第14話 戦いを終えて
「ひー、ふー、みー……あー、多分、これで全部っす。しっかし三十四人ですか? 盗賊団にしちゃ多くないっすか? この辺りに根城もないようだし」
「案外、我らの噂でも聞きつけて狙っていたのかも知れんな。少人数だから勝算があると思ったのだろうよ」
崖の下で俺たちは盗賊たちの骸を集めて検証をしていた。
唯一、偵察に行っていたユーリが、死体の数を数えて頷いている。いくら面倒臭がり屋のユーリでも、こんな時に数を誤魔化したりしないだろう。
分隊長は槍の石突で盗賊をつついている。
「こいつら、特に賞金も出ていないでしょうね?」
「恐らく。もし出ていてもその国まで運べませんしな」
「じゃぁ、丸損ってこと?」
「敗者の物は勝者の物と決まっております。身ぐるみ剥いで売れば良いのです」
あ、そう。そういうところは拘らないのね。
まぁ、ウチって貧乏国だしね。貰えるもんを貰っておかないと戦なんてやってられないのだろう。
既に騎士団の面々は盗賊から金になりそうなものを剥いで馬車に乗せ始めている。
こうなると、どっちが追いはぎか分からないな。
俺は日本人の感覚で盗賊たちに手を合わせたくなったが、やめておいた。
これは彼らの選択の結果で、彼らの人生は彼らのものだ。下手に同情なんてされたくないだろう。ましてや自分たちを蹂躙していった相手に。
もし、生まれたところが違えば俺がこうなっていたのかも知れない。
俺の周囲を守る屈強な騎士たちを見回す。
「まずは初陣の勝利にお祝い申し上げます」
ワルター分隊長は俺の前で片腕を胸に置き、頭を下げた。
「僕は戦ってないですけど?」
「ハハッ、指揮官が剣を交えたら、それはもう負け戦でしょうな」
笑って肩をバシッと叩かれる。いつになくワルターはご機嫌だ。
「それに正直、痺れましたぞ。矢を射かけられてあそこまで堂々としていられる者は大人でもいない」
「僕だって内心はビビってましたよ。それに、セインの姿が見えましたしね」
「態度に出なければそれでいいのです。いやー、陛下への報告が楽しみですな! 国中に語り継がれる初陣になりますぞ! 案外、殿下には戦神がついておられるのかも知れませんな!」
地面にしゃがみ込み、膝の上に肘をついて憮然としている俺とは対照的に、ワルターは興奮さめやらない様子でブンブンッと槍を振った。
俺が何の神の加護を受けてるかって、例の話だな。
オレイン先生によると、先生はもう物心ついた時から能力は発現していたらしい。その辺りは俺と同じだな。俺のこの記憶が異能力かは別にして。
息子の異能に薄々気づいたオレイン先生の両親は故郷の神殿に相談をした。そこで神官が該当しそうな別の神殿に連絡を取り、奇跡認定されて、晴れて神子となったそうだ。
だが俺の場合は、分かりやすい能力でないので神殿側も困っているようだ。
二歳児が喋り、読み書きや計算をこなす。そんな能力が具現した神子は今までいない。
強いて言うなら、どの神だってそのくらいの能力は与えようと思えば与えられるそうだ。
誰にも話していないが、俺の頭脳の源は神から与えられた力ではない。
ただの三十歳過ぎのおっさんの記憶だ。
ただしこの世界ではない、別の世界の、だが。
本当に神様は俺に何をさせたいんだろうね。
何かさせたい事があるなら、さっさと話しかけてくれりゃいいのに。
と言うわけで俺の神子認定は宙に浮いていて、今は仮免状態だ。
あまりにも特殊な能力を持つ人は保護されることもあるようだが、基本的に神子になっても別に神殿に所属しなくてもいいらしい。
神子はそこにいるだけで神の力を具現する、いわば神の御使いだ。その心のままに生きる事が神の意向に沿うと考えられているのだ。
そうは言っても人間、欲深い生き物だから争奪合戦は物凄いらしいが。
この世界は昔の日本と同じく八百万の神がいる。それこそ地方ごとに信仰する神が違うし、場合によってはひとつの都市にいくつも神殿があったりする。けれど信徒同士が争ったりはしない。
だって、神は本当にいるからだ。
姿を現さなくなってもう久しいが、神はいる。
