートしているのに、ゴールが決まらないんだ!」
ついにエイドリアンがキレてマレットを地面に打ちつけた。芝が抉れて土が周囲に散らばる。あまり紳士らしからぬその行動に、数人の観客が眉を寄せた。
まだ少し冷静さを保っていたらしき相手チームの一人が、エイドリアンに何か耳打ちする。
まずいな。作戦に気づかれたのかも知れない。
俺は攪乱するために走り回っているだけで放っておいても問題ないと思われたのか、二人が連携してゴールに向かう。
ちょうどゴール前にいたモリスが練習になかった想定外の出来事にあわあわと慌てている。
二人でゴールを狙えばゴール前は二対一になるが、対して、フィールドでは俺たちが一人浮く。だがそれを上手く生かせるほど俺たちは連携できていなかった。そこまでは練習不足だ。
相手の打った球がゴールに吸い込まれて行って、これで得点は三対一になった。まだ二点差。でもここから相手は大量得点を狙ってくるだろう。まだ第二ピリオドは半分程しか過ぎ去っていない。
「皆さん、作戦を変えます! 僕たちもゴールを狙っていきます!」
こうなったら時間稼ぎしかない。ゴールを狙って、外れたボールを取りに行く時間をこすからく稼ぐのだ。
俺たちは何とかのらりくらりと相手を躱そうとしたが、一点、また一点と奴らばかりゴールが決まっていく。
四点差は厳しいな。
マルが俺たちのゴール向こうに消えたボールを取りに行く刹那、俺は再び空を仰いだ。フーッと大きく息を吐き出す。
理想は第二ピリオドが終わる時に三点差だった。
これくらいなら相手は油断して、俺たちはまだ希望を失わずに済むと思っていた。
いや、点差なんか関係ない。奴らは後半になればなるほどバテて、俺たちを止められなくなるはずだ。
俺たちはチョコバー食べてるから大丈夫。
マルがゴール近くからコツンと軽くマレットで突いてボールをコロコロッと場内に戻す。うんうん。時間稼ぎしようって言う俺の指示を守っているわけね。
と思いきや、マルは眼光鋭く、一瞬だけ俺の後ろを睨みつけた。
あれ? モリスが相手のゴール前で一人だけ浮いてる。
「ジョエルッ!」
マルは一番近くにいたジョエルを見据えながら呼びかけて、大きくマレットを振り上げ……違う。あれは絶対近くにパスするモーションじゃない。
だけど、敵もジョエルもその声と視線に騙されている。球が送られてくるだろうジョエルに敵が集中する。
俺だけは馬を反対に、相手側のゴールに向かって駆け出した。
マルはジョエルの方へ顔を向けながら、俺に向かって鋭い一撃を送り出すという神業をしてのけた。
ジョエルへ向かっていた相手は対処が遅れる。
俺は広い馬場をマレットを振って、ボールを前へ、前へと運んだ。後ろから何頭もの馬が迫る足音が聞こえるが、振り返らない。
「モリースッ!!」
お前も俺と同じで背ぇちっちゃいけど、毎日、素振り頑張ってただろ。
俺なんかの作った不格好なスイーツを喜んでくれて。明日も食べに来ますねなんて、豆だらけの手で笑って。
審判が笛に手をかける。もうすぐ第二ピリオドが終わる。
俺が球を打つのと、相手の馬が俺を追い抜かしてモリスに向かって突進するのはほとんど同時だった。
迫り来る大柄な相手を見て青い顔をしていたモリスは、しかし、一歩も退かずマレットを振り上げた。
実はモリス、俺、今世を足したらもう四十歳前だから。お前がこの中で一番、年下なんだぜ。
決めろよ、モリス!
モリスのマレットが球を捕える。
ボールがゴールに転がり込む。
観客が大声を上げようとしたその時、何が起こったのか分からなかった。
勢い余ったのか、わざとなのか、モリスに向かった奴は減速せずそのまま馬ごと彼に突っ込んだのだ。
二人と二頭がポールを薙ぎ倒しながら地面に倒れ込む。
「モリスッ!!」
俺たちは血相を変えてモリスの元へ駆け寄った。
ピピーッと審判が笛を鳴らす。誰も彼には注目していなかったけれど、審判はグルグルッと腕を回して、得点板の前にいる召使いにジェスチャーで何やら指示を出した。
召使いが俺たちの得点を一から三に変える。
相手の反則による加点……だがそれを喜ぶような奴はここには誰もいなかった。




