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第11話 La dolce vita(甘い生活)


 この世界、ちゃんとした食事は朝と晩の一日二回だが、間でお腹が空けば軽食を食べたりはする。前世で言うところの十時と三時のおやつみたいなものだな。

 アイリーンは戻って来た俺たちに、召使いに持たせていたバスケットを差し出してくれた。


「お口に合うかどうか分かりませんが」


 やっばい。めちゃくちゃ嬉しい。

 顔がにやつかないよう抑えるのに必死だ。

 マルたちもワァッと歓声を上げたが、これは多分、食い気の方だろう。


 ピクニックみたいに馬場の端の芝生でバスケットを広げて、その周りにめいめいが座り込む。

 バスケットにはキッシュとかサンドイッチとか、野外で食べやすそうなものが入っていた。朝早くから身体を動かしてお腹がペコペコだったからありがたい。


 食事に飛びつこうとするマルたちに先立って、アイリーンの御付きの中でも年若い侍女がバスケットの中へ手を伸ばした。彼女は一番いびつな形をしたサンドイッチを手に取り、俺に差し出してきた。


「どうぞ、ルーカス殿下。実はお嬢様が作りましたの」

「そんな気はしていました」

「まぁ、メルティ、教えてしまうなんて酷いわ! ルーカス様もそれってどう言う意味です?」


 プリプリと怒るアイリーンに、皆がドッと笑い声を上げた。

 アイリーンはどうやら料理はあまり得意ではないようだ。良家の子女は普段、料理なんてしないのだろう。

 ただパンを切って具材を挟むだけのサンドイッチだから、俺もお世辞を言わずに済んで助かった。


 大口でサンドイッチにパクリとかぶりつく。あぁ、どんな手の込んだ料理より、不格好なそのサンドイッチの味わいと言ったら!

 ペロリと食べ尽くしてしまって、自然と笑顔になる。


「うん、ちゃんと美味しいですよ」

「ルーカス様、ちゃんとは余計です!」


 俺たちの掛け合い漫才に、また皆が大きな笑い声を上げた。

 ガールフレンドが作ってきてくれた食事を、友人や母と囲む日がくるなんてな。アイリーンには感謝しかない。

 地べたに座ってサンドイッチを齧りながら、俺は感慨深く皆を見回した。

 終始、ニコニコと笑顔の母様の視線を一身に受けて、アイリーンは気恥ずかしそうに身を縮めていた。


「妃殿下がお越しになるとは思わず、粗末なもので申し訳ありません」

「うふふ。心のこもった手作りの品に優るものなんてないわ。私もアイリーンちゃんの作ったサンドイッチを食べてもいいかしら?」


 母様は最近、身体の調子が良く、今日は特別にオレイン先生から外出許可が出たらしい。先生は、薬で治すだけでなく、患者の生きたいと願う気持ちや活力も大事だと言う治療方針の持ち主だ。

 病室にこもりっきりじゃ気が滅入ってしまうからな。

 あまり長い時間はいられないようだが、母様は満面の笑みを浮かべてとても楽しそうだった。

 恐縮しきって小さくなっているアイリーンから、ニコニコとサンドイッチを受け取っている。


「それと、私の事は気軽にソフィアと呼んでください」

「はい、ありがとうございます、ソフィア様」

「お義母様(かあさま)でも構わないんですよ」


 母様のお茶目な冗談に、可哀想にアイリーンは目を白黒させて真っ赤になってしまった。嬉しいのは分かるけど、母はちょっとはっちゃけ過ぎではないだろうか。

 母様はその内、オレイン先生に引きずられるように自室へと帰るはめになった。


 まだ話し足りなさそうに俺に向かって何度かウィンクしてくる。後で話を聞かせに来てと言う事なのだろう。了解しましたよ。

 軽く片手を上げて了承の意を示す。母様はいつまでも名残惜しそうに俺たちに手を振りながら去って行った。


 楽しい食事の後はやっぱりデザート。

 と言うわけで、俺たちは俺の部屋のテラスに移動した。俺やマルたちは一度、着替えている。その間はセインたちがアイリーンの相手をしてくれた。

 ポーッとセインを見つめる向こうの侍女の視線が気になったので、絶対に手を出すんじゃないぞとセインを睨みつけておいた。主従で、なんて風聞が悪すぎるだろう。


 まぁ、セインは自分に厳しそうなので信頼していないわけじゃ……ないよ?

 ないけど、このイケメン様はさぁ。その笑顔はわざとなのか、天然なのか。思わず頬をピクリと引きつらせ、苦笑いしてしまう。

 顔をキラキラ光らせて、白い歯を見せつけるのはやめろっていつも言ってるだろ!

