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第7話 マルティス暴走

 

 調理場でそのまま食べるのも味気なかったので、外のテラスに席を用意して貰う。

 目の前に置かれたそれを、マルは目を見開いてずっと見つめていた。


 ガラスの器の縁を彩る、美しく飾り切りされた果物たち。リンゴに似た果物は皮の赤さと身の白さを生かして、花のように盛りつけられている。

 ミカンのオレンジ色と、メロンの緑、バナナの白。そして中央のプリンを引き立てるようにクリームが重ねられ、てっぺんにはちょこんと砂糖漬けのサクランボが乗っている。


 この世界のお菓子って、ほとんど茶色っぽいのしかなくて、こんなカラフルなものを見たことがなかったんだろう。

 どこから手をつけたらいいのか分からない様子で、マルは手に持ったスプーンを宙にさまよわせていた。


 意を決したようにマルがゴクリと唾を飲み込む。こわごわとプリンと生クリームを一緒にすくいあげる。

 スプーンが口の中に消えたと思った瞬間、マルはその場に崩れ落ちた。


 え、なに!? 俺、毒とか入れてないけど!!

 慌てて駆け寄ると、小刻みに肩を震わせながら小さく口の中で何か呟いている。


「貴方が……」

「大丈夫ですか、マル、どうしたんです」

「貴方が神だったのですか!?」


 肩にかけようとした手をガシッと両手で掴まれ、血走った目で見上げられる。マルはその瞳から涙を流していた。

 ゲッ、やばい。これ、エラムと同じパターンだ。


「愚かな私は今まで気づくことができなかったのです。これまでの非礼をお許しください、ルーカス様」


 マルは俺の手を神聖なもののように押しいただいて額へと当てようとした。口調まで変わってしまっている。

 俺はヒィッと悲鳴を上げて、思わずマルの手を振り払ってしまった。


「違うんです! 違うんですよ、マル! 僕はただレシピを知っていただけで、これは誰でも作れるお菓子です!! 僕はただの人間です!!」


 あらん限りの声を出して叫ぶ。


「マルも一緒に作ったじゃないですか! せっかく作ったのにまだ一口しか食べてないですよ。ほら、早く食べてください!」


 俺の必死の説得が功を奏して、マルはまだ陶然とした表情ながらも不承不承、その場に立ち上がった。


「そうですか? ルーカス様がそこまで仰るなら」

「ええっと、その、様って言うのやめません? マルは僕より年上でしょう。今まで通りルークって呼んでくださいよ」

「とんでもない。神のような御業を持つ方を呼び捨てにするなど、恐れ多い事です」


 駄目だ、こりゃ。

 意外と頑固なんだなー。

 俺としては、ちょっと偉そうなマルの喋り方は気に入ってたのにな。


 とりあえず顔があまりにも酷い状態になっていたのでハンカチを渡す。

 マルは俺が手渡したハンカチを見て怪訝そうに首を傾げたが、頬に触れて自分が涙を流していることに初めて気づいたようだ。ゴシゴシと目元を拭き始めた。

 あ、鼻まで噛みやがった。もー、そのハンカチはマルにあげるよ。


 チラリとウチの家臣二人の様子を伺うと、ドン引きで真っ青になっていた。話を振られたくないのか直立不動で、俺に向かって小さくプルプルと首を振っている。

 しまった。セインを連れて来とくべきだった。この二人、こういう状況ではまったく役に立たない。


「でも急に呼び方が変わったら、おじいさまたちが不審に思うでしょう? ましてやマルは親戚なんだから様づけはおかしいですよ」

「では、師匠ではいかがでしょう?」

「はい?」


 マルはちゃんと俺の話を聞いていたのか。そもそも敬称をつけるのがおかしいと言う話をしてるんだし、敬語もまったく治っていない。


「自分の知らない知識を教えて下さる方を敬うのはとーぜんの事です。私は師匠に手ほどきも受けましたしね!」


 鼻息も荒く、マルは腰に手を当ててドヤァッと胸を張っている。

 これはもう様子を見るしかないなぁ。その内、治るかも知れないしな。


「はぁ……できるだけ、おじいさまや叔父さんの前では普通にお願いしますね」

