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第18話 母様とデート

 

 街へ戻るとプリプリとむくれた顔の母様が待っていた。


「とっても楽しかったみたいね、合・同・演・習。いつまで待たされるかと思ったわ」


 真相がバレたのかと思ってヒヤッとしたが、そうでもないみたいだ。母様は勘が鋭いから危ないな。


「まぁまぁ、体調が良いようでしたら、一緒に仕立て屋まで行きませんか? 母様、町で買い物なんてした事ないでしょう? その場で裾上げをして貰えますよ」


 オレイン先生の許可が出て、母は飛び上がらんばかりに有頂天になった。あんまりにも喜び過ぎたので、そんなに興奮するなら許可を取り消しますよと先生に脅されたくらいだ。

 通りがかった侍女や騎士たちに、今から息子とデートなの、と何度も何度も伝えていた。


 ふっふ。母様とデート。いい響きだな。

 前世を通して今まで女性とデートらしいデートをした事はないが、最初が母となら失敗もないだろう。

 今のところ、この世界で母以上の美少女に出会った事はない。

 二十歳過ぎても美少女、いいじゃないか! オタクなら分かるだろ。実年齢じゃない、外見なんだ。ロリババアは正義!


 お誘い文句はセインに教えられたままの台詞だったが、誤魔化すのに使えて何よりだぜ。

 仕立て屋への根回しもセインがしてくれている。もー、セイン、お前って本当にいい奴。そこまで顔が良くなかったら親友にもなれたのに。


 ちなみにこの間に分隊長たちは、例の盗賊から剥ぎ取った鎧などを売りに行っている。先発隊のリーダーさんがそういう交渉事は得意そうなので任せて大丈夫だ。

 と言うわけで、今日の護衛はセインと三馬鹿トリオです。


「母様、最近、具合が良さそうですね」

「そうね。旅に出てから不思議ね。きっと、エントール様が私とルークをシアーズへと呼んでくださっているんだわ」


 音楽の神エントールはシアーズ公国を含めた山岳連合(ユヌ・モンターニュ)で広く支持されている女神だ。そのたぐいまれな美声とはうらはらな自分の容貌を嫌っているとされる。顔がベールに包まれた神秘の女神だ。

 母様も子供の頃からの習慣で、マーナガルム神よりエントール神に祈る方が多い。


 この世界の神々は圧倒的に人型が多くて、獣の神は数えるほどだ。マーナガルム様の他にライバルだった大熊とかー……あー、あと兎の神様もいたかな?

 あれは兎になれるだけで普段は人型なんだっけか?


 マーナガルム神を信仰する我が国が狼国(ろうこく)とか馬鹿にされるはずだ。本来、神に優劣はないはずなのだが、神の世界にも純然たるピラミッド型ヒエラルキーは存在するのだ。


 どこの世でも女性の買い物は長いもの。

 母とローズのキャッキャとはしゃぐ声を聞きながら、俺はなるべく欠伸を浮かべないように気をつけていた。

 俺が退屈してるなんて知ったら、母様はすぐに宿へ帰ろうとするだろう。そんな事になったら、ほぼ初めてに等しいお忍びの思い出が台無しだ。


 俺の背後では騎士たちが背中に腕を組んでピシリと立っている。その内のセインが何かを伝えたい様子でチラチラと視線を向けてくる。察した俺はソファの上でセインの方にジリジリと移動した。


「ルーカス様、スカーフです。スカーフを勧めるんです」


 なんだって? スカーフ?

 セインの視線の先に、この夏の新色を飾っているのか見本がある。

 これをどうすればいいか分からないが、恐らく買えと言っているのだろう。今まで女性関係でセインが間違った事はないので信用している。

 セインを見上げると、GO!と言うように力強く頷かれた。

 とにかく立ち上がって行動を開始する。


「こ、これはいい色ですね。女性らしいピンクもいいけど、母様って冬の生まれでしたっけ? 青もお好きですよね?」

「なーに、ルーカスちゃん?」

「これは殿下、お目が高い。そちらはイグニセムから取り寄せたばかりの、今年流行の新色ですよ。シアーズ公国にこの色合いの肩掛けを持っている方はいないと保証致します」


 店の主人にセールストークをかけられる。この手の話はどこの世界でも一緒だな。

 仕立て部屋から出て来た母様は、俺の持つスカーフを見て目を輝かせた。


「まー、その色。フィル様の目の色にそっくりと思って見ていたの。フィル様と同じなら、ルーカスとも同じね」


 恋する少女の瞳で母がはにかむ。

 チッ、なんだ。父の目の色だから青が好きなだけなのか。それは青じゃなくて水色が好きなんだな。てっきり冬である風の季節のイメージカラーだから好きなのかと思っていた。


 この世界の四季には水、火、大地、風と自然の名前がついていて、それぞれ緑、赤、黄色、青のイメージカラーがある。ちょっとロマンチックだよな。俺は春の生まれだから水の季節で、色は緑ってわけだ。


