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第9話 旅の日々

 

 今日もゆっくりと馬車は進む。

 数日進むごとに数日の休憩を街で取る。休み休みの旅だ。

 朝が早くなった俺は当初、馬に乗る事が少なくなり、母様の隣でうつらうつらする日々が続いた。


「ルーカスちゃん、眠いならお母様の隣でお昼寝しましょう?」


 ベッドの空いた場所をポンポンっと叩いて母が俺を呼ぶが、ブンブンッと首を振る。目の前のローズがギラリと目を光らせていた。

 そんなことできるわけがないですよ!


 この世界では六歳ともなると、どの子供も親離れして当然と思われている。

 前世の感覚でおおまかに分けると、生まれてから四歳までが未就学児、五歳~九歳が小学生、十歳~十四歳が中高校生くらいに相当する。そして十五歳で成人だ。

 身体つきも日本人より断然大きい。


 五歳まではまだ甘える事も許されるが、それ以降は半人前と見なされて様々な仕事を覚えさせられる。

 そんな年齢の俺が母様と一緒に寝られるわけがないだろう。


 ましてや、一人が横になるのがやっとの馬車のベッドの上。

 二人で寝るためにはいくら俺が小さいと言っても、ぎゅうぎゅうにくっつきあうしかない。

 実母とは言え、こんな美少女風の女性との同衾に俺の精神が持つわけがない。

 それ、なんてエロゲだよ。


 母様からの誘惑を躱すために窓枠に肘をついて外を眺める。

 のどかな風景だ。延々と緑が続く。夏なので森も緑、牧場も緑、農村も緑。どこも代わり映えしなくてまたもや眠たくなってくる。


 地球ではもう、かなり田舎に行かないと見られない光景だ。

 空気がおいしいというか、濃い。

 俺はふわーぁとあくびをかみ殺した。


 たまに街につくと、母様の名代として俺が領主にお呼ばれする事もあった。

 噂には聞いていても、着せられた感のある礼服で現れる俺があんまりにも小さく見えるからだろう、必ずと言っていいほど侮ってくれてやりやすかった。


 可愛らしい子供を装ってニコニコと話を聞くのは得意だ。

 キラキラした目で見上げると、それだけで大人たちは気分を良くしてある事ない事をペラペラと喋ってくれる。

 俺? 俺が情報を漏らすわけないだろ。


「すみません。僕、そこまで知らなくて……」


 なんて、シュンと肩を落とせば、大抵、向こうから謝ってくれる。


「いやー、ルーカス殿下は噂通り、利発でいらっしゃいますな」


 そんなお世辞を言いながら、内心では卑しい田舎の国でちょっとばかり頭のいい子供、と言う評価に落ち着いているのがありありと分かる。

 それくらいがちょうどいい。


 外交は文官の戦。

 視線、指先の動き、微笑み方。細部まで気を抜かず、無邪気な子供を装う。

 誰に仕込まれたと思ってんだ。俺の師は、お前らの呼ぶところの狼国の妖怪だぞ。

 そんな奴に二歳から六歳まで四年間も毎日、教えを受けてたんだ。ちょっと見くびり過ぎじゃないですかね。


 どの国もあまりにも手ごたえがなさ過ぎて、あくびが出る。

 まぁ、この辺りはマーナガルムと国境を接しているわけじゃないから、戦場で直接まみえたこともなく、父やエラムの勇名も実感に乏しいのだろう。


 俺の猫被りっぷりを見て、最初の頃は同行したアレクが気持ち悪がって俺から距離を取ったりしていた。

 本当に失礼な子だな、アレクは!