 アイリーンが美形に興味なさそうなのが唯一の救いだ。


 マルコが一人ひとりの前にケーキを運んでくれる。今日のおやつはモンブランだ。

 秋っぽいし、昔から女性や子供は芋栗南京が好きと決まっている。きっとこの世界でも受けはいいだろう。


 モンブランだけだと見た目が地味なので、紅葉に見立てた葉っぱ型のチョコを添えている。針葉樹の多いマーナガルムと違い山岳連合一帯の山々はそろそろ赤く色づこうとしていた。

 マルたちスイーツ同好会のメンバーでもある三人は、自分の前に並べられたケーキをわくわくと見下ろしている。彼らは俺の作る奇妙なお菓子にもう慣れたものだが、初めてのアイリーンはぱちくりと目を瞬いた。


「まぁ、なんですか、これは?」

「栗を入れたクリームで飾ったケーキですよ。どうぞ召し上がってください」


 見た目がうねうねしているから抵抗あるかも知れないと思って、俺は率先してモンブランをフォークで切り取り、口に入れた。

 甘い栗の風味と、柔らかなクリームの食感が広がる。

 モンブランってケーキって言うより、クリームを食べてる気分になるよな。

 本来のモンブランは山に見立てた白いケーキらしいが、今日、俺が作ったのはいわゆる日本風の黄色いやつだ。細く長い幾筋ものクリームをスポンジの上に絞り出していくお馴染みのアレである。


「まぁ、柔らかくて甘いですわ」


 ケーキを口にしたアイリーンは元から見開いていた目を更に大きくした。翠の瞳が零れそうなほど、びっくりしている。

 マルはと言うと大事そうにケーキをひとかけらすくい取ると、口の中に入れて手足をバタバタさせた。


「師匠!! 毎日違うものを作るのはやめていただけませんか!! 前に作っていただいたプリンやクレープやティラミスも、もう一度味わいたいのに、一日一個じゃ食べられないじゃないですか!!」

「えー。こんなの、僕が知っているレシピのほんの一部なんですよ? アレなんかマルは気に入ると思うのになー。食べたくないのかなー」

「ぐぬぬ……」


 マルをいじめて遊んでいると、上品にケーキを口に運んでいたアイリーンが手を止めて俺たちの方を眺めていた。


「ルーカス様は、そんなにたくさん異国のお菓子に詳しいのですか?」


 アイリーンの問いに、なぜか俺じゃなくてマルがえっへんと胸を張って答える。


「時間がある時は師匠手ずから作ってくださるんですよ。お菓子だけじゃなくて料理も得意みたいですね。この間、コロッケと言う揚げ物も作ってくださいました」


 あ、馬鹿、やめろ。

 と思うが、マルを止めるのは間に合わなかった。

 アイリーンが見るからにしゅんと肩を落としてしまう。


「そんな方に私はあんな粗末な食べ物を差し上げてしまったんですね」

「いや、あの……」


 マルが取り繕おうとするが、上手く言葉が出てこないようだ。手がわたわたと宙を泳いでいる。

 仕方なく、俺は隣にいたアイリーンに向き直った。


「アイリーン。僕は、シアーズと違って食料の乏しい北国の生まれです。王族と言ってもご馳走なんて出てこなかったから、自分で工夫せざるを得なかったんです」


 親しい人には嘘はつきたくないので、俺は慎重に言葉を繋いだ。別に前世の記憶があるとバレたっていいが、信じて貰えそうにないし説明が難しい。

 気持ち悪がられて距離を置かれたくないので、未だに誰にも伝えていなかった。


 今は楽し気にこうして(つど)ってくれている彼らだが、俺の中身がおっさんだと知っても変わらず笑いかけてくれるだろうか。そんな事を思うとチクリと胸に小さな痛みが走る。

 なんだかマルはスイーツさえ作っとけば俺の中身にはこだわらなそうだけどな。それはそれでいいんだか、悪いんだか。


 何もかも打ち明けたいと思うのはただのエゴだ。それでぶちまけられた方はどう反応しろって言うんだ。

 だから俺は自然に気づかれたならともかく、自分から前世の事を言うつもりはない。

 重くなった空気を吹き飛ばすために、片目を瞑ってアイリーンに笑いかける。


「それに誰だって初めてはあります。アイリーンの作ってくれたサンドイッチは、初めてにしてはちゃんと美味しかったですよ」

「だから、ちゃんとは余計だって言いましたよね、ルーカス様」


 俺に庇われたのに気づいて、アイリーンがむくれた振りをして軽口を返してくる。頭の回転も早いし、気遣いもちゃんとできるいい子だ。

 本当に俺なんかが相手で良かったのかな。

 俺のどこが良かったのかな。

 そんな事聞かれても困るだけか。


 俺だってアイリーン以外に可愛い子はいっぱいいると言われても、それは違うとしか思えない。

 皆の笑顔に囲まれて、俺たちはしばらくスイーツ談義に花を咲かせた。



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