第25話 晩餐会にお呼ばれした!
俺はおじいさまに晩餐会にお呼ばれして、夕食前にまた服を着替えるはめになった。
正式な晩餐はこれだから嫌いだよ。なんで食事をするためにわざわざ着替えるわけ?
自城なら普段は部屋で一人で食べるだけだ。たまに父様に呼ばれた時も、普段着だからって何か言われた事なんてない。
あぁ、何の飾り気もない麻のシャツとズボンがすでに懐かしい。
「もうこの服でいいでしょ、ローズ。ただ晩御飯を食べるだけだよ」
「いいえ。初めてお呼ばれするのですからね。粗相があってはなりません。エレナ、やはり緑色のジャケットを出して頂戴。ハンカチーフも、もう少し落ち着いた色にしましょう」
ローズは俺を前にして、あーでもないこうでもないと侍女に指示を出していた。何度も着せ替えさせられて、ぐったりと脱力する。
それでも最後にはようやくローズの許可が出た。もう時間ギリギリだ。
侍女にばっちりおめかしをして貰った俺は、召使いに導かれて晩餐会場へ向かった。
花が飾られた豪華なテーブルを囲んで祖父母と、叔父一家が待っていた。
歌と音楽の国と謳われるだけあって、ただ夕食を食べるだけなのに竪琴弾きがポロンポロンとリュートを奏でている。音楽つきの夕食会なのか。
まぁ、晩餐会と言ってもこの城に住む親族が集まっているだけなので今日のメンバーは全部で十人だ。
こぢんまりとした部屋に長テーブルが設えられていて、会話を邪魔しない程度の静かな音楽が流れている。
親戚だけだからあまり気を使う必要はない。これから行われる歓迎パーティーの予行演習だと思えばいいだろう。
「お招きいただきまして、ありがとうございます。ルーカス・アエリウスです」
皆の前でちょこんと頭を下げると、大人たちには好印象だったようで誰もが目を細めた。
叔父さんにはさっき会ったが、それ以外の家族を紹介される。
叔父とは言っているが母に兄弟はいないので、この人は母の従兄弟。俺から見たら、正式な続き柄だと従叔父と言うらしい。
ただ、小さい頃は母と兄弟のように育ったので、叔父みたいなもんでいいらしい。
祖母は母のように可憐で少し背が低い人だった。俺を見ると嬉しそうに顔をほころばした。
優しく手を取って迎え入れてくれる。
「おばあさま、初めまして」
「ええ、ええ。ずっと到着を待っていましたよ。会えて嬉しいわ、ルーカス。今日はわたくしの隣にいらっしゃい」
そのまま祖母に手を引かれて、テーブルに着席する。俺は集った人々を見回して……思わず吹出してしまわないよう、唇を強く噛み締めた。
なんというか叔父一家が……この人たちが凄く面白いのだ。
叔父さんは背が高いが、いささかこう、ふっくらとしている。太っていると言うほどではない。肉づきのいい身体に、ぽちゃっとした頬は張りがあってなめらかだ。
母様に似た白金の髪が、ふわふわと頭を覆っている。髪を伸ばせばいいのになぜか短髪なので、あまりに細い毛が逆立っているようだ。
奥さんは普通に細くて美人だ。
しかし十八歳を筆頭に四人いる息子たちは残念と言っていいのか、悲しいくらい父親似だった。
叔父さんを先頭に年の順に並んでいると、マトリョーシカを思い出す。人の外見を笑ってはいけないと思うのだが、これは反則だ。
叔父さんだけなら平気だった。一人目の息子も耐えられた。だが、五人も並ぶなんて卑怯だ。
そんなわけで俺は会食中、腹筋を引きつらせながら、かなりの忍耐力を発揮するはめになった。
とは言え、叔父さんは柔和そうな外見そのままに、とてもいい人だった。
「ルーカスくん、部屋はどうだったかな。少し手狭で申し訳ないね」
「とんでもない。開放的でとても過ごしやすそうです」
「そうか。それなら良かった。もし足りないものがあったら何でも言っておくれよ。私を本当の叔父だと思って」
ふくよかな顔で優しげに笑いかけてくれる。
あれで手狭か。この国は本当にお金持ちみたいだな。気を引き締めていかないと。
別に貧乏人扱いされたって俺はいいけど、母様や家臣の皆に恥をかかすわけにはいかない。
叔父一家は、その外見から容易く想像できる通りに大食漢だった。
五人とも何度もおかわりをしている。次々と皿が空になっていくのに、食べ方は優雅で綺麗だ。それにとても美味しそうに食べている。
俺は前世を思い出して彼らに親近感を抱いた。
あぁ、この人たちを二郎系に連れて行ってあげたい!
あの山盛りの野菜を前に、彼らはびっくりするだろうか。嬉しがるだろうか。
「ルーカスくん? 食が進んでいないようだね。食事が口に合わなかったかな。何か作り直させようか?」
俺が叔父一家を楽しげに眺めていて、あまり食べ進めていない事に気づいて叔父さんが声をかけてくる。
あまりって言っても、出された一人前はちゃんと平らげてるけどな。
前世ではラーメンをスープ代わりにカツ丼を食べる、なんて日常だった俺だが、まだ六歳という事もあり、この世界ではそんな無茶はしていない。
あんな食生活のせいで三十代前に糖尿病になったんだ。今度こそ節制もするさ。
「まさか。とても美味しくいただいています」
「まぁ、エドウィン、ルーカスは貴方たちとは違うのですよ」
おばあさまが叔父さんをたしなめる。エドウィンと言うのは叔父さんの名前だ。
「いつも思うのだけれど、貴方たちは少し食べすぎではないかしら」
「すみません、叔母様。しかし、コックが作った食事が美味しすぎるのです」
いつものやり取りなのか、祖母のお小言を気にした様子もなく叔父さんは言い訳をする端から食事を口に運んでいる。
祖母も嘆息するだけでそれ以上、言葉を続けなかった。
ずいぶん気安い感じだな。長年、城で一緒に暮らしているからかな。ほとんど本当の親子みたいな雰囲気だ。
祖母はターゲットを俺に変えたようだ。母に似た顔で俺に笑いかけてくる。
「とは言え、何か食べたいものがあったら遠慮なく言って頂戴ね、ルーカス。コックに作らせますから」
どうやら俺はこの国でも甘やかされそうだ。
しばらく祖父母や叔父と歓談する。叔父一家の他の人たちは、長年会っていなかった祖父母と孫の触れ合いを邪魔しないようにか、ほとんど喋っていない。
叔父もたまに一言、二言、口を挟んでくるだけだ。
その内に、会話が一区切りしたところで叔父は席の端っこに目を向けた。
「そう言えば、マルティス、お前、幾つになったのだった? 九つか、十か?」
急に話しかけられて、テーブルの端に座っていた一番小さいマトリョーシカが、ん?と顔を上げる。
ちょっと小太りの少年だ。
丸々した顔が可愛い。
「今年で十歳になりましたよ、父上」
「うむ。少し歳が離れているが、ルーカスくんは聡明な様子。ちょうどいいだろう。お前が一番歳が近いのだから、お世話をしてあげなさい」
思ってもみなかった父からの求めにマルティスは微妙な顔をして、俺をマジマジと見つめた。
だが特に異論はなかったようで、あっさりと了承する。
「分かりました、父上」
そして、そんな事を話すのも時間が惜しいとばかりに食事を再開する。
「お気遣い有難うございます」
「いやー、不肖の息子だからかえって迷惑をかけるかも知れないけど、どうか仲良くしてやってくれよ」
叔父さんは肉をさしたフォークを片手に、その恰幅のいい肩を揺らしてハッハッハッと笑い声を立てた。
「それから、これからは一緒の城に暮らすんだ。そんなにかしこまらなくてもいいんだよ。私たちのことを家族と思って頼っておくれ」
叔父さんの言葉に、祖父母も思い思いに頷いている。そんな感じで会食はなごやかに終わりを迎えた。




