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第5話 特訓をしよう!

 

「俺がいないところで面白い事しないで下さいって頼みましたよね!!」


 騒動を聞きつけたユーリは、部屋に帰って来た俺に開口一番、口喧しく訴えてきた。先に退出したワルター分隊長から聞いたんだろう。

 俺はピクピクとこめかみを引きつらせた。


「ユーリくん、ステイ」

「えっ、なんですか?」

「ス・テ・イ」


 ニッコリ笑顔を浮かべて部屋の隅を指差したら、ユーリはすごすごとそちらに歩いて行って気をつけをした。

 まったく、機嫌が悪いのに余計な手間をかけさせるんじゃない。


「ルーカス様、おかえりなさいませ。大丈夫でしたか?」


 出迎えたローズが服を着替えさせてくれる。ダンスは上手くできたと思うと伝えたらローズは、それはようございましたと満足気に鼻を大きくしていた。

 大丈夫かのくだりはユーリの事ではないだろう。騒動の件か。


「そうそう、ポロの試合をする事になったんだよ」


 俺は皆にかいつまんで事の顛末を伝えた。アイリーンの部分はできるだけかいつまんで、だ。


「では、特訓ですね」


 セインの目がキラリと光る。こいつら、本当に特訓とか訓練とか好きな。


「やっぱり練習しないといけない?」


 俺は部屋着姿でソファに座り、だらしなく手足を伸ばしていた。今日は疲れ過ぎたから、行儀悪いが勘弁して貰おう。

 アレクがソファの背に手をついて、後ろから覗き込んでくる。


「ルーカス様、ポロなんてした事あるんですか?」

「ないね。城の乗馬訓練では、そこまでメニューが進まなかった」

「ではさっそく明日、馬を借りてきますよ」


 うえー。シアーズまで来て、また訓練訓練の日々か。俺の愛馬であるルナに乗るってわけにはいかないんだろうな。軍馬だもんな。


 ◇


 翌日、俺とマルは厩舎に足を運んでいた。お兄さんたちは残念ながら十二歳を超えていたので不参加だ。

 まぁ、あの調子だったら十二歳以下でも参加してくれそうになかったけど。


 他のメンバーはマルが友人に当たってくれているらしい。失礼ながらマルの友達って運動できるんだろうか。

 前途多難だ。

 ため息をつきながら厩舎に入る。


 なんとシアーズには、子供が乗馬練習をしたり、ポロをしたりする用のポニーみたいな小さい品種の馬がいた。

 今更ながらに故郷マーナガルムの異常さを感じる。


 なんで俺、五歳でいきなり軍馬に乗せられたんだ。ポニーなんて街でも見たことないぞ。農家の子も普通に大きな馬に乗ってたな。

 最初がこんな可愛い馬なら俺が馬恐怖症になる事もなかったのに。旅の間にそれなりには慣れたが、未だに背の高い馬上はちょっと怖いのだ。

 近寄って来たポニーの鼻面を撫でて、目を細める。


「今日はよろしくお願いしますね」


 小さな馬は人慣れた感じでスリスリと顔を擦りつけてくる。うー、可愛いな!

 鼻面やたてがみをせっせと撫でてやると、馬はぶるるるっと小さくいなないた。

 馬具をつけて貰ってから、その背にヒラリと飛び乗る。


 これだよ、これ。手を貸して貰わなくても跨がれるってのは爽快感がある。自分の足で立っている時と視線もそう変わらない。

 なんだかいけそうな気がしてきたぞ。


 今日のお伴はアレクとルッツだ。アレクはこう見えて馬上訓練は四人の中で一番の成績なんだとか。

 特にポロみたいな道具を使う競技は騎士団の中でも上位に入るほどの腕前らしい。意外と小器用なんだな。


「ルーカス様、なんか失礼な事、考えてるでしょう」


 俺に視線を向けられてアレクは不満そうだったが、しれっと無視してやった。

 マルがルッツの助けを借りてなんとかポニーの上に跨る。

 友よ、そこからなのか……。


 心優しきルッツは馬とか動物が好きなようで扱いに慣れていた。

 大きな彼がポニーを引き連れているのを見ると、巨人と子馬みたいな感じでなんだか可愛らしくてニヤニヤしてしまう。


「だからルーカス様、失礼な事を考えてるでしょって」


 近寄って来たアレクが無口な後輩の代わりに再度訴えてきたが、つーんと顔を背ける。

 アレクは納得してなそうだったが、それ以上、言い募ってはこなかった。


 馬場に来るまでに、ひととおりポロの基礎は教えて貰った。

 まぁ、ルール的にはそう難しくもない。馬に乗って、マレットと言うT字の形をした木のスティックでボールを打ち、相手方のゴールに入れるだけだ。四人しか出ないのでゴールキーパーとかはいない。