それに異論はない。もう一年も前になるのか。あの日、俺は城の中庭で神の声を聞いた。
それに。
遠く、黒い塊のように見えている帰らずの森を眺める。
昔、父はここで大狼神マーナガルムに出会った事があるらしい。
それは夢か幻なのか。
ガヤガヤと戦いを終えた後処理をする騎士たちの喧騒を背後に聞きながら、俺の記憶は懐かしき城の見張り台の上へと舞い戻っていた。
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俺は暇さえあれば、そこから街を眺めるのが好きだった。
城壁の上に腰を下ろし、足をブラブラさせて遥か下方の街を見下ろす。
たまに見回りの兵士に見つかって、ルーカス様危ないですよとか言われるけど気にしない。
ここに来れば何もかも忘れられた。
前世の記憶の事も、第一王子派との確執も、母様の病気のことも、将来への不安も。
色々な能力を身につけても俺の身体はまだまだ子供で、たまには気晴らしが必要だったのだ。
あれは、旅立ちが間近に迫った、ある日の夕食前。
傾きつつある夏の太陽は眩しい光を俺に投げかけていた。
「やっぱりここにいたか」
石造りの階段を上って、父が出口のところに姿を現した。
マーナガルムの国王である、父フィリベルト。燃えるような赤毛に、薄い水色の瞳。
黙っていれば精悍な顔つきに見えるが、ニヤニヤといたずらっ子のような笑みを浮かべるその顔は、とても今年で三十八歳には見えなかった。
父は近寄って来ると、城壁の一段高くなっている部分に片肘をついて、もう片方の手を俺の頭にポンと置いた。
「お前は小さい頃から、ほんとにここが好きだな。何かあるのか?」
「さぁ? なんとかと煙は高いところが好きって言いますしね」
肩を竦めてはぐらかす。まさか城の全景や街の様子が見えるので異世界情緒に浸っていたとは言いづらい。
聞いた事のない日本のことわざに、父は眉を寄せた。
「なんとかってなんだ?」
「教えません」
「こーいつめー」
ベーッと舌を出したら、両手で思いっきり髪をわしゃわしゃとかき回された。ワンパターンなんだよ、この親父。
城壁の上にいたので暴れたらバランスを崩しそうになって、おっと、と父に片腕で抱き止められる。
騎士たちと鍛錬でもしていたのかな。少し汗臭い。
ビジュアル的には親子だが、何が悲しくて三十代のおっさん同士でくっつきあわないといけないんだ。とは思うが、もうすぐ出発も近いので父の好きにさせておいた。
俺は親想いの孝行息子だからな。
「どんどん難しい言い回しは覚えるし、異国の言葉まで知っているし、とっくに俺なんか追い抜かれてるような気がするよ」
父は俺の頭の上に顎を置いてぼやいた。
「誰に似たんでしょうね?」
「まったくだ……って、お前が言うな!」
頭にチョップされた。痛い。父様、馬鹿力なんだから少しは加減して欲しい。
頭を押さえながら涙目で振り返ったら、悪い悪いと、攻撃された部分を撫でなでされた。
「っていうか、そんな事を言いに来たんじゃないんだよ。ルーカス、出立前にお前にだけは話しておいた方がいいと思って時間を作ったんだ。この塔は今、人払いをしてある。皆は出立前に親子水入らずで話をすると思っているようだが……」
そこで父は言葉を区切って、どこか遠くを眺めるような目つきをした。
城下町でも、その周囲の森でもない、遠く、遠く。
どこから話そうかと思案するように口を開く。
「この話は両妃もアルトゥールも知らない……ヒューゴにも話した事がない。ルーカス、ノレツァヴァルトを知っているか」
そんな大事な話を、なぜ父は俺に、俺だけに話すつもりになったのか。
急に心拍数が上がってドキドキしてくる。
聞きたいような、聞きたくないような。
気持ちを押し殺して、できるだけ平静に聞こえるように言葉を返す。
「サラクレートの先にある、帰らずの森ですね」
「あぁ。俺は一度、そこに迷い込んで……そして、マーナガルム神に出会ったんだ」
衝撃的な告白に息を飲んだ。
父の声がどこか遠くに聞こえる。




