第12話 騎士と言う名の狂犬たち
サラクレートからシアーズ公国方面に抜けるには、ひとつの難所がある。
ノレツァヴァルト……帰らずの森と呼ばれるその深い森は、姿を見せなくなった神々が今もひっそりと住んでいると謳われる伝承の地だ。
一歩、足を踏み入れれば方位を狂わされ、広い森の中を彷徨って抜け出せないと言われている。
日本で言うところの富士山の樹海みたいなもんかな。
まぁ、そんな場所だから中を通り抜けるわけじゃない。迂回して、付近をちょっと通るだけだ。
なぜここが難所と呼ばれているかと言うと、付近に街らしい街がひとつもないからだ。
豊かな森の側だが、百キロ以上も無人の地が続く。
なんでも街を作ろうとすると獣に襲われたり、土砂崩れが起きたりと不吉な事故が続くそうだ。
今では神の怒りに触れるとばかりに近くに住む人もいなくなってしまったとか。
まぁ、この世界の人たちは迷信深いからな。ひとつひとつはただの偶然でも、事故や事件が続くと、すぐに神の祟りとか言い出すからな。
たまに各地を行き交う行商人が通る以外はうら寂しい場所のようだ。
そんな場所だから道も舗装されておらず、かなりの悪路が予想された。
普通の商隊や旅人ならともかく、俺たちにとっては一番の難所だ。数晩は野宿しないといけないだろう。
野営の準備や母様の体調を整えるために、帰らずの森に一番近いクロフターと言う街で、しばらく滞在する予定になっていた。
しかしなぜか先遣隊が先に向かわず、その街で俺たちを待ち構えていた。
厳しい顔をしている事から、いいニュースではないのはありありと分かる。
「どうやら向かうはずだった道の近くが盗賊団に占拠されているようです」
先遣隊からの報告に、俺は眉を寄せた。
盗賊団。
異世界ものでは良くある話だな。この世界でも人里を離れると普通にいるみたいだ。
それに俺の家でもあるウォルフスフェステ城は高祖父が盗賊を退治して手に入れたものだ。
今までは主要な都市間の大通りを辿って来たので出会わなかったが、こんな時にわざわざ進行方向にいなくてもいいんじゃないのか?
不機嫌に机を指でトントンと突く。
騎士団の面々は分かりやす過ぎるほど活気に満ちてくれちゃってる。今まで護衛が必要な状況にならなかったからだろう。
そんな事件なんて、そうそう起こって貰っちゃ困るんだが。
「人数はいかほどだ?」
「三十名程度だろう」
「となると、一人で三人か」
「盗賊ごとき、その程度ならものの数でもない」
「あぁ、我々も参加する」
ワルター分隊長は先遣隊の隊長さんと頷きあった。真剣な顔をしているように見えて、口元の端がわずかにニヤッと上がっている。
「ちょっとちょっと、なに勝手に戦う話になってんですか」
俺が机を叩いて注意を引くと、全員の視線が突き刺さった。
はいはい、お前たちにはご褒美なわけね。
お預けを食らった犬みたいに不満そうな顔をしない!
「まさか、迂回するとは言わないでしょうな?」
分隊長がうずうずと剣にかけた指を動かした。
俺はこめかみに指を当てて、この付近の地図を思い出していた。
迂回はできなくもない。ただ、また別の国を通るわけだから、許可を取るのに時間がかかるだろう。
舗装された道を通れるメリットはあるが、冬前にシアーズに辿り着くのは難しくなる可能性がある。
どこの国にも属していないこの道が、一番のショートカットなのは間違いなかった。
しかしなぁ。
他国で勝手に戦うってどうなのよ。
「近くの街の領主は討伐隊を出さないんですか?」
「なにせ、どこの国でもない土地ですからな。軍隊など出して近隣諸国といざこざを起こしたくないのでしょう。被害を受けるのは旅人くらいですし。討伐するメリットも薄い」
先遣隊のリーダーが喜々として教えてくれる。その辺はリサーチ済みなのね。
「他国で盗賊退治しても問題ないんですか?」
「どうして問題など? むしろ喜ばれるだけでしょう」
なんかこいつらの態度を見てたら、難しく考えてる俺の方が馬鹿らしい気がしてきたよ。
最後に駄目元でワルターにも聞いてみる。
「ほんとに十数人で、三十人以上を相手取れると?」
「盗賊など、その辺の若造に毛が生えたようなものですぞ。遅れをとるはずがありませんな」
「腕が立つ人もいるかも知れないでしょう」
「もしそうなら、そいつはすでに領主に雇われていますよ」
何を言っても即座に答えが返ってくる。打てば響くとはこの事だ。普段は頭が回らない癖に、なぜこんな時だけ悪知恵が働くのか。
そりゃあ、戦えば勝てそうと言うのは分かる。人数の差があるとは言え、あちらは素人、こちらは職業軍人だ。対人に特化した戦闘狂集団と言ってもいい。
だが、誰かが傷ついたり、ましてや万が一にも当たり所が悪くて死んだりするのは俺には我慢ならない。
勝てばいいと言うわけではないのだ。
俺には彼らを無事に国に連れて帰る義務がある。
それに何より、盗賊とは言え人を殺す事に躊躇があった。
群雄割拠の時代に生まれた王子にしては、俺は随分、大切に育てられている。人の死なんて見た事がないのだ。
椅子の背もたれに身体を預けて目を瞑る。
日本人だと言う感覚は捨てるべきだ。
この世界では盗賊はよくて縛り首。どんな下っ端でも恩情はない。
俺たちが討伐すれば、その分、被害者が減る。
どうせ、いつかは通る道だ。この世界に生きている以上、戦いは避けて通れない。
よし。
行ける……はず。
俺はフーッと大きく息を吐き出した。意を決して目を開ける。
「そこまで自信があるなら、誰も傷つく事は許しませんよ。それから作戦は僕が立案します。指示にはちゃんと従うように」
俺の言葉を聞いた途端、まだ勝ったわけでもないのに、うぉーっ!と雄たけびを上げて騎士たちは拳を突き上げた。
う。
こいつらの背後に大きく振られる尻尾が見える気がする。
お前らなんて狼じゃない、駄犬だ、駄犬!
数人ごとに固まって、ザワザワと興奮醒めやらない様子で話しあう彼らを、パンパンと手を叩いて注目させる。
「それから、もちろん僕も行きます」
あ、その顔、傷ついたな。
驚きに静まった後、誰もが護衛として選ばれたくないのか、サッと目を逸らす。
分隊長が困ったように俺を宥めようと言葉を絞り出した。
「ですが……殿下は、妃殿下とこちらでお待ちになられた方がよろしいのでは?」
(誰が首輪もつけず狂犬を解き放つかよ)
「え?」
ボソッと口の中で呟いたぼやきは、幸い、誰にも聞こえなかったようだ。
それについさっき、指示には従えと言ったはずだぞ。
ピクピクとこめかみの青筋が動くような気がする。
椅子にふんぞり返り、足を組んだ状態で俺は盛大な笑みを浮かべた。
「命令尊守」
その言葉を聞いた途端、不承不承なのか渋々なのか、彼らは俺の前に片膝をついて首を垂れた。




