表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/228

第13話 盗賊退治

 

 盗賊団が陣取っているのは、道が谷のように狭まっている近くの高台らしかった。

 どう見ても罠があります、って感じの場所だな。

 ずっと一本道なのでサラクレート側から来る商隊を見張るのにはうってつけだ。

 怖いのは上から岩を落とされたり、弓矢で狙われる事だな。


 俺たちは盗賊が位置する場所から一番近くの村を占拠していた。

 人が寄りつかないはずの帰らずの森付近だが、訳ありなのか、たまにこうしてポツポツと家が建っていたりする。

 村とも言いがたい数軒だけの集落だ。


 占拠している理由は、あまりにも近いので盗賊との関係が疑われたからだ。直接関わっていなくても、身内がいたら密告するかも知れないしな。

 助けに来たはずの村人が黒幕でした、なんて一番笑えない展開だ。


「どうでした、ユーリ?」


 村人に扮装したユーリが帰って来たので尋ねると、彼は緩慢な動作で小汚いマントのフードをパサリと外した。


「上に上がる道がないわけじゃなさそうですが、ありゃーちょっと無理じゃないですかね。ほぼ垂直ですよ、垂直」


 ユーリは崖の様子を示すように掌をまっすぐに立てて報告する。

 茶髪で目立ちづらいユーリには村人を一人連れて偵察に行って貰っていた。

 逞しい身体をこうしてマントに隠すと、ぱっと見はそこらの旅人に見えなくもない。


「正直に報告しなさい。ウチの城の裏の崖より急なんですか?」

「あ、いや~、それは……」

「高さもないし、馬で降りるのは問題なし、と」


 俺がメモしながら呟くのを聞いて、ユーリは口を尖らせた。


「酷い! 殿下の言葉、聞きました!? 俺だってちゃんと偵察して来たのに!」


 アレク相手に騒いでいるが相手にしない。ユーリはちょっと騎士にはあるまじき不真面目さなのだ。まともに取り合っていたらいつまで経っても出陣できやしない。


 母様たちには領主にお呼ばれしたので数日くらい帰って来ないかも、と伝えている。

 オレイン先生にだけは、それとなくほのめかして薬を分けて貰った。

 これも神の加護なのか、俺や助手の人たちが作るより先生の作った薬の方が効きがいいんだよな。


 ただでさえ少ない兵力を分散したくなかったので、この数日だけは民間の護衛を雇った。まぁ、宿に泊まっているだけだ。事件が起きたりはしないだろう。

 騎士団を全員連れて行く理由は、先方が合同演習をしたがっているからと誤魔化しておいたが、ちょっと苦しかっただろうか。

 母様は分かっているのか、いないのか。


「演習がんばって~」


 と、いつもの笑顔で手を振りながら送り出してくれた。

 今頃は街の仕立て屋が宿を訪れて、ローズや侍女たちと採寸をしている頃だろう。


「この辺りはマーナガルムとは随分、流行が違うようです。おじいさまにお会いする前に新しい洋服を作ってはいかがですか?」


 と、言ってみたのだ。母様は飛び跳ねんばかりに大喜びだった。


「フィル様はそういうところには、まったく気が回らないのよ。ルークは誰に似たのかしらね?」


 ごめんなさい、母様。セインの入れ知恵です。息子も間違いなく気は回りません。

 特急料金で頼んだので割高になってしまったが、あれだけ喜んで貰えるなら言って良かった。

 流行遅れの服で母様に恥をかかすわけにもいかないしな。


 それはさておき。

 オーソドックスな盗賊にはオーソドックスな奇襲で。

 別動隊に崖の上から強襲させれば挟み撃ちになったと慌てて、岩などを使う余裕もなくなるだろう。


「馬で駆け抜ければいいだけではないですかな。意外と矢など当たらないものですぞ」

「矢と違って岩なんて避ける間もなくぺちゃんこになるでしょ! それに地の利は向こうにあるんですからね! 人数も上、坂の上も奴らが取っているんだから、一人当たり三人じゃなくて六人換算にしなさい!」


