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第9話 傭兵ギルド

 

 傭兵ギルドは石造りの立派な四階建ての建物だった。スーと一緒にまたもや、わー、と口を開けて見上げる。

 マーナガルムやシアーズにはあまり高い建物がなかったので圧倒される。前世とは比べ物にはならないが。

 シアーズではせいぜい二階建て、マーナガルムなんかほとんど平屋だ。

 ギルさんたちが、凄いだろう、と自慢するように鼻の下を擦った。


「傭兵長はいるかい?」


 木製の扉を潜って、ギルさんが受付へと声をかける。


「あら、ギルさんたちはしばらくお休みではなかったんですか?」


 遠征から帰った次の日にギルドを訪れる人は珍しいんだろう。

 受付に座っていた十四歳くらいの女の子はギルさんたちの顔を見るなり、からかうように微笑んだ。茶色のクリクリっとした髪の子で、ちょっと可愛い。


「今日はな、傭兵志願者を連れて来たのさ」


 ギルさんは得意げにスーを手で示すが、女の子は驚いた顔をしている。

 そりゃそうだろう。女の傭兵はゼロではないだろうが、かなり少ないはずだ。ましてやスーは見た目だけは細身の少女に見えるのだから。


「お父さ……じゃなかった、兵長は訓練場です」


 受付の女の子は失敗しちゃった、とばかりに可愛らしく口に片手を当てた。

 今から会う傭兵長の娘さんなのかー。成人するまでのアルバイトで受付をしているのかな?

 こういう平民の女の子とは知り合いになったことがないので新鮮だ。


「あんがとな、リタちゃん」


 ギルさんたちはリタちゃんと言うらしき受付嬢に手を振って、裏口へと向かう。訓練場まであるのか。本格的なんだな。

 会館の裏庭はちょっとしたグラウンドになってて、そこで成人前の男の子たちに稽古をつけているみたいだった。


「ギュンター!」


 男の子たちを指導している男性に向かってギルさんが片手を上げる。

 振り返った短髪の男性はギルさんの声に笑顔で振り返った。背はそこまで高くないが、ガッシリした身体つきで、雰囲気がどことなくヒューゴ先生に似ている。

 受付のリタちゃんはお父さん似ではないことが分かった。


「なんだ、ギル。こんな朝早くに珍しいな」

「俺だっていつも酔い潰れてるわけじゃねