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第12話 内緒話

 

 ケーキを食べ終わるとマルは自室に、ジョエルとモリスは家に帰って行った。

 マルは去り際、めちゃくちゃいい笑顔で俺に親指を立てて見せた。ったく。親もいる城内で何をしろって言うんだよ。


 アイリーンはまだ王宮に留まっていた。俺がこの後、母の見舞いに行くと言ったからだ。もう一度、きちんと挨拶をしたいらしい。

 二人並んで母様の部屋へと廊下を進む。さっきまで和やかな雰囲気だったのに沈黙が重い。

 マルたちがいなくなるだけで途端に話せなくなるとか、どうにも情けないな。

 早くなにか共通の話題を見つけないと。


 助けを求めてチラリと後ろを振り返る。ローズは俺の視線に気づいても、早くしなさいと指を突きつけてくるのみだった。

 まったく情け容赦のない乳母だよ。助け舟のひとつやふたつ、出してくれてもいいのに。

 大体、アイリーンと共通の話題なんてあまりないのだ。まだ出会って間もないから知っている事も少ない。


 分かっているのは祖母が踊り子で、本人も踊りが好きってくらいだ。ダンスは俺が話を膨らませる自信がないから避けよう。料理が苦手と言うマイナス面も駄目だ。

 そうすると今から向かう先、つまり俺の親の話しかなくなる。


「アイリーンは僕の両親のなれそめは知っているんですよね?」

「えぇ、シアーズでは赤き狼と金糸の姫の恋物語は有名ですから。女の子はそれを聞いて、みんな思うんですわ。自分の前にも雄々しき王子が現れて国から連れ出してくれないかと」


 赤き狼ねぇ。本人の口からも聞いたが、ホントにその二つ名は慣れないわ。俺の前じゃあの人、いたずら心満載のただのおっさんだからな。髪が赤いのは認めるけど、せいぜい赤きワンコだな。うん、駄犬だ。

 俺の剣の先生であり、父と一緒に旅をしていたヒューゴさんの二つ名は頷ける。金の獅子とか、めっちゃカッコいーよ。普段は飄々(ひょうひょう)としているが、身体の古傷と相まって、たまに見せる鋭い眼光はさすが歴戦のつわものって感じだ。