 腰に手を当ててプリプリと叱っておく。


 どうも彼らは奇襲を卑怯と思っているようで、正々堂々と正面から、とか訳の分からない事を言っている。闇討ちは話し合う隙もなく却下された。

 ヒューゴ先生の話と全然違うぞ。同じ国の中でどうなってんだ。

 強く言わないと俺の意見にも従わないし、エラムのぼやきが聞こえてくるようだ。頭を抱えたくなってくる。


 別動隊にはセインと三馬鹿の四人。セインの白馬は目立つからな。ちょうどいい。

 人数が少ないので坂の上で乱戦になった時に備えて彼らには秘策を授けた。


 四人が抜けてもこちらは俺や馬丁を除いて十一人。

 俺の護衛は結局、馬丁のサミュエルがやってくれる事になった。マーナガルムの戦う馬丁さんを舐めるなよ。いざとなったら彼らも戦力の内だ。

 サムに手を引いて貰って、よいしょっ、と高い位置にある御者台に上がり込む。


「サム、今日はよろしくお願いしますね」

「それは構わないんですが、殿下は村で待ってらした方がいいんじゃねぇんですか? せめて馬車の中とか……」

「それは散々話し合ったでしょう。僕は安全なところから見ているだけの人間にはなりたくありません」


 それだけは俺の義務だ。

 騎士団は今日、盗賊を殺す。

 彼らのする事と、殺される人を見届けるのは俺の義務なんじゃないかと思うのだ。

 それに、後方で心配しながら報告を待つだけなんて真っ平ごめんだ。隠れていて状況の変化についていけないのも避けたい。


「頼りにしてますよっ!」


 バシッとサムの肩を叩くと、彼は照れ臭そうに相好を崩した。


 こちらの隊列は行商人を装った幌馬車が二台。

 ほとんど何も積んでいないので速度は出る。

 サムと俺は帯剣し、御者台の後ろに大きな盾と、槍も数本積んである。

 乱戦になった場合、弓はあまり役に立たないので置いてきた。それに俺の腕前では味方に当てかねない。

 騎士団は深いマントで身体を覆い、鎧を隠している。その背には長い槍。


 どうか。馬車に対して護衛の数が多いとか不審に思われませんように。護衛がごつすぎるとか、馬が立派過ぎるとか。どうか、どうか。祈るように道を進む。

 ドッドッドッと心拍数が早い。

 視野が狭くなっているのを感じる。

 何度も大きく息をついては、いつの間にか握っていた拳をほどいた。


 心配した事は何も起こらず、事態は順調に進んでいるようだ。崖の上から鏡を使った反射でキラリと合図が届く。

 ユーリは出発直前まで文句タラタラだった。今も坂の上でぼやいているんだろうな。セインとアレクはやたらやる気満々だったが。

 そんな事を考えると、ふっと口元に笑みが浮かんだ。

 分隊長と目を合わせて頷き合う。

 俺はマントのフードを下ろして御者台に立ち上がった。


「全軍、突撃!」


 振り下ろす腕とほぼ同時に、一斉に十一騎の人馬が駆け出す。

 あっと言う間に全速力になり、彼らの姿は土埃の向こうに消えた。


「僕たちも急ぎますよ!」


 言われるまでもなく、俺が再び腰を下ろすとサムは即座に馬へ鞭を打った。

 スプリングもない全力の馬車から振り落とされないよう、足を突っ張り、両腕で手すりを握る。奥歯を噛みしめていないと舌を噛みそうだ。


 突然、駆け出した騎士たちに気づいて、坂の上では騒ぎが起こっていた。

 下を指さして騒ぐ者。弓を用意する者。背後に気を配っている奴は一人もいない。

 前後左右に揺れる視界の端で、盗賊たちの頭上に土煙が見えた。

 ナイスタイミング。


「て、敵襲ー! 敵襲だ!」


 盗賊たちの中には慌てて上を指さす者もいるが、前の奴らとの連携が上手く行っていない。

 四人はそのまま盗賊たちの後ろに飛び降り、数人を蹴散らしたようだった。

 崖に近づくにつれ、上の様子が見えなくなってきてもどかしい。


 後ろからの敵襲を四人とは思わなかったのだろう。

 馬を持っている盗賊が数人、騎乗し、半ばやけくそで騎士たちに向かって坂を駆け下り始めた。混乱の中、半数ほどが徒歩で追従する。


 最初に数名、屠ったとして、坂の上に残ったのは十人ほどか。

 セインたちの敵じゃないな。


 途中、弓を打ってくる奴もいたが、慌てているのか狙いが定まっていない。

 分隊長の言った通りだ。当たらないもんなんだな。

