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第34話 不穏な雲行き

 

 チュンチュンと窓の外から聞こえてくる鳥の鳴き声に呼び覚まされて、俺はガバッと布団から起き上がった。


「おはようございます! ……って、あれ、エレナじゃない」

「おはようございます。殿下は昨日、こちらに泊まられたのですわ」


 朝起きたら、まだ父の部屋にいた。

 父づきの侍女たちが顔を洗うタライやタオル、俺の服を持って控えていた。

 ということは、昨日は父様と寝たのか。意外と貴重な経験だったはずなのに覚えてなくてがっかりだな。


 この世界では庶民はどうか知らないが、上流階級の親子が一緒に寝る事はまずない。

 俺も小さい頃はベビーベッドで、記憶が蘇ってからは一人部屋を与えられている。


 昨日の昼から数えたら半日以上。

 よく寝たからか、頭もサッパリしている。昨日みたいな混乱はない。

 うーんと大きく伸びをする。

 そうか。寝不足で疲れていただけなのか。

 そう思うと昨日の自分の錯乱ぶりが恥ずかしい。


 あまり交流のない侍女たちに服を着せ替えて貰うのは何だか照れくさかったが、彼女たちは気にした様子もなくてきぱきと働いている。


「特別にこちらで朝食をとってもいいと許可をいただいていますわ」


 ベッドで食べる用の細長いテーブルを用意してくれて、食事を並べてくれる。


「有難うございます」

「こちらこそお気遣いに感謝いたします。それではルーカス殿下、ごゆっくりどうぞ」


 朝から食事の内容が豪華なのは国王仕様なのか、それとも俺が一日寝ていてお腹が減っていると思われたのか……多分、後者だろうな。

 ベッドの上にあぐらをかいて、もぐもぐと完食する。


 それから人に会うごとにこの数日、迷惑をかけたことを謝るはめになった。

 ほとんどの人は理解を示してくれたが、エラムだけは宿題を二倍に増やしたのが納得いかない。


 オレイン先生にも会って様子を聞きたかったが、俺と同じで不眠不休の後、爆睡しているとの事だったのですぐには遠慮しておいた。


 数日は落ち着かなくてそわそわした日が続いたが、父の言葉は嘘ではなく、二週間もしない内に母には面会できた。

 そこでまた一騒動あったのだが……割愛しておく。

 城の奴らに大きくなってからも話題にできる、からかいの材料を与えちまったぜ。

 な、泣いてなんかないんだからねっ!


 それはさておき面会時は青白かった母の顔色も、春が近づき暖かくなればなるほど、ふっくらと赤みが増していった。

 俺はオレイン先生の助言や、マルコの助けも借りて、母の日々の食事に消化が良く栄養が摂取しやすそうなものを取り入れることにした。さすがのガズも今回は何の文句も言ってこなかった。


