第7話 和解
分隊長が去った後、辺りはしばらく沈黙に包まれた。
山を下りた今は夏。燦々と降り注いでいる太陽の光がジリジリと肌を焼く。
まだまだ北方と言ってもいい土地なので、そんなに暑さは厳しくないはずなのだが、山育ちの俺には結構きつい。
これから季節は秋に向かうので、南国である彼の地に到着する頃には涼しくなっているだろう。それだけが救いだ。
これに加えて騎士団の奴らは鎧を着ていると言うのに、暑くないんだろうか。セインなんかは、いつも爽やかな表情を保っているわけだが。
チラリと後方に目を向けると視線が合った。
手綱を引いて愛馬ルナの足を緩めると、横に並ぶ。
「僕に稽古をつけてくれるって話、セインが考えたんでしょう?」
尋ねると、セインは肯定とも否定とも取れる曖昧な感じでわずかに顔を傾げた。
今までの俺だったら、はぐらかされたと憤慨していただろう。
だけど考えろ。考えるんだ。
こいつは恰好つけたがり屋だから。秘かに計画していた事を本人に知られるなんて気まずいに決まっている。
もしかして分隊長から俺にバラされたのを恥ずかしく思ってる? まさかね。
「なんでアレクセイに来させて、自分で言わなかったんですか?」
重ねて尋ねるとセインは小さく溜め息をついた。バレバレなのに隠していても仕方ないと思ったんだろう。
渋々と口を開く。
「殿下は私の側では、なぜかいつも緊張されているようでしたから。アレクは単純なところはあるが気のいい奴です。親しくなればきっと殿下のお心を和ませてくれるでしょう」
うっ。それは、凄く身に覚えがあるぞ。
セインのせいじゃない。せいじゃないって言うか、セインにはどうしようもできないと言うか。
完全に俺側の問題だ。
「すみません。僕、イケメンアレルギーなんです」
「イ、イケメ……?」
聞いた事もない言葉に戸惑って、セインが眉を寄せる。
「あれですね、顔のいい人を見ると殴りたくなるって言う病気です。ハンサムは僕の敵です。美男子とか許せないんです」
つらつらと並べ立てる俺に、セインは分かったような分かっていないような微妙な表情を浮かべた。
オレイン先生に、本当にそんな病気が?と言いたげな視線を向けるが、もちろん先生は首を横に振る。
今まで面と向かって顔にケチをつけられた事なんてないんだろう。セインは困った様子で自分の頬を擦っている。
「それは……生まれ持ったものは変えられないのですが」
「それですよ! そう言うところが気に食わないんです! どうせモテるんでしょう!」
俺はビシィッとセインに指を突きつけた。
顔がいい事を自分で認めるんじゃない!
美しさなんて主観的なもの。時代や国が変われば価値観も変わる。きっと、お前がイケメンじゃない世界だってあるはずなんだからな!
世の中のモテない男を代表して、どんどん言ってやる!
「僕なんて! 城には同年代の女の子なんていないし! 若い侍女からは完全に子供扱いだし! なんなんですか、王子なんて美人の婚約者の一人や二人、いてもいいもんなんじゃないんですか!?」
日頃の恨みをここぞとばかりに吐き出す。
せっかく異世界に転生して気に食わない事は幾つかあるが、最たるものがこれだ。
なんで俺の周りには美少女キャラがいないんだ?
妙齢の女性か、男ばっかりだよ!
もー、じぃさんとか、おっさんとか、イケメンはいいんだよ!
女の子を出してくれ、女の子を!
俺の魂の叫びをセインとオレイン先生は口も挟めず聞いていた。二人とも目が点になっている。
「で、殿下は何か悪いものでも口になさったのか……?」
「いえ、お加減は特に悪くなさそうですが~……」
そこ! コソコソ話さない!
囁きあっている二人を横目でジロリと睨みつける。
って言うか、可哀想な子供を見る目で俺を見てくるのはやめろ!
「そんなわけで、これは僕の勝手な妬み嫉みなんですよ。セインが気にする必要はないですね」
思わずエキサイトしてしまったな。
ふぅ、と息を吐き出す。
セインはと言うと、俺の性格が斜め上過ぎて理解するのに手間取っている感じだ。生真面目な性格らしく、顎に手を当ててじっくりと考えている。
それでも最終的にセインは微笑んだ。
「女性の好感度を上げるのは何も顔だけではありませんよ」
「いーえ、人は見かけが百パーセントなんですってよ」
「こう見えて私も努力しているのです」
ケッ。イケメンは顔の良さにあぐらをかいて努力なんてしなきゃいいのに。あからさまにセインはマメそうだ。
そんな風に話していたら、いつの間にか次の宿場町が遠くに見えてきた。
夏の太陽はゆっくりと西へ傾き、異国の街の屋根に光を反射させている。眩しさに目を細めて横を向く。
するとセインもオレイン先生も表情を緩めて俺を見返してくれた。
ふふっと俺の顔も自然に笑いが浮かんでくる。
騎士団との旅も、これからは楽しくなってきそうだ。
ところで夕食の後、アレクに向かって、
「僕も皆さんと同じようにアレクって呼んでもいいですか?」
と聞いてみたのだが、彼はギリギリと奥歯を噛みしめながらこう言い放ったのだった。
「貴方がそう呼びたいなら、俺には拒否権などない!」
アレクってあれかな、ツンデレなのかな。