「心得ました、師匠」


 マルは、太鼓判を押すように自分の胸を叩いて答えた。

 ほんとに分かってんのかな。それはもう様子を見るしかない。俺は頭を抱えながら自分の席へ戻った。

 マルも椅子に座り直し、スプーンを片手に握りしめてプリンを見つめ、また固まっている。


「食べるのが勿体ないくらいですね、師匠」

「そう言わずに、さぁさぁ、食べてくださいよ」


 マルに勧めながら、俺も自分のスプーンを手に取る。向かい合わせにいるのが女の子じゃないのは残念だが、こうして友人とスイーツを食べるのは前世ぶりなのでこれはこれで楽しい。


 カラメルがかかったプリンをスプーンですくう。

 ぷるるんと揺れるやわらかプリンに、たっぷりのふわふわ生クリームをつけて。

 口に入れるとプリンの甘ったるさと、カラメルのほの苦さが絶妙に絡んで口の中で溶けていく。

 ん。うまぁ~い。


 自画自賛になってしまうが、プリンは自国でもたまに作っていたので、失敗しづらいとは思っていた。

 甘ったるいプリンを食べる合間に、周りに飾られた果物も口に運ぶ。果物の酸味で口の中がさっぱりしていい気分転換になる。

 やっぱり、地球のスイーツはよく考えて作られてるな。


 俺があまりに美味しそうに食べていたからか、マルもつられるようにスプーンを口に運んだ。

 その瞬間、顔がとろけそうなほどにほころぶ。

 マルは心底嬉しそうに口の中のプリンを味わっていた。

 これだよ、これ。俺が見たかったのはこういう顔だって。


 マルが幸せそうにプリンを食べるので、俺もニコニコしてマルが食べる姿を見守った。

 最後のひとかけらを名残惜しそうにしばらく眺めていたマルだったが、やがて、えいやっと思い切った様子でパクリと口の中に放り込んだ。

 ゆっくりと口の中で味わった後、喉の奥にゴクリと最後のプリンが消えていく。


 途端にマルは落ち着かない様子でソワソワと、調理場の方を眺め始めた。

 俺は次にマルが何を言いだすのか分かるような気がした。


「さきほど師匠が作られたプリンはまだあるはずですよね」

「あれはコックの皆さんに差し上げたじゃないですか」

「まだ材料はあるんだからもう一度作って……」

「マル、あのね!」


 俺は、マルに最後まで言わせず、強い口調で机をバンッと叩いた。俺の険しい顔なんて見た事なかったマルがビクッと身体を跳ねさせる。

 なんのいいところもない年下の俺なんかを師匠と慕ってくれるなら、これだけは言っておかないといけない。


「甘いものは一日、一個まで。それが守れないなら、僕はもうマルにはお菓子は作れない」


 きっぱりと言い切って、きつい視線でマルを見つめる。


「な、なんでですか!」


 マルは悲壮な声を出した。


「どんな美味しいものでも、食べ過ぎると身体に毒なんです。特にお菓子は甘くて柔らかいから、誰でも食べ過ぎてしまう。僕の……知ってる人で、食べ過ぎで身体を壊して若くして死んでしまった人がいました。マルにはそうなって欲しくないんです」


 俺は切々と訴えた。

 知っていると言うにはあまりにも知り過ぎてる奴だけど。前世の俺だ。

 暴飲暴食。不規則な生活に、運動不足。典型的な成人病まっしぐらコースだよ。


 スイーツが悪いんじゃない。揚げ物もマヨネーズも悪くない。酒もジュースも……全部全部、節制できなかった俺が悪いんだ。

 俺は、絶対にマルを前世の俺みたいなデブにはしない!


 体験談だから説得力があったのか、マルは逡巡した後にようやく頷いてくれた。


「分か……りました。明日も美味しいものを作ってくださるんですよね」

「そうですね。明日はクレープにしましょう!」

「くれーぷ」

「今日のプリン・ア・ラ・モードより、楽しい仕掛けにしますね」

「ほんとですか!」


 マルは目を輝かせてテーブルの上に身を乗り出してきた。それから俺たちはしばらく、お菓子談義に花を咲かせた。

 明日からも楽しい日々になりそうだ。



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