表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/228

第38話 旅立ちの日

 

 夏の青空に彩られたウォルフスフェステ、我が城を見上げる。

 石が積まれただけの四角四面の、何の面白みもない城だ。


 前面に窓はなく、装飾もほとんどない。

 城壁は高く、城門は堅牢な三重作り。

 谷かと見紛うほどの深い掘が穿たれ、実際にそこに水も流れている。

 申し訳程度にかけられた跳ね上げ式の橋を通り過ぎれば、急な斜面が城下町へと続く。


 この世界に生を受けて六年間を過ごした場所を、今日、旅立つ。


 城門内の広場には大勢の人が詰めかけていた。

 彼らは口々に俺たちに声をかけてくれた。


「ルーカス様、お元気で!」

「どうかお気をつけて!」

「うん、ありがとう! 皆も元気でね!」


 ありきたりだけど心のこもった声、それぞれに感謝を返す。

 それ以外にも騎士や侍女の家族らしき人たちも訪れている。

 彼らも挨拶を交わし、別れを惜しんでいた。


 ケルビンは旦那さんに手を引かれてぐずってはいたが、ローズにきつく諭されたのか、はたまた泣き疲れただけなのか大騒ぎはしていなかった。


 人々に囲まれた喧騒の中、アルトゥールが俺の前に進み出る。


「なんて言ったらいいか分からないけど……またすぐに会えるよね」


 涙声で差し出された両手に、がっしりと手を握られる。

 俺も強くその手を握り返した。


「できれば兄上の成人の儀式までには帰って来たいんですが、難しいかも知れないですね」

「それって四年しかないんだけど」

「そうなんですよ。あの、もし無理だったら式典の様子を絵描きに模写させてくれませんか。できればこう、絵巻物みたいにシーンごとに」

「本当にルーカスはブレないね!」


 眉を寄せて苦笑した後、泣き笑いの顔でアルトゥールはくしゃりと盛大な笑みを見せてくれた。

 その隣に立つ、ツツェーリア妃が珍しく俺に声をかけてくる。


「マーナガルムの王家に連なる者として、恥ずかしくない振る舞いをするのですよ。くれぐれも身体には気をつけて」


 夏だと言うのに長袖の、真っ白なローブを纏ったツツェーリア妃は、そこだけ周囲の人からくっきりと浮き上がって見えた。

 丁重に頭を下げてお礼を言う。


「お気遣い有難うございます」

「良いのです。そなたが作ってくれた暖房とやらで、この冬は楽に過ごせました。腹違いとは言え、そなたはアルトゥールの弟。もう少し早く話をしていれば良かったですね。感謝しますよ」


 おお。やっぱり、あんまり悪い人じゃないのかな?

 アルトゥールがこんなに素直に育っているくらいだからな。

 王族はかくあるべき、という考えに凝り固まっているだけで、内心はしっかりした女性なんだろう。


 暴走しがちな父様の手綱も上手く取れているみたいだし。

 そう、やっぱり父様にはツツェーリア妃みたいな人と、母様みたいな人と両方必要なんだろう。

 あまり交流のない正妃とは何を話していいか分からず、そそくさとお辞儀をして離れる。


 エラムは……正直、煩いと思っていたケルビンよりエラムの方が騒々しかった。

 しわくちゃの手で俺の両手を握りしめて悔し涙を流していたかと思うと、


「やはり儂が! 儂が行かねば誰がこの方の指導をするのだー!!」


などと広場中に響き渡る声で叫んで馬車に乗り込もうとして、兵士たちに慌てて引き剥がされていた。

 なんか、ローズに言われた時に比べてぜんぜん嬉しくない。


「我が師よ、少しは師らしく弟子の旅路を見守って下さい」

「おぉ、殿下、なんと酷な言われよう。儂はマーナガルム神に誓ったのですぞ! 命続く限り、貴方に御仕えすると!」


 絶対、俺が帰ってくるまで貴方は生きてますよ。

 とも言えず、落ち着かせるためにウィンクをして、顔を近づけてその耳に囁く。


「師よ、帰りには各国の最新情報を収集して報告致しますよ」

「仕方ないですな。そのくらいで騙されて差し上げるとしましょうか」


 どこまでが演技で、どこまで本気だったのか。まったく、食えないじーさんだよ。


 ヒューゴ先生は人垣の向こうから軽く片手を上げるのみ。

 出会いと別れを繰り返す傭兵には、数年の別れなど日常茶飯事なのだろう。


「父様、行ってきますね」


 父は俺を強く抱きしめると、小さい頃に良くしたように両腕で高々と抱え上げた。


「あぁ、行ってこい、我が息子よ!」


 昨日の夜、家族三人で過ごした。

 別れに湿っぽさなんて不要だ。

 俺は元気よく馬車に乗り込んだ。


 先に乗車してクッションに囲まれたベッドの上に身を起こしていた母は、俺と父を見て微笑んだ。


「父様、早く来て下さいね! 待ってますよ!」

「あぁ、任せておけ。超速で仕事を片づけて出発してやるよ!」


 父は腕を掲げると、二の腕の握りこぶをバンバンと叩いて見せた。

 召使いが馬車のはしごを外して、扉を閉める。

 先頭で分隊長が号令をかける。


「出立―!」


 前の方からザワザワと進み始める音がしたかと思うと、しばらくして馬車もガタンと一揺れして、ゆるゆると進み始める。


 俺は馬車の窓を開け放って上半身を乗り出した。

 夏の青空に彩られた狼たちの城(ウォルフスフェステ)。俺はこの光景を忘れない。

 どんなに遠く離れても、ここが、ここだけが俺の家。


「行ってきまーす!!」


 狭い城門に押し合うように俺たちを見送る人々に、俺は大きく手を振った。

 これが長い長い、旅の始まりになるとも知らずに。



 To be continued...




第一章を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


次話はイラスト入り(現在5名分)の登場人物紹介です。

苦手な方は『第2章 第1話 旅の始まり』にお進みください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