第23話 ウチの家臣がすみません
おじいさまは、なかなか俺たちと離れたがらなかった。お付きの人たちに長旅でお疲れでしょうからと諭されて、やっと解放してくれたくらいだ。
城の中で俺は、この国の跡取りと目されている祖父の甥……母から見ると従兄弟にあたる叔父さんにも紹介されたのだが、この一家の詳細は後で話す事にする。
先導の召使いに、これから俺が過ごす部屋へと案内され、ひとしきり説明を受ける。
彼らが部屋から退出して遠ざかる音を聞いた途端、失礼にもアレクとユーリが腹を抱えてその場に笑い崩れた。
ガチャン、ガチャンと身につけている鎧が派手な音を立てる。
「な、に、あの対面! あんなのあるの!!」
「まさか自分の顔がいいのを知らなかったなんて!!」
対面の時からずっと我慢していたんだろう。二人はヒーヒーと息も絶え絶えに笑いまくっている。ユーリなんて顔を真っ赤にして床をバンバンと叩いている始末だ。
俺は引きつった顔で彼らを見下ろすしかなかった。
セインが片眉をピクリと上げたが、自分たちしかいないと思って叱るのはやめたようだ。
どうせこいつだって、内心、笑ってんだ! 哀れみの目で俺を見下ろすのはやめろ!
俺の味方はルッツだけだよ!
と思って背の高い彼を振り仰いだが、なんと奴も口の端を震わせていた。俺と視線が合うとルッツは、やっべとばかりに口元を手で覆って隠した。
お前もか、ブルータス。
「だから言ったっしょ、ルーカス様についてれば絶対、面白い事ばっかりだって」
「違いない」
ひとしきり笑い転げて、ようやく満足したらしい。二人は目の端の涙を指で拭いながら立ち上がった。
チッ。こいつら。俺の方が上司だって分かってんのか。
雰囲気を変えようと、パンパンッと手を叩いて注目させる。こんなのイチイチ相手にしてたらキリがない。
「はいはい。おふざけはそこまでにして、ちゃんと家臣としての役割を……って、何かすることある?」
シアーズ公国に入国するにあたり、四人は非公式ながら俺の家臣候補として、ワルター分隊長に許可を得て直属の部下になっていた。
この国で俺が自由に使える部下がいた方がいいだろうという分隊長の配慮だ。
「暇なら、栄えあるファンクラブの第一回目の会合でもしようか?」
「ルーカス様こそ、いい加減、その話題から離れて」
アレクから即座にツッコミが入る。兄上の素晴らしさを理解しない無粋な奴め。
「はーい。じゃ、俺、部屋に危険な箇所がないか見て回りますね!」
ユーリが元気に手を上げて宣言する。それは家臣っぽくて、とってもいい案だぞ、ユーリくん。
セインが顎に手を当てて、うむ、と同意する。
「確かに部屋の間取りを把握しておいた方がいいな。交代で行こう。アレクとルッツは、ひとまずここで待機してくれ」
「りょーかい」
アレクとルッツは敬礼で二人を見送った。しばらく二人がゴソゴソと隣の部屋を点検している音が響く。
滞在の間、俺の部屋として用意されたのは、三部屋続きの来賓室だった。俺が使うだけで三部屋あるのだ。従者の部屋はまた別だ。
扉から入って最初のこの部屋は応接室で、ふかふかのソファが置いてある。端に簡易のバーもあるようだ。俺は子供だから利用価値もないけどね。
ちょっと覗いたが隣の部屋は書斎みたいな感じだ。もう一室は寝室で、大きな天蓋つきのベッドがあった。
この部屋だけで、故郷の俺の部屋の倍くらいあるぞ。
それに、この城にはガラス張りの窓があった。マーナガムルで窓と言えば、ただ単に石壁に空いた穴で夜や冬に閉められるよう戸板がついていただけだったので、えらい違いだ。
足元から頭の上まで広く開けたガラス窓から燦々と光が降り注いでいる。さすがに一枚板ではなく、格子状の枠に二十センチ四方くらいのガラスが一枚ずつ嵌められている。
前世のガラスみたいに透明ではなく、厚くてガラス向こうの景色は見えない。
近寄って、そーっと窓を開けてみる。すっげーな、オシャレなバルコニーだ。向こうには美しく整えられた中庭も見える。
決して我が城みたいな野菜畑ではない。低木と花々が植えられた、いわゆる普通の庭園だ。
シアーズってマーナガルムよりかなり小さいのにお金持ちなんだな。
いつの間にか部屋にはセインとユーリが帰ってきていて、待機組と交代していた。
「随分、豊かな国なのですね」
二人とも眩しそうに目を細めて庭園を眺めている。ユーリは糸目だから、いつも見えてるのかどうか良く分からないけど。
「とりあえず不審な物もなさそうでしたよ。まぁ、あってもらっちゃー困りますけど」
「うん。ありがとう、二人とも。そろそろ皆も鎧を脱いだら」
「そうさせていただきます」
アレクたちが帰って来るまでと思って雑談してたが、二人はいつまでも戻って来なかった。隣の部屋からガタンガタンッと、どう考えても点検してるだけとは違うっぽい手荒な物音も聞こえる。
三人で連れ立って様子を見に行くと、奴らは見つかった!と言うような顔で俺たちを振り返った。
どこで見つけたのかアレクの手には板が、ルッツは置物みたいなものを持っている。
板?