 こちらの世界では元は競技ではなく、軍の訓練として発展してきた。お上品な貴族のスポーツと言う感じではない。進路妨害あり、横取りありの、なんでもありありルールだ。

 せいぜいわざと相手に怪我をさせたら卑怯者と思われるくらいか。わざとじゃなくて軽傷程度なら試合続行だ。


 俺とマルは馬上でルッツから木のスティック……マレットを受け取って馬場に進み出た。

 軽装で馬にも乗らず、マレットを肩に担いだアレクが俺たちに向かい合う。


「じゃぁ、お二人とも、ちょっくらそこから俺に向かってボールを打って貰えますかね?」

「え、アレク、お前、馬には乗らないの?」


 さすがにポニーと言えど、馬に乗った俺たちの視線はアレクより高い。馬二頭の機動力に徒歩でついて来られるんだろうか?


「最近、ちょっと身体が鈍ってるんですよねー。ま、いい運動になるかな、と」


 アレクは気楽な調子で肩にトントンッとマレットを打ちつけている。

 なんだぁ? アレクの癖にちょっと格好良く見えるぞ。生意気な。後で疲れたとか言っても許してやらないからな!


 ルッツが転がしてくれたボールに向かって馬を走らせ、マレットを振り下ろす。

 だが案の定と言うか予想通りと言うか、俺のマレットはボールに掠りもせず、ヘッドが空を切った。


「ルーカス様ー? まだっすかー?」

「うっさいな!」


 ポニーの首を返してボールの元へと引き返す。これはあれだ、走りながら打とうと思ったのがいけなかったんだ。

 ボールの横にポニーを止め、マレットの先でツンツンとつついて距離を測る。


 これなら失敗しようがない!

 と思って勢い良く振り下ろした俺のマレットは、今度は地面を抉った。


「あっれぇ~?」


 再度、チャレンジしてやっと当てることはできたが、ボールはアレクではなく明後日の方向に転がって行った。

 アレクは緩く走るだけで、器用にマレットの先でボールを受け止めていたけど。


「これじゃ、準備運動にもなんねーですよ、ルーカス様」


 くっそー、悔しい!

 マルの方はと見ると、隣に立ったルッツが丁寧にマレットの振り下ろし方から教えていた。

 それもそこからなのか、友よ。


「とにかく馬に乗って練習する段階じゃないですね。素振りから始めますか」


 また素振りかー。

 剣でも素振り。ポロでも素振り。なんだって基礎から入らないといけないって事なんだろうな。

 こんなので試合に間に合うんだろうか。いつするのか知らないけど。


 俺たちは馬から降りて馬場の隅でスティックを振り始めた。なんだかゴルフの打ちっ放しに似てるような気がする。ほんとのゴルフなんてした事ないけど。

 前世では子供の頃、傘を振り回して遊んだりしてたな。みんなするよね?

 片手で振り下ろすだけってのが、ちょっと違うかな。


 俺は素振りは得意だ。ひとつ事にだけずっと集中し続けるのは性に合ってる。

 黙々とマレットを振る俺の横で、マルは早々にダレて、地面に足を放り出して座っていた。ちょっと動いただけなのに早くも息が上がってしまっている。

 俺がいつまでも飽きずに同じ動作ばかりしているものだから、軽く奇妙なものを見る目つきを向けられた。


「良くそんなに続けられるな?」

「そうですか? ただ振っているだけなので楽ですよ」


 このままではマルが飽きて帰ってしまうと思われたのか、次に俺たちはボールを使って練習する事になった。

 並んで立つ俺たちにルッツが次々にボールを渡してくれるので、カンカン打ってアレクの方に飛ばすのだ。


 あちこちに転がって行く俺たちの玉を、アレクが犬みたいに走って追いかける。

 ハハ、なんだこれ、楽しい。

 ポロのボールじゃ飛距離が出ないのが残念だな。

 千本ノックとかやりたくなってきた。

 今度、野球の玉とか作っちゃおうかなー。


「いきますよ、アレク!」

「左右とかずっりーですよ!」


 そう言いながら、ちゃんと追いついてんだからすげーよ。

 この練習のおかげで大分、マレットでボールを打つ感覚が分かってきた気がする。あとは馬上から当てられるかだな。

 マルは相変わらず、すぐに飽きてぶすっとした様子で地面に座り込んでいた。


「いい加減、疲れてきたぞ、ルーク。異国のお菓子とやらはいつ作ってくれるんだ」


 あ、マルはお菓子のために俺を訪ねて来ただけだったのか。てっきり、練習に参加するために来たんだと思ってた。

 それでもここまで文句も言わずつきあってくれるんだから、いい奴だな。


 そうだ。今日は俺が腕を振るってじきじきにスイーツを作ってやろう。

 そんなわけで、俺たちは調理場に移動する事になった。



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