 怖いのは坂の上に辿り着く前に一斉射撃をされる事だったのだが、敵味方混戦になった今、その可能性も消えた。


 先頭集団が騎士団と激突する。

 騎士団はワルター分隊長を先頭にした偃月(えんげつ)の陣。V字を逆さまにした形で、おのおの分隊長の後ろにつき従っている。


 坂を駆け下りて来た盗賊はその勢いのままに重い一撃を放ってくるが、騎士たちに槍で軽くあしらわれた。武器を取り落とした者もいるくらいだ。

 勢い止まらず更に下ってしまって、後方で数人、槍の餌食になっている。

 徒歩の者たちは剣や弓で必死に応戦しようとするが、あまり地の利を生かせていない。指揮官もいないようだ。


 ゲッ、ワルターさん、今、飛んでくる矢を槍で切り捨てたぞ……あんな事できるんだ。

 やれやれと俺は、少し速度が緩やかになった御者台の上で力を抜いた。


「なんだか僕たちが行く必要なさそうですね」

「はは……」


 サムも安堵したように息をつく。とは言え、戦いはまだ続いていた。

 ボンッと坂の上で突然に火の手が上がる。

 お、あいつら。あれを使ったんだな。


「うわぁぁぁああ……!」


 まだ上に残っていた盗賊たちが数人、半狂乱で飛び降りて来る。


「か、神の怒りだ……!

「あいつら、何もないところから炎を……!」


 なんて口々に叫んでいるが、別に魔法ではない。この世界に魔法はない。ただ単に瓶に油を詰めただけの火炎瓶だ。

 たった四人なので万一を思って持たせたのだが、あのくらいの人数に手こずるはずがないから、ただ単に使ってみたかっただけかな。ユーリ辺りが使った気がする。

 油が少ないのですぐに炎は収まって、四人が姿を現す。


「分隊長殿!」


 ワルターが頷くと、三人が垂れ下がっている布に火をつけて、逃げ惑う盗賊たちの後方に瓶を放り投げた。

 瞬時に割れた瓶から油が広がり、一瞬、青白さが混じる赤い炎が空気を焦がす。

 ワルターたち騎士団にも話していたのだが、実際に見るのは想像と違ったようだ。誰もが驚きに目を見開いていた。


 四人も馬で駆け下りて来て隊列に加わる。こうなると後は一方的な作業だった。

 盗賊たちは自分だけでも生き延びようと散り散りに逃走し始める。


「後を追え! 一人も逃すな!」


 俺は御者台に立ち上がって、大声で叫んだ。

 逃がせば、こいつらはまた寄り集まってそこから増殖する。困るのは近隣の住人と旅人だ。

 それに復讐とかでつけ狙われたら堪らない。

 ここは冬前には父様が通り、そして数年後には俺もまた同じ道を逆に国に帰るんだ!

 騎士たちは頷きを返し、数人に分かれて盗賊を追おうとしていた。


「ルーカス様っ!!」


 そこにセインの張り上げる声が聞こえた。

 視線を向けると、どうせ敵わないので冥土の置き土産と思ったのか、俺に向かって弓を引き絞っている男がいた。

 キリキリと限界まで引かれた弓弦の真ん中で矢が揺れる。

 背後にセインが迫っているのが見えた。

 大丈夫。

 俺は、こいつらを信じている。


「殲滅せよ!」


 腕を横に振って、咆哮する。

 セインが馬上から槍を振るうのと、男の手から矢が放たれたのはほとんど同時だった。

 だが、矢は狙いをわずかに逸らし、俺の顔の横をすり抜けて御者台の後ろに突き刺さった


 うおー、あぶねっ。

 今、めっちゃギリギリだったんすけど。

 矢から来る風圧を顔に感じたぞ!

 人間、驚き過ぎると無表情になるって本当だな。


 微動だにしない俺を見やって、ワルター分隊長は盛大な笑みを浮かべた。右手に高く槍を掲げる。


「ルーカス殿下、お見事!」


 あ、これ、絶対、誤解されてるやつだ。

 と思ったが何も言う隙もなく、騎士たちはただちに残りの盗賊を追って駆け出した。

 後に残された俺たちは無言。

 屍累々の盗賊たちが、そこかしこでうめき声を上げている。


 俺、息するもの忘れてたわ。

 プハーッと息を吐き出して、大きく吸う。

 今更、急にドキドキしてきた。

 ドサリと御者台に舞い戻ると、身体から力が抜けた。

 ハハ、なんだこれ。手足が震えてくる。情けない。


「ルーカス様……」

「騎士団には内緒ですよ」


 心配げに声をかけてくるサムに大丈夫と笑いかけて、俺は震える人差し指を唇に当てた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