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第16話 おしのび③


 そろそろ時間かなと立ち上がる。街ではおよそ一時間ごとに鐘が鳴る。名残惜しいが次の鐘までに待ち合わせ場所に戻らないといけない。


「同じ道を戻るのも面白くないから、今度はこっちから行ってみようよ!」


 広場から伸びる八本の大通りの内、来た道の隣を指さす。ちょっと斜めにずれてしまうが、途中で曲がれば元の場所に戻れるだろう。

 ルッツに異論はなく、俺たちはまた手を繋いで元気に歩き出した。


 店頭にはあちこちに屋台が設けられていて、それが道幅を狭めているので少し歩きづらい。何の店か分からない看板とかもあって、予想しながら店を覗き込むのは楽しかった。

 こちらの道も人通りが多かった。シアーズはほとんどの国民がこの一都市に集中している超過密都市だ。ここより標高の高いところに位置する国々が食料などの買いつけに来るので商人の姿も多かった。

 人混みの中、見るもの全てが目新しくてウキウキと周囲に目を配る。

 ふいに、あまり身なりのよくない酔っ払い風の男が道行く男性にぶつかるのが見えた。


「どこ見てるんだ!」

「へへ……すみませんね」


 赤ら顔の男は怒鳴りつけられて低姿勢で謝りながら千鳥足で道の端に退く。角に座っていた無関係そうな数人の男が、その男から目立たないように何かを受け取った。

 ……スリかよ。

 やっぱりこの手の輩はどこの街にもいるんだな。

 盗られた男性はまったく気づいていないようだ。そのまま歩き去ってしまう。酔っ払いを装った男も雑踏に消える。

 それと同時にたむろしていた男たちもそそくさと立ち上がって歩き出した。


「今の見た?」


 見上げると、こっくりとルッツが頷いた。今までの穏やかな顔つきは消えて、眼光鋭く周囲を伺っている。

 俺はルッツの手を引いて、素知らぬ顔で男たちを追って道を曲がった。まるで最初からこちらに向かっていたかのように。

 自分の事でもないのに首を突っ込むのは本当は間違っているんだろう。また危険な事をしてと、セインたちに怒られるかも知れない。

 でも、見てしまったものを放っておくのも人としてどうなんだ?


「ルッツは何人くらいなら一人で相手できる?」

「あのくらいの手合いなら、五人でも六人でも」


 隣から頼もしい言葉が返って来る。


「余計な事に首を突っ込むなって思う?」


 ルッツはゆっくりと首を横に振った。その口の端が笑みを形作る。


「俺は……俺たちはルーカス様の剣であり、盾です。どうぞ、そのお心のままに」


 先をブラブラと歩く男たちは三人。仲間がこいつらだけとは限らない。他の奴に受け渡しされたら捕まえるのは至難の業だ。

 俺たちは大きく頷き合って、また道を曲がる男たちを足早に追った。


「ねぇ、お前たち」


 人気(ひとけ)の少ない路地で声をかけられて、男たちはギクリと足を止めて振り返った。だが、そこにいたのが子供と、ガタイはいいが男一人だけと知って、あからさまに顔を緩ます。


「さっき男の人から何か盗ったでしょ。僕が返して来てあげるから、今の内に渡しなよ」


 手を差し出してくる俺を、男たちは胡散臭そうな目で見下ろして来た。


「なに言ってんだよ、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんじゃない! 僕は男だ!」

「あ、そーなの? それはともかく、俺たちが何をしたって? 男ってなんだ? 俺たちは道の端でちょっとダベってただけだぜ」


 男の一人が大きく手を広げてすっとぼける。ニヤニヤとした顔で、他の男たちも首を縦に振っていた。

 お前たちのやり口なんて分かってるよ。実際のスリにお目にかかったのは初めてだが、映画やニュースで手口は良く流れてるだろ。こんなもの古今東西、やり方なんて変わるものじゃない。


