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第29話 お見舞い 後編

 

 夕刻近くなって、何だか廊下の方が騒がしくなったのでローズに様子を見に行って貰った。

 しばらくして帰って来たローズは腕に大荷物を抱えていた。


「それは……?」

「城の下働きの者や若い兵士が見舞いに来たいと言って衛兵に止められていました。皆様がいらして殿下が疲れてはいけないと思って引き取っていただいたのですが、これはその見舞いの品です」


 手に持った大量の品をローズはサイドテーブルにひとつずつ並べていく。

 薬草や見舞いの品定番の果物に加えて、何だか妙な人形のようなものもある。後日聞いたところによると人形は厄除けというか、子供の病気を移すおまじないの品なんだそうだ。


 あいつら……。

 胸がじんわりと暖かくなってくる。

 城の人たちがどのくらいの給料を貰っているか知らないが、若い兵士なんてきっと薄給だろう。

 この国では薬草や果物はけっこう高いのだ。もしかして皆でお金を出し合って買ってくれたのかも知れない。


 いかん。ちょっと風邪のせいで気弱になっているのか涙腺が弱くなってる。

 誤魔化すようにゴシゴシと目元を擦る。


「これ以外にも、城下町や貴族からもお見舞いの品が届いているそうです」

「大事になってしまいましたね」

「それだけルーカス様が認められているという事ですわ」


 サイドテーブルの側に立ったローズは自分の事でもないのに、鼻息も荒く得意満面な顔になった。

 そうか。俺のしたことは無駄じゃなかったんだと、初めて受け入れられそうな気がする。


 俺の評判がアルトゥールの足を引っ張るって言うんなら、それでも揺るがないまで、とことん兄の評判を上げてやればいい。

 そして、いつか伝説の王の隣には凄腕の弟が補佐にいたと、ひいひいおじいちゃんや父みたいに吟遊詩人に謳われるようになってみせるさ。

 いつか来る未来のために。


「明日からはもっと頑張らないといけないですね」


 決意を新たに、皆から貰った人形を握りしめる。


 そのアルトゥール本人は、さすがに俺の住む東棟を訪問するのは問題が多いと思ったのか、人伝手に手紙とお見舞いの品を送ってきてくれた。

 兄さんは字も読みやすくて綺麗だった。俺の字はミミズがのたくったようだと言われていて、読む人には不評だ。見習わないといけないな。


 それから料理人たちから、夕食のデザートとしてプリンがプレゼントされた。

 あの、なんか固くて食べられなくなったパンが入っているモソモソとしたプティングじゃなくて、まごうことなき柔らか蒸しプリンだ。

 実は死ぬほど高価な砂糖を購入した件が父様にバレて、俺の考案したデザートは祭典以外では作ってはいけないとお達しを食らったのだ。

 それなのに内緒なのか、特別に許可を得たのか、プリンを作ってくれたのか。


 うまうまー!