「何をしているんだ、お前らは」
セインに詰め寄られて、アレクは目を泳がせた。
「これはルッツが……」
皆の視線が集まって、ルッツの眉がしゅーんと下がる。とても十六歳とは思えず、ヤクザかチンピラまがいの厳つい顔をしているルッツだが、内面はまだ年若い男の子だ。強面の顔も慣れれば怖くない。
ルッツは無罪!!
「何があったのか、正直に吐くんだ」
俺が聞いてもアレクは自分は悪くないと喚き立てた。
「ルッツの奴がそこの棚にぶつかって置物を落としやがったんですよ! 俺はそれを戻そうとして!」
棚?
皆でアレクが指差す方向に目を向ける。
が、そこには何もない。ただ壁が広がっているだけだ。でも良く見ると、穴が空いてるかな。
あぁ、アレクが手に持ってる板が棚なわけね。
ルッツは背が高いからな。なんと二メートル超えている。普通の人なら届かない位置の棚にぶつかっちゃったんだろう。
だけど落ちた置物を戻そうとしただけで、なんで到着した早々、部屋の設備を壊しちゃうのかなー。こーの、ドジっ子ワンコめ!
セインは額に手を当て、ユーリは両手を軽く広げて肩を竦めた。
「先輩とルッツを組ませると、大体いつも、こんな感じすよ」
それが分かってて、お前ら、なんで二人で行かせたの?
もー、いいよ。戦いはともかく、日常生活でこいつらが役に立たないのは良く分かりました。
「もういいから、お前ら、着替えてきなよ? 後で直して貰っとくよ。ルッツは今度から気をつけてね?」
素直なルッツはまだ置物をちょこんと手に持ったまま、コクリと頷いた。ギャップ萌え~。可愛い、可愛い。
「だからルーカス様、俺は悪くないんです!」
「はいはい。分かった、分かったから」
俺がシッシッと手を振って指示すると、持っていた板をセインが取り上げて、未だ吠えているワンコを部屋から追い出す。
引きずられて遠ざかる声を聞きながら頭を抱えたくなる。
みんな、俺がおかしいおかしいって言うけど、こいつらも大概じゃない?
今度も交代で、皆は自室へ服を着替えに行った。
全員が戻って来るまで手持無沙汰だったので、部屋に置いてあったソファに座ってみる。
わーぉ、身体が沈むわ。すっげぇ柔らかい。
こんな生活に慣れる日がくるのかねぇ?
どうにも貧乏気質が抜けず、首を傾げてしまう。
「お言葉に甘えて先に寛がせていただきました」
「うむ、苦しゅうない」
ソファに踏ん反り返って殿様ごっこをしてみたのに、セインは丁重に頭を下げてくるだけだった。
ちょ、ちょっと! こう言うのは真顔で返される方がツライでしょ!
慌てて起き上がったらセイン以外の三人はニマニマ笑っていたので、ちゃんと冗談だって分かってくれてたみたいだ。
このイケメン様が朴念仁なだけか。
「遅まきながら、ご無事のご到着、お慶び申し上げます」
セインに続いて皆が軽く俺に頭を下げてくる。
軽装に着替えた家臣団(四人だけ)に囲まれて、俺はようやくシアーズ公国に辿り着いたと言う実感を噛みしめた。
堅苦しいのはこのくらいでおしまい!
その内に、母様の部屋の手伝いに行っていたローズや侍女のエレナも戻って来て、皆でワイワイと荷ほどきを始める。
こうして俺の一ヶ月半に渡る旅はひとまず無事に終わりを迎えたのだった。