「ふ~む、食事でも身体の調子を整えられるってことですか? 興味深い考えですね~」

「な、なにかおかしいでしょうか?」

「いいえ~。そう言う発想はなかったですが、確かに毎日、口にするものですからね? うん。できることはどんどん取り入れていくといいと思います~」

「ありがとうございます、先生!」


「ルーカス様、俺も協力しますんで、なんでも言ってください!」

「マルコもありがとう!」


 二人に協力して貰えるなら、これほど心強いことはない。


 以前に兵士の食事を作った時にも思ったが、この世界に栄養学なんてものはないのだ。

 食べ物で身体の調子を整えるなんて、オレイン先生たちには目から鱗だったらしい。


 俺も食品ごとの詳しい栄養素なんて知らないが、野菜も食べればいいってもんじゃないだろう。

 食べやすいように味つけや大きさも工夫して。食欲が沸くように見た目や彩りにも気を使った。


「母様、早く元気になって下さいね」


 毎日、手を変え、品を変え、料理を持っていく内に母様の食欲も戻ってきたようだった。


「ありがとう、ルーク。貴方みたいな息子を持てて、私は幸せ者だわ」


 ベッドにも起き上がられるようになって、いつもの可憐な笑顔を見せてくれた。

 それでも俺が不安そうな顔をしていたからだろう。母様の細い指が優しく俺の頬を撫でてくれる。


「大好きよ、ルーカス。貴方がそんな顔をする必要はないのよ」

「母様……」


 冷たい指先を包み込むように、その上から自分の掌を押し当てる。

 俺は青白い母様の顔を見上げて、決意を新たにしていた。


 絶対にこの人を失いたくない。

 俺が前世の記憶を持って生まれ変わった理由は定かではないが、持っている知識を全て明らかにしたっていい。


 俺みたいな、前世でも一般人で、ただのサラリーマンのおっさんの知識なんてどこまで役立つか分からないけど。

 俺にできる事は何でもやろう。

 そう、心に誓った。


 まずは次の冬が来るまでに廊下の寒さ対策もしっかりしないとな。

 大体、トイレが遠いのがいけないんだが、この世界に水洗トイレなんて便利なものはないのだ。

 ボットンタイプなのでトイレの位置を動かすわけにもいかない。


 うーん、どうしたもんかな。

 なかなかいいアイデアが出ず、紙を書き散らす日々が続く。


 そして春がきて、俺は六歳になった。

 六歳の誕生節なんてあっさりしたものだった。神殿に行ってマーナガルム神に祈りを捧げるだけだ。


 そして当然の如く、お祝いと言ったら晩御飯にガズじーさん特製のマスのゼリー寄せが出てくる。これもう、ご馳走じゃなくて拷問だよ。

 この世界、誕生節って言っても五歳、十歳、十五歳の節目以外は別にプレゼントが貰えるわけじゃないし、あまりいい事がない。


 モソモソした川魚を飲み下しながら、俺は辟易と顔を曇らせた。このままじゃ川魚が嫌いになりそうだ。

 前世では鮎の塩焼きとかは好きだったんだけどな。

 あー、久しぶりにビールをクーッと傾けたいなぁ。


 俺たちの食事にもたまにワインなんかは出てくるが、この世界、ビールはなさそうだ。

 そうは言っても俺の身体はまだこんな年齢だから、酒の事なんか考えても仕方ないわけだが。


 それから、この頃から城が何だか妙な雰囲気に包まれつつあった。

 見知らぬ使者がやって来たリ、やたら書簡が届いたり、俺が近づくと文官が書類を隠したりするのだ。


 戦とかじゃないよなと心配になって、無邪気な子供を装い、こっそりと他国の使者に話を聞いてみる。


「こんにちは! お隣のラクトスから来られた方ですよね? 僕、よその国の方と会うのは初めてなんです。少しお話ししてもいいですか?」

「おぉ、ルーカス殿下でいらっしゃいますな。噂通り利発でお可愛らしい方だ。勿論、私でよければ何なりとお尋ねください」


 しかし、どの国の使者もおおむね穏やかで友好的だったので、特に戦が近いと言うわけではないみたいだ。

 面と向かって褒められると、お世辞とは分かっていても、ちょっと照れる。


「へぇー。そちらのお国では酪農が盛んなんですね。いつか見に行ってみたいなぁ。ところで、今日はなぜ王宮まで来られたんですか? 父様と何かお話を?」

「いえいえ。やはりお隣の国同士ですからな。交流を深めようとお呼びいただいたのですよ」


 肝心のなぜウチに来たかと言う話になると、言葉を濁して誤魔化されるのだが。

 そりゃ、俺はまだ六歳だし、国の運営に関われるような歳じゃないですよ。

 でも、隠し事されてるっていうのは気に入らない。


 俺はあの手この手で彼らから話を聞き出そうとした。

 何も知らない子供の振りをして使者にカマをかけてみたり、エラムから聞き出した弱みで文官を脅してみたり。

 そんな俺の暗躍を見咎めたのか、ついに父から呼び出しを食らってしまった。



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