「さっき、酔っ払い風の男から受け取ってたじゃないか」

「なっ……証拠はどこにある!」

「証拠は今から見つけるんだよ!」


 こうなったら先制攻撃だ。俺は人差し指を立てた腕を振り下ろして、真横のルッツにGOサインを出した。すぐさま風のようにルッツが男たちに詰め寄る。


「こ、こいつ……ッ!」


 男の一人が指笛を吹いた。それも長く続かず、顎の下からルッツの拳を食らって吹っ飛んで行く。えっと、首の骨、折れてないといいけど。

 続く二人は、良くそれを見て怖気づかなかったものだと思う。連携して両側から殴りかかろうとしたが、ルッツは左右に腕を伸ばして男たちの頭を掴むと、お互いに打ち合わせた。ゴインッと痛そうな音がして、思わず俺は目を瞑ってしまった。

 男たちはズルズルッとその場に崩れ去っていく。

 強いとは思ってたけど、瞬殺かよ。俺はあんぐりと口を開けてルッツの巨体を見上げた。

 だが、驚くのはまだ早かった。


「ルッツ!」


 道の脇から違う男が、手に持った剣を鈍く光らせてルッツに躍りかかる。ルッツはまだ腰の剣も抜いていない状態だ。

 だが、もちろん男に気づいていたルッツは慌ててもいない。フンッと腕の筋肉に力を入れると、二の腕で剣を受け止め、反対の拳を男の腹に叩きつけた。男はゴブオゥっと、なんだか形容のできない声を上げて腹を抱えてうずくまった。

 うわーぉ。なまくら刀じゃ筋肉は切れないんだ。すっげーな。

 続く男も蹴り一撃で仕留めるのを、俺はもう呆れて見守るしかなかった。結局、ルッツ、剣すら抜いてないじゃん。

 本当にこの程度の奴らなら何人いても、ものの数じゃないんだな。


「ルッツ、お疲れ」


 片手を上げてねぎらうとルッツは顔だけ振り返って、うすっ、と言うように大きく頭を下げた。

 路地には五人の男たちの屍累々。

 俺は意識を失っている奴らに近寄ると、追いはぎよろしく最初からいた三人の懐をゴソゴソと探った。


「あった。これかな」


 下卑た男たちには不釣り合いな、高級そうな革の財布を抜き取る。正直、中身だけじゃなく、この財布だけでもけっこうな値段がしそうだよ。

 この男たちはどうしよっかなーと見下ろす。やはり警備隊に突き出した方がいいだろう。逃げられないようにどこかでロープとか借りられるかな。

 と思っていると、大通りの方からバタバタと足音が聞こえて来た。


「警備兵さん、こっちです!」


 ん?と振り返ってみると、なんと最初にスリをしていた酔っ払い風の男が、警備兵を連れてこちらに駆けって来るのが見えた。


「こいつらが俺の仲間にいちゃもんつけて、カツアゲを……」


 ははーん。そう来たか。ちょっとは頭回るんじゃねーの、こいつら。

 俺は手の中の財布をトントンッと打ち鳴らした。


「僕たちはそちらの方がスリをする現場を目撃して追いかけただけですよ」

「言いがかりをつけるな! 俺たちの仲間のものを返せ!」

「こんな子連れでカツアゲなんてするわけないでしょう?」


 はぁーと大きく息を吐き出して、やれやれと肩を竦めて見せる。こっちは剣も抜いてない上に、五対一だぞ。状況的にその理論はおかしいだろう。

 しかし警備兵たちはそう思わなかったようだ。


「そ、そこのでかいの、大人しくこちらに来い!」


 へっぴり腰ながらルッツに向かって呼びかけると、腰の剣に手を添えている。暴れたらいつでも抜刀できる姿勢だ。

 俺はムッと眉間に皺を寄せた。ただの馬鹿なのか買収されているのか知らないが、警備兵がこんな様子じゃ、このチンピラどもも図に乗るはずだ。

 俺は心底呆れ果てて、もうどうにでもなれと帽子に手をかけた。内心の苛立ちは押し隠して彼らにニッコリと笑いかける。


「いいから、おじいさまに直接告げられたくなければ、お前らの上司を呼んできなさい」

「あ?」


 あっけに取られる彼らの前で帽子を外す。薄暗い路地でも明るい赤毛が、彼らの目には眩しく映ったはずだ。


「僕の名前はルーカス・アエリウスです。こう言えば分かりますね?」


 いかな三下でも、さすがに噂の的になっている公主の孫の名前は知っていたようだ。警備兵とチンピラは俺を指差して、いつまでもパクパクと口を開けたり閉めしたりしていた。



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