 砂糖を抑えているので甘さ控えめなところが、逆にいい。

 あれ程、反対していたガズが折れるなんてな。


 こんなに色々な人に優しくして貰えるなら、寝込んだのも悪くなかったかなと思う。

 皆を心配させてしまったわけだから、わざと風邪を引くなんてできやしないが。


 さて、この日のハイライトだが、もう辺りが暗くなり始めた就寝前に訪れた。


「よーぅ、ルーカス! どうだ、元気になったか!」


 勝手知ったる自城の息子の部屋に、バーンッとドアを開いて我らが国王様が現れたのだ。


「もう寝ちまったか? まだか?」

「父様……寝ているかも知れないと思ったのなら、もう少しお静かに」

「お。起きてたんならいいだろ」


 ズカズカと入り込んで来たかと思うと、ベッドにドッカリ座り込んで俺の頭をワシャワシャと撫でくり回す。

 後ろから親衛隊の人が駆け込んで来て、ローズにペコペコと頭を下げていた。


 ウチの父が苦労かけてすみません。

 まったく、この人、実は護衛とかいらないからな。若い頃に剣一本で武者修行していただけあって、城でも一、二を争う程の剣の腕前だから。


 俺が生まれてからは王が出るほどの戦はないが、以前は戦場でも先頭に立って駆け出したりしてたらしい。国王として、ちょっとどうかと思う。

 親衛隊の苦労が忍ばれる。


「すぐに来れなくて悪かったな」

「いいえ。ローズもオレイン先生もいましたし、問題なかったですよ」


 髪を撫でたそのままに両手で顔を挟み込んで、父が俺の顔を覗き込んでくる。

 この粗野で、猪突猛進で、本当は心配性な子煩悩パパは、俺が倒れたと聞いた時、どんな気持ちでいたんだろう。


 すぐに駆けつけたかっただろうに、仕事をなおざりにしない父が好きだ。

 今日は乱れた髪は直さず、頬の上の父の手に触れてニッコリと笑う。

 こんな息子の顔で良かったら、幾らでも見て安心して欲しい。

 俺が思ったより元気そうで満足したのか、父はうんうんと大きく頷いた。


「しっかし、ルーカスは意外と軟弱だな。俺の若い頃なんて、風邪のひとつも引かなかったぞ!」


 自慢そうに胸を張っている。

 父様、あんたもか。


 昼間、どっかの誰かが言っていたのとほとんど同じ台詞に頬が引きつる。

 そんなところばっかり師に似なくてもいいでしょーに。


「体力馬鹿の貴方たちと一緒にしないで下さいね?」

「え、あ、おい、ルーカス……?」

「ローズ、父様がお帰りだそうですよ」


 戸惑う父には構わず、俺は盛大な笑顔を浮かべて扉の方を掌で指し示した。


「え? あ、あの……?」


 キョトキョトと辺りを見回す父には素知らぬ顔で、ローズは俺の指示をくみ取って扉を開けると、恭しくお辞儀をした。


「それでは陛下。お越しいただき有難うございました」


 父は当惑して、ベッドの上の俺と、扉の脇のローズの顔を交互に見比べている。


「えっと……ルーカスくん? ローズ?」

「お越しいただき、有難うございました」


 深々と頭を下げるローズに負けて、しゅんと肩を落としながら父様は扉の方に向かう。

 この城でローズに逆らえる人なんていやしないんだ。たとえ王様でも。


 最後に名残惜しそうに、父は扉の前で肩越しに振り返った。


「もう大丈夫なんだよな? 明日からは起きられるんだよな?」

「えぇ。エラムは明日も来ますよ。剣の稽古は……しばらく様子見ですかね」


 稽古の事を言った途端、視界の端でローズの眉がピクリと動いたので、慌ててつけ加える


「それなら良かった。じゃぁな、おやすみ」

「おやすみなさい、父様」


 ちょっと可哀想だったかな。

 項垂れて親衛隊の皆に慰められながら部屋を出て行く父を、手を振って見送る。


 パタンと閉じられたドアを見て、俺は大きくハーッと息を吐き出した。ゴロンとベッドに横になる。


「お疲れになりましたか」

「うん、ちょっとね。こんなに人が訪問してくれたのは初めてかも知れないな」

「そうですね。ゆっくり休んでください」


 ローズが肩まで布団をかけてくれる。

 窓の外は夕暮れ。もう少しで完全に日が落ちる。

 今は夏だから日本で言うと七時くらいかな。かなり早いが、この世界の人々の平均的な就寝時間だ。


「ローズもお疲れ様。昨日も今日も有難う」

「いえ、仕事ですから」


 硬い声でそう言うローズは既に通常運転に戻ってしまったようだ。

 俺のベッド周りを整えた後、窓の板戸を閉めて鍵をかけている。


 壁の蝋燭以外、急に真っ暗になった部屋の中で俺は布団から目だけ出して、あの屈辱的な言葉を口にせざるを得なかった。


「ローズ……明かりは消さないでね?」

「分かっております」


 生暖かい目に見下ろされても仕方がない。真っ暗な城の中って本当に怖いんだからな!


「それでは、おやすみなさいませ」

「おやすみなさーい」


 ローズが一礼して、部屋から退出する。

 自分で思っていたより疲れていたのか、俺は一人きりになると、すぐに眠りの中に落ちて行った。



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