第19話 キャンプをしよう!
長かったサラクレート最南西の街、クロフターでの滞在も終わり、ついに出立の時が来た。
父様の二の舞にならないよう食料も馬車にしっかり積み込んである。コックのマルコは野営料理なんて腕が鳴りますね!と言って張り切っている。
馬丁たちはこれからの悪路を思い、念には念を入れて馬車の整備を終わらせ、慎重に馬を走らせていた。
帰らずの森を左手に見ながら進む馬車の旅。
母様は身体に負担をかけないよう、ふかふかのクッションに包まれてあえて寝ている事も多かったが、左に開いたその窓から、たまに感慨深く森を眺めていた。
マーナガルムにはイグニセム経由で来たので、ここは通ったことがなかったようだ。
きっと母様も、父がヒューゴさんとほうほうの体でこの森の側を通り抜けたという話は聞いているだろう。
「こいつ、森で迷って食料、全部食いやがったんですぜ」
「うわー、ヒューゴ、その話はやめろ!」
とか、二人して母様に話しながら騒いでいる姿がありありと浮かぶ。
なぜ父は母にマーナガルム神に出会った話をしなかったのだろう。神との約束だからかな。そうだな、あれは家族や親友にだってホイホイと話せるものじゃない。
俺も何度か口から出かかったが、やめておいた。
今も森の中にいるのか、夜には遠く狼の遠吠えが聞こえる。
それがもし神でないとしても、俺には、あの父様が十数年も胸に隠していた秘密を勝手に口にすることはできなかった。
神は、なぜ父の前に姿を現したのだろう。
俺がこの世界に記憶を持って生まれた事と何か関係があるのだろうか。
考えても考えても、答えなんて出てこない。
俺が神の力を借りなきゃいけないような事態になんてならないよ。うん、その方がいい。そう言うのは子供とか、更に子孫とかに任せたいものだな。
そんな事を考えながら、俺は母様と一緒に黙って窓から森を眺め続けた。
日差しがほんのりと西に傾き始める頃、馬車の外からセインが声をかけてくる。
「この先に広めの場所があるようです。少し早いですが今日はそこで野営の準備をします」
了承を示すために頷きを返す。
日の長い夏に国を出発したとは言え、季節はもう晩夏。
大人数でもあるので、俺たちは早めに野営できる広い場所に馬車を止めた。
野営はちょっとキャンプみたいで楽しい。
これぞ旅の醍醐味だ。
皆は手分けしてテントを建てたり、岩を並べてマルコが料理するための簡易の竈を作ったりしている。
俺も手持ち無沙汰だったので置かれている薪を運ぼうとしたら、慌てた馬丁や侍女たちに止められた。
「ルーカス様! 私共が致しますので、どうぞあちらでお身体をお休め下さい!」
でもさ、こう言うのって皆で協力しての楽しさじゃない?
母様は仕方ないとしても、他には仕事をしていない人なんて一人もいないのだ。
「いいから、いいから。このくらい、僕にだって運べます!」
俺は彼らから強引に薪を奪い返した。
欲張って大きな薪を三つもいっぺんに運ぼうとしたものだから、四苦八苦している俺を見て皆が笑いを堪えている。
マルコはピザを作るつもりみたいだ。持ち運びできる簡易の木の台の上で小麦粉を捏ねている。国では若い兵士にも人気のメニューだ。
「今日はピザなんだね!」
「そうすっね。パンを焼くより簡単ですからね。ラクトスでルーカス様が購入されたチーズもまだありますし」
マーナガルムの隣国ラクトスで買った例のチーズだな。旅の始まりを思い起こすと、たった一ヶ月くらい前のはずなのに凄く昔の事のように思えてびっくりだ。
もう、何年も彼らと一緒に生活しているみたいな気がしていた。
「ルーカス様、ピーマン入れても大丈夫です?」
「僕だってねぇ、苦手だからって残したりしないよ!」
マルコの軽口に俺が憮然として答えると、周囲から笑い声が上がった。国を出た時は、こんなに楽しい旅になるなんて思わなかった。
母やローズが顔をほころばせて俺たちの様子を見守っている。
侍女たちは手際良く、てきぱきと夕食の用意をしている。
もうやる事もなくなったので騎士たちがテントを建てるのを興味津々に見守っていると、アレクが縄の結び方を教えてくれた。
夕暮れが近づく前には辺り一面にいい匂いが漂い始めた。
朝食べたきりだから、お腹がぺこぺこだ。
他の人だって同じはずなのに、俺たちの給仕をして我慢しているものだから、無理やりローズや侍女たちを座らせた。
「そ、そんな、恐れ多いです!」
侍女たちは大慌てでブンブンと手や頭を振っていたが、有無を言わさずその手に皿を置いていく。
「いいから、いいから。ピザなんてあったかい内に食べた方がいいでしょ。ねぇ、母様?」
「ルークの言う通りですとも。皆、遠慮せず食べて頂戴」
やっぱりキャンプの食事は大人数で囲んだ方が美味しいよな。
俺はご機嫌でピザを持ち上げ、あむっと食らいついた。
やっぱりマルコの作る料理は美味しいな!
「お前たちも、ちゃんと交代で食事を摂りなよ」
「はーい、ルーカス様!」
向こうから元気いい返事が聞こえてきて。
美味しいご飯と。
ほんの少しのワインと。
焚火の音と。
笑い声。
こう言うところはどっちの世界も同じだ。
いや、俺はずいぶん運がいい。一度終わったはずの人生に二度目があるなんて。しかも、家族にも家臣にもこんなに恵まれて続けられるなんて幸運、他にないだろう。
目を細めて焚火の側で俺を取り囲む人々の顔を見回す。
母様、ローズ、エレナたち侍女、オレイン先生と助手たち、マルコ、ワルター分隊長以下、分隊の皆、サムと馬丁たち。
誰もが皆、俺が視線を向けると笑顔を返してくれる。
俺が前世では望んでも手に入らなかったものがここにあった。
一緒に仕事をして、ご飯を食べて、話をしてくれる。俺にはそれだけで良かった。これ以上に欲しいものなんて他にない。
その日、俺は夜空に星が輝き始めるまで、ずっとはしゃいでいた




