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第36話 多忙な日々

 

 しかし、父は俺の知識を過小評価しすぎではないだろうか。

 俺だけじゃない。実際に製作できるかはともかくとして、前世の日本人なら車の安定性に関わる部位など、ほとんどの人が簡単に思いつくはずだ。

 すなわち、タイヤとサスペンションである。


 タイヤは今から半年でこの国にゴムの木を取り寄せて、使用に耐えうるゴムを作り出すのは事実上、不可能だ。今回は諦めるしかない。せいぜい鉄で補強するくらいか。

 なら、俺のやることはひとつだけ。

 サスペンションの開発だ。めちゃくちゃ簡単に言うなら、バネだな、バネ。


 前世の俺はオタクとしては広く浅くと言うタイプで、アニメや漫画は好きだが見る専。

 それ以外には、某、発見を意味する名前のチャンネルが大好きで、よく飛行機事故や車の番組を見ていた。

 そのおかげで素人に毛が生えたくらいだが、車の事なら一蘊蓄語れる程度は知識がある。


 実際にサスペンションの構造を知っているわけではないが、工場見学の番組で制作過程は何度も見ているはずだった。

 なんで、ぼーっと見過ごしてたんだ、あの時の俺!

 今こそ、前世の知識を思い出す時だ!

 頭が熱を発しそうなほど、考えに考えて、テレビやウェブの映像を思い出そうとする。


 おかげでなんかやたら鮮明に前世の自分の部屋の光景が浮かぶようになってしまった。

 あんまり片づけてなかったんだよなー、俺の部屋。

 死後、やっぱり親とかが掃除してくれたのかな。見られて困るものは……まぁ、最初からそう言う奴だと思われてたな。うん、諦めよう。


 タイムリミットが設定された事で、俺の先生たちは俄然、張り切り出した。

 そんなところで競わなくていいんですけどね?

 特にマナーの先生(妙齢の女性だ)まで、熱意を滾らせたのには驚いた。


「あちらの国ではさぞ歓迎の祝宴が催されるでしょうね」


 目をキラリと光らせて微笑まれる。

 眼鏡がないのがとても残念ですよ。


 そんなわけで俺の多忙な日々は雪だるま式に加速していった。

 ちょっとこんな、あちらこちらに課題を抱えている六歳児っていないだろう。お受験の子供だって俺よりは暇なはずだ。


「ルーカス様? たまにはお休みになられた方がいいんじゃありませんか?」

「そーよ、ルーカスちゃん。ぜんぜんお母様のところに遊びに来てくれないじゃない」

「また体調を崩されたらどうするんです」


 母やローズは俺の体調を気にしてくれたが、こちとらブラックで鍛えられた三十路のサラリーマンですとも。

 仕事の同時進行には慣れてるぜ。


「大丈夫ですよ。むしろ、身体の調子は前よりいいみたいです」


 あぁ、この感覚。久しぶりだなぁ。

 所詮、俺は社畜の日本人だったのだ。忙しければ忙しいほど、魂が燃える。


 なぜ仕事をしてしまうのかと言うと、それは突き詰めてしまえば金のためでも義務でもない。

 そこに仕事があるから、それだけだ。

 誰もやらないなら俺がやるしかないなんて、なんて悲しい日本人の性。


 鍛冶師と一緒に車軸や車軸受け、フレーム、ホイール、バネを作って、作って、作り直して。

 エラムがこれでもかと置いていった本を読んで。

 ランニングは距離が伸びてきたから時間を工面するのが大変だ。


 しかし最近分かってきたのだが、実は筋肉は脳みそだったのだ。身体を鍛えれば、その分、すっきりと頭に入ってくる。

 事実、ランニングをした後は記憶力もいいようだった。


「ルーカスちゃんが頑張ってるんだから、わたくしも負けていられませんね!」

「妃殿下、あまり張り切りすぎて無茶をされてはいけませんよ~。ゆっくり、ゆっくりでいいんですからね~」


 母様も身体に負担がかからない程度に散歩をしたり、体力作りに励んでいる。

 オレイン先生がいるっていうのは診察面では日本より進んでいる。


 毎日、母を診察した後の先生が微笑んで頷いてくれるだけで俺は大いに安心を得た。

 患者の身体に負担をかけず常時検査しているようなものなのだから、これはずるい。神子の力って偉大だな。


 そう言えば結局、俺はどの神の加護を受けているのかなぁ。

 神殿はまだ俺の守護神の選定ができず、困っている。


 あれ以来、アルトゥールとは例の神の声を聞いた時の話題には触れないようにしている。誓いは俺たちの胸に刻まれていれば、それでいいからだ。


 春は飛ぶように過ぎ去り、北国の涼しい夏も半ば。

 俺の馬車は一通りの完成を迎えた。


「さぁ、父様、ご覧になってください! これが試作品第一号です!」


 車内で寝て過ごせるように縦に細長く作った箱型馬車。

 サスペンションのみならず、フレームと車体の間にもバネを入れることにより、衝撃吸収性を向上させている。


 車輪は横転を防ぐためできるだけ小さく、ただし悪路での左右の高低差を少なくするためほどほどの大きさで。

 車輪を鉄で補強したため、上がってしまった重量は力の強い馬に引かせることでカバーする。

 車内のベッドにはコイル式のマットレスまで製作した。

 俺の考えつく限りの技術は全てつぎ込めたはずだ。


「外は普通の馬車とそこまで変わらないみたいだが……?」

「まぁまぁ、乗ってからのお楽しみですよ」


 試し乗りをした父は自分で作れと言っておきながらこれ程のものが出来るとは思っていなかったのか、開いた口が塞がらないようだった。


「おおおおー!? なんだこれ! ぜんぜん揺れねーじゃねーか!」

「舗装されてる道ではこんなものですよ。悪路が心配ですね。あ、あと、この馬車、一台にかかるコストが半端なくて耐久性もないですから、量産はできないですよ。技術の応用はできると思いますけど」

「お、おお……?」


 半ば分かったのか分かっていないような顔で、父は俺の言葉に首を傾げながら頷いた。

 夏は人の往来が頻繁になる。

 俺たちの旅立ちの日も決まった。



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