 獅子って言うのは国じゃ髪の毛は短かったが、多分、旅をしている間はぼさぼさだったんだろう。容易に想像できる。


 しかしそんなに国中に父の逸話が蔓延(まんえん)しているとなると、俺に対する期待はかなり高かったんじゃないだろうか。

 アイリーンも父の冒険譚に胸を躍らせたんだろうか。

 俺には父や兄のような剣の腕はこれっぽっちもないんだけど、誤解してるとかないよな。恐々とアイリーンの顔を見上げる。


「ですから()の国の王子が来られると聞いた時、どんな猛々しい方なのかと想像したのですが……それが、こんなに優しい方で私は安堵しました」


 アイリーンはとろけるような笑顔を俺に向けてくれた。

 お世辞じゃないといいけど。

 いや、疑う理由なんて何もない。俺はアイリーンを信じる。アイリーンは父のように粗野な男より、心優しい人の方が好き、と。

 勝ったな。

 やっぱり時代は腕力より、ハートですよ、ハート。

 自然と足取りが軽くなってしまう。


 しかしせっかく話が弾みかけたと思ったのに、母の部屋は俺のところからさほど離れていないのですぐに到着してしまった。

 部屋の前で立ち止まり、アイリーンは身だしなみを確かめている。

 背中をローズにつつかれて、何とか口を開く。


「大丈夫。良く似合ってますよ」

「え……」


 アイリーンは服を撫で下ろす手を止めて、ポッと頬を赤くした。

 侍女が扉を開けてくれたので、部屋に足を踏み入れる。遅れて後ろから小さく、ありがとうございますと囁きが聞こえた。


 母はベッドの上に起き上がり、肩にお気に入りの青いスカーフをかけていた。俺たちが来ると思ってわざわざ出したんだろう。

 大きな天蓋つきのベッドに、ちょこんと座っている母はいつにもまして小さく見えた。


「ごめんなさいね、ベッドの上からで」

「いいえ。私こそ、お加減の優れない妃殿下の元に押しかけて申し訳ございません。挨拶だけで退出いたしますので……」

「いいの、いいのよ。アイリーンちゃんはいつでも来て頂戴。ルークも分かってるわね。ちゃんと城に招くのよ」


 母はアイリーンを間近に呼び寄せるとベッド脇の椅子に座らせ、楽しそうに話しかけた。

 はいはい。俺は母様には逆らわない孝行息子ですとも。コクコクと頷いておく。多分、城に男の子しかいなかったから娘ができたようで嬉しいのだろう。


 母様は俺がプレゼントしたスカーフを鼻高々に自慢する。アイリーンは目を輝かせながら、それを聞いていた。

 姑になるかも知れない人を相手にするなんてアイリーンにとっては心理的負担だと思うが、ひとつも嫌そうな顔をしていない。ほんとにいい子だな。

 俺は所在なげにアイリーンの後ろに突っ立って、たまに相槌を打つくらいだ。

 その内に、母が俺に目を向けた。


「ルーク、貴方の事だから、アイリーンちゃんにお土産くらい用意してるんでしょう?」

「あ、はい。それはもちろん」


 肯定すると母様は目を細めてニッコリと微笑んだ。


「持っていらっしゃい」

「え、別に侍女の誰かに行かせれば……」

「ルーカス」


 母様の有無を言わさぬ声が静かに俺を呼ぶ。これは席を外せって意味か。二人きりで話したいんだろう。


「分かりましたよ、母様」


 ま、何かまずい事があったら後で侍女が教えてくれるだろ。俺は肩を竦めて部屋を退出した。

 なんか自分のいないところで自分の話をされてるって分かるのはもやもやするな。


 うーん。何を話すんだろ。母様ってたまに話が飛躍するからな。無茶ぶりしてないといいけどな。

 意外と泣き虫だけどよろしくね、とか言われてたらどうしよう。赤ん坊の頃はともかく、城で泣いたのなんか一回だけだぞ。それはないか。

 俺がお土産に用意していた箱をゆっくりめに持って戻るのと、アイリーンが部屋から出て来たのは、ほとんど同時だった。


「もういいんですか?」

「ええ、ソフィア様もあまり気持ちを高ぶらせるとお身体に触るでしょうから。私は充分、お話させていただきました」


 アイリーンを城の入り口へと送って行く。

 俺のいない間、どんな話をしたのか気になって横目でチラチラとアイリーンを窺ってしまう。

 聞いても無駄かな……えーい、ダメ元で聞いてみるか!


「母と何の話をしたんですか?」


 俺の直接的な問いに動揺する事もなく、アイリーンは唇の前に指を立てて微笑んだ。


「ふふ。内緒です」


 その穏やかな表情はとても九歳の女の子のものと思えず、俺はそれ以上、言葉を重ねる事ができなかった。

 そこそこ距離があると思ったのに、城の入り口へはすぐに到着してしまう。名残惜しさを感じながら、俺は手に持った箱を差し出した。


「今日はお越しいただき有難うございます。これはお家の方へのお土産です。どうぞ皆さんでお召し上がりください」

「まぁ、勝手に押しかけただけですのに、重ね重ねのお心遣い嬉しいです」


 スカートをつまんでお辞儀をした後、アイリーンはしずしずと箱を受け取った。興味を隠せない様子で俺と箱を交互に眺めている。


「中を拝見しても?」


 頷きを返すと、そーっと蓋を開けて箱を覗き込む。

 途端に、その翡翠色の瞳がまん丸く見開かれた。


「まぁまぁまぁ! 凄いわ、これ。なんですの? 宝石みたい……ねぇ、メルティ、コレット、見て見て!」


 興奮した様子でアイリーンは侍女たちを招き寄せた。三人で顔を突き合わせて箱を見下ろしている。侍女たちも同じように息を飲んだ。

 ここまで驚いて貰えると作ったかいがあったな。

 俺はニコニコと満面の笑みを浮かべた。


「色づけした砂糖で飾ったカップケーキです。これが考案された異国ではアイシングケーキと呼んでいるようです」

「こんなカラフルな模様が……お砂糖なんですか!?」


 砂糖と卵白を混ぜたアイシングに着色して、カップケーキを飾ったものだ。白い砂糖があるシアーズだからできたものだな。

 料理を飾ると言う概念がほとんどないこの世界。ましてや白を基調にしたパステルカラーの食べ物なんて見た事がなかったんだろう。


 女性陣は目を輝かせていつまでもアイシングケーキを眺めていた。

 実際はマルコと、シアーズのコックさんたちが模様を描いたと言うのは内緒にしておこう。


「こんな……こんな美しいもの、食べてしまうのが勿体ないですわ」

「あまり日持ちはしないので二~三日中にお召し上がりくださいね。お気に召されたのならまたお作りしますよ」


 実はアイシングクッキーやケーキって、見た目は可愛いけどあんまり美味しくはないんだよな。もそもそしてるって言うか。

 でも、この世界では柔らかくて甘いもの自体が珍しいから大丈夫だろう。


 感激したアイリーンは迎えの馬車の窓から身を乗り出して、門の外に見えなくなるまで俺に手を振ってくれた。

 その姿を見送ってようやく、ほっと胸を撫で下ろす。

 初めてのお家訪問は、おおむねいい感じで幕を下ろしたのではないだろうか?


「アイリーン、喜んでくれてたと思う?」

「とても良いおもてなしだったと思いますよ、ルーカス様」


 それでも不安を隠せない俺は、ローズたちに宥められながら部屋へと帰った。

 もちろん前と同じ過ちを犯すわけがなく、すぐに訪問へのお礼状を書いて召使いに届けて貰った。

 アイリーンからの返事もその日の内に届いて、使いはまたしても忙しく両家の間を往復するはめになったのだった。



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