「でも……お高いんでしょう?」


 母様はシュンと肩を落とした。我が国の懐具合を良く知っているからだ。もともと、自分の治療に凄くお金がかかっていると、いつも気にしている。

 今回の仕立ては外交に必要だから納得しているが、私的な物を買うのは抵抗があるようだ。


「こちらは最高級の絹が染められておりますが、小物ですのでそれほどでも。庶民向けの綿製品もありますが、妃殿下にお勧めするのは少し……」


 話しながら母には聞こえないよう、店主は俺だけにこっそりと値段を教えてくれる。こう言うのは女性には聞かせないわけね、ふむふむ。

 さすが大都市の物価は高いが、それくらいなら俺のお小遣いで買えない事もない。

 旅立ちに際してエラムから、ストーブや湯たんぽ、わら細工などの売り上げの一部を渡されている。


「えっと、せっかくなので僕が買いますね。母様、やっぱり青がいいですか? ピンクも一緒にどうです?」


 スカーフを手に振り返ると、母がその場に泣き崩れていた。

 え? え? また具合でも悪いの?と、ちょっと心配したが、そうではないらしい。

 ローズにハンカチを目に当てられて泣きじゃくる、その合間に、切れ切れに声が聞こえてくる。


「おぉ、エントール様……わたくし、ルーカスを身ごもった時にはすぐに貴女の御許に召されるのかと……それがこうして大きくなった息子に……スカーフを……スカーフを買って貰える日がくるなんて……」


 店内は感動の嵐に包まれていた。

 侍女たちは同じく母の後ろで顔を覆って泣き崩れ、ローズの目にも光るものがある。店主やお針子も思わず貰い泣きだ。俺の後ろからもグズッと鼻をすする音が聞こえた。


 ちょっとセイン、これどういうこと?

 スカーフを買っただけで、どうしてこうなるの?

 俺もスカーフを持ったまま天井を仰ぎ、涙が零れないように必死だ。


「ごめんなさい、しんみりさせて」


 母はローズからハンカチを受け取り、目に当てながら立ち上がると、透けるような微笑みを浮かべた。


「青い色にします」


 そういう辺りはブレないですね、母様。やっぱり俺も母様の子供だったって事だな。


「おお、私、妃殿下のお心に触れ、とても感動致しました。ルーカス殿下のお気に入られた桃色はサービスでおつけいたします!!」


 店主は感動しきり、胸ポケットから出したハンカチで目元を拭い拭い、宣言した。

 あー、桃色。ピンクじゃなくて桃色って言うんだ。

 色の違いって良く分からないな。


 まだスカーフを手に持ったまま、ぽつねんと立ち尽くす俺の後ろから、さらにセインが女性陣から見えないようにトントンッと靴の踵をつついてくる。


「(えっ、なに?)……えっと、綿製品もあるんですよね、ローズと侍女にも……(え、買うの僕が?)……日頃の感謝をこめて……(こんな感じでいいの?)」


 なんかちょっとセインに尋ね尋ねだったから変な言い方になってしまったが、それを聞いたローズと侍女は、一様に嬉しそうな顔になった。

 泣き笑いの顔で、お揃いですね、なんて母様と話している。


 ピンク、もとい、桃色のスカーフを肩にはおって眺めながら、ローズすらうっとりした顔になっていた。ローズも女性だったんだなと思う。


 ただスカーフを一、二枚買っただけで女性陣は全員、ご機嫌。

 たくさん品物が売れた店主もご機嫌。

 俺だって女性が楽しそうな顔をしていれば嬉しくないはずがない。


 皆、得しかしていないとか、セインは神か!?

 これからは愛の化身、セイン神と呼ばせていただこう。

 愛の女神は別にいるけどね。セインってもしかして神子(みこ)だったりしない……よね。まさかね。


 ちなみに後日談として、俺が侍女たちにスカーフを買ったくだりをユーリがカッコ書きの中も含めて真似してくれちゃったものだから、騎士団は爆笑の渦に巻き込まれたとかなんとか。

 ユリアンくん、君ね、いつも月が出ている晩ばかりだと思わない方がいいよ。



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