 蛇行しながら超えた国は四つ。

 そろそろ行程も半ばにさしかかるが、ここから先に難所が待っている。

 はずなのだが、なぜか通行の許可が下りない関所の前で、俺たちは足止めを食らって困っていた。


 宿の椅子をギシギシと揺らして暇に耐える。

 分隊長が帰って来るまでは本を読んでいたが馬車に持ち込めたものは少なく、もう何度も読んでしまったそれは手垢でふにゃふにゃによれていた。


「で、面会はできたんですか?」

「それが、噂に名高い金糸の姫と神童がそちらから訪ねて来い、の一点張りでしてな」

「母様を行かせたりはしませんよ!」


 思わず逆上する俺を分隊長のワルターが、まぁまぁと両手で制す。

 最近では、騎士団は何か話があると母様やローズを通さず、直接、俺に伝えにくるようになっていた。命令系統が統一されていいことだ。


「俺も国の代表でなければ、その場で切り捨てたくはありましたがな!」


 ハッハッハッと声を上げる、ワルターのその目は笑っていなかった。冗談は言っていないって事ですね。

 人間、怒っている人が目の前にいると怒りが静まるって本当だな。

 少し気持ちを落ち着かせて、眉を寄せて思案する。


「何が目的なんでしょうね。両国の王の直筆が連名で入った通行証ですよ? さっさと通してくれるだけでいいんじゃないですか?」

「美姫と噂に名高い妃殿下を一目見てみたいと言う好奇心もあるようですが……目的は金でしょうな」

「か、金ぇ?」


 思ってもみなかった言葉に、椅子から腰を浮かせる。

 行商人や旅人ならいざ知らず、他国の使節団に賄賂を要求する人なんているの。俺の父の噂を知らないのかな。命知らずだな。


「通行証を精査するのに時間がかかる。早める方法もあるが、と、あからさまに言われましたぞ!」


 不機嫌そうに分隊長は腰の剣をカタカタと鳴らしている。うん。怖いから。ちょっと落ち着こうね。


「そうかー、そういう人なんですね」


 この街の関所を預かる領主を、他国のことながら心配してしまう。

 人間、綺麗ごとだけで街を治めていけないのは分かる。堕落するのも圧政までいっていなければ個人の自由だろう。


 だが、上からの命令に従えない奴は駄目だ。

 優先順位を分かっていない。

 どうせ、女子供や田舎者集団と侮られているんだろう。


 母の体調を思えば、ここでもう数日、ゆっくりしたっていいのだ。

 でもなぁ。宿も泊まれば金がかかる。貧乏国の俺たちからすれば、旅の資金も国民が苦心して納めた税金から出ている大事なお金だ。


 それに、途中で何が起こるか分からないから、距離を稼いでおきたい気持ちもあった。

 涼しくなる前にはシアーズ公国に辿り着きたいものだ。

 このまま宿に泊まり続けて、あげくにやはり賄賂も、なんてなった日には目も当てられない。

 ここらで思い切って損切りしとくか。


「じゃぁ、呼ばれてるんだから僕だけでも行ってきましょうかね」


 重い腰を上げて椅子から立ち上がる。

 騎士団の面々は、俺が解決してくれるのだろうと思って目を輝かせた。


「ルーカス殿下、何かいい手立てが?」

「いや、お金を払えば通してくれるって言ってるんでしょう? 払えばいいんじゃないですか?」


 言った途端、大ブーイングが起こる。


「俺は反対です!」

「あのような恥知らずに屈するとは!」

「舐められっぱなしでいいんですか!」


 分隊長なんて舌打ちをしている。

 本当に血の気の多い奴らだな。作戦を立案しても文句ばかりで従わないと、エラムがぼやいていたのが少し分かる。


 ちょっと一般とはかけ離れているが、こいつらにはこいつらなりの騎士道があって、それに反することは頑として受けつけないのだ。

 頭が固い。


 こういう時、この雰囲気に飲み込まれてはいけない。

 彼らは強い者にしか従わないのだ。

 意見を取り入れたとしても、それをありがたがるどころか部下におもねる軟弱者と思われるだけだ。

 扱いづらい奴らだよ!

 側にあったテーブルをバンと打ちつける。


「金を払っても僕は先に進む。これは決定事項だ。これ以上、文句のある奴は?」


 眉間に力を込めて、一人ひとりをジロッと睨みつける。

 不承不承、分隊長だけが俺の前に頭を下げた。


「ルーカス殿下のお心のままに」


 他の奴らも不満はありそうだが、グッと飲み込んで口には出さなかった。

 ハーッと溜め息をつきたくなるが踏みとどまる。

 せっかく縮んだと思った騎士たちとの距離が、また開くのを感じた。

 領主に謁見を求め、支度を終えた俺に半数がつき従っているが、言葉少なくよそよそしい。


 なんだか前世で女性同僚に避けられていた事を思い出して悲しくなる。

 声をかけられるのは業務で必要最低限。それ以外は、おはようございますと、お疲れさまでしたしか聞いたことがない。伝言なんて直接伝えてくれればいいのに、机の上にメモが残されていた事もあった。

 やめよう。泣けてくる。

 俺はキッと前だけを見据えて、騎士団の連中の先頭を切って、ズカズカと領主の館への道を無言で歩き続けた。



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