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第10話 三馬鹿との出会い

 

 皆でゾロゾロと広場の中央に向かう。俺たちに難癖をつけてきた三人の少年たち以外も、何事かと興味津々に集まって来た。

 俺たちは少し距離を取って、スーと男の子たちだけ真ん中に残る。

 男の子たちは先程まで訓練に使っていた刃の潰された剣を手に持っているが、スーは手ぶらのままだ。


「防具くらい、身につけた方がいいのではないか?」


 見かねたギュンターさんが助言してくるが、スーは白い髪を振るばかりだ。


「いらない。身が重くなるから」

「いくら練習用の剣とは言え、怪我をしても知らんぞ」

「怪我?」


 スーはチラリと少年たちに視線を向けて、口元に不敵な笑みを浮かべる。


「あんなお子様相手に?」


 もっともらしく威張ってるけど、スー、お前まだ一歳だから。この中では確実に一番年下だからな。

 四方を建物に囲まれた手狭な広場で喋っているので、もちろんその言葉は少年たちにも聞こえている。


「でかい口叩きやがって。手加減なんかしてやらないからな!」

「いいよ。なんなら、三人いっぺんにかかって来たらどう?」


 スーが広場の中央で、ゆったりと肩から力を抜いて構える。

 少年たちはカーッと頭に血を上らせた。


「俺から行く。他の奴は手を出すな」


 三人の中で一番体格のいいモヒカンの少年が、剣を片手に他の子たちを腕で制しながらスーの前に進み出る。

 この子が少年たちのリーダー的存在なのだろう。

 他の子たちはワッと盛り上がった。


「ブレン、やっちまえ!」

「俺たちまで回さなくていいからなー」


 ワーワーと、どの子も拳を突き上げてブレンと呼ばれた子を見送る。

 ブレンの背丈はスーと変わらない。いかにも腕自慢らしく、この年頃の男の子にしては腕や肩にも筋肉がついている。

 ガッシリした手に油断なく剣を構えてブレンはスーを睨みつけた。

 騒ぎたてる周囲など忘れてしまったかのように二人の視線が交差する。一人は忌々し気に。一人はにんまりと笑いを浮かべて。


「始めっ!」


 ギュンターさんがかけ声とともに片手を上げるのと同時にブレンが踏み出す。

 かと思ったのにいきなり、その身体はクルンとひっくり返って地面へと倒れ込んだ。あまりに突然の出来事に、ブレンは大の字で空を仰いでポカンと固まってしまっている。


 俺も意味が分からなくて、んん?と首を捻った。

 確かにスーが負けるとは思ってなかったけど、瞬殺かよ……。

 広場はシーンと静まり返っていた。

 ギュンターさん一人が顎に手を当てて、ほぅ?と感心したような声を上げている。この人は目で追えたのか。


「ス、スーちゃん、今、何したんだ……?」


 ギルさんが恐る恐る、スーに声をかける。


「そうだよ、お姉ちゃん。今のじゃ、何がなんだか誰にも分かんないでしょ。もうちょっとゆっくりやって見せてよ?」

「いーけど」


 気楽な感じでギルさんに近寄って行ったスーが、彼の手首を取る。


「こうやって、こうでしょ」


 スーはギルさんの腕を捻ると同時に素早く足払いをした。大の男の身体が宙を舞って地面へ転がる。

 ギルさんは地面で腕を押さえて、ジタバタとのた打ち回った。

 ブレンの時は向かってきた勢いを利用した上に、大人より身体が軽いので面白いほど綺麗に回転したみたいだが、今のは力技だったので相当痛かったようだ。


「うぐぐぐ……スーちゃん、ひでぇ……。やるならやるって言ってくれなきゃ、受け身も取れなかっただろ」


 涙目で訴えられて、スーは後頭部を押さえてペロリと舌を出した。


「ごっめーん」


 これは悪いと思ってない時の顔だな。スーは兄弟の中の紅一点なので意外と甘やかされていて、一番のいたずらっ子だ。

 なにせ父親であるロボがいつも言い負かされて威厳を示せてなかったからな。


 俺たちが和気あいあいと(ギルさんだけはまだしかめっ面をしていたが)話してるのが気に食わなかったらしい。

 ブレンのお仲間の二人が憤慨した様子で、剣を振りかざしてスーへと向かって来る。


「よくもブレンに恥をかかせやがって!」

「何か卑怯な手でも使ったんだろ!」


 あれを見ても戦意が衰えないのは褒めるべきなのか。それとも彼我の実力差を量れないのは、まだまだひよっこだからなのか。


「あれ、いいのか?」


 地面からほうほうの体で立ち上がったギルさんが、今では彼らの方を心配して指差しながら聞く。


「言っても聞くような奴らじゃないだろ?」


 ギュンターさんは軽く肩を竦めた。一度くらい痛い目を見た方がいいと思っているような感じだ。

 二人がかりで左右から打ちかかってくる刃を、スーはまったく危なげない動きでわずかに上半身を反らすだけで躱した。

 こう言う多人数相手の攻防は兄さん狼たちと良くやってたから、スーのお手の物だ。


 剣が振り下ろされ、突き出されるその数ミリ先をスルリと逃げる。無駄のないスーの動きは決闘ではなく演舞のように見えた。

 ほんの少し、紙一重でその身を捉えられそうに見えるのだろう。少年たちはムキになって剣を打ちこんでくる。

 しかしその差は歴然だ。ギリギリを回避しているように見せかけて、スーは髪の毛一本も掠ることを許していない。


 細く引き締まった足がカッと垂直に跳ね上がって一人の少年の剣を飛ばす。

 そのまま両手を地面についたスーは、大咢のようにもう一人の少年の肩を両脚で挟み込んだ。グルリと身体を回して彼の身体を引き倒す。

 ドウッと少年の身体が倒れるのと同時に、落ちてきた剣がトスッと地面に突き刺さる。

 結局、本当にスーは剣も抜かずに少年たちに勝ってしまった。


 両足を地面につけたスーはゆっくりと上半身を起こす。それは美しい体操の床競技のようだった。

 今度は俺の目にも見えたのは、ゆっくりやってというリクエストを聞いてくれたからだろう。

 俺は思わず両手を打ち合わせてパチパチと拍手していた。


「スー、凄い、すごーい!」


 俺の手放しの称賛に、スーはエヘヘと牙を見せて照れた笑いを浮かべた。

 固唾を飲んでスーの一挙一動を見守っていた人々は、俺が手を打ち鳴らす音にハッと我に返った。次第に拍手の音が大きくなって、やんややんやと騒ぎ立てる人もいた。大人たちは。

 少年たちは未だ、何が起こったのか分からない様子でポカーンとしている。


 特に立ち上がれないまま、上半身だけ起こして目前で仲間たちがやられる様を眺めるはめになったブレン少年は可哀想なくらい顔が真っ青になっていた。

 青白い顔で目を見開いて、ワナワナと身体を震わせている。

 かと思うと、彼はその場にガバッと飛び起きて、地面に膝をついてスーの前に平伏した。


「おみそれしやしたっ。先程までの俺の非礼をお許しください。そして俺を……俺を貴女の弟子にしてくれませんかっ!?」


 スーを見上げるブレンの表情は真剣そのものだった。キラキラと眩しそうな目でスーを一心に見つめている。

 向上心があるのはいいことだけど、どうしてこうなった?


 スーが途方に暮れた視線を俺へ向けてくる。

 それを見て、プッと吹き出すような大人たちの笑い声が広場に響き渡った。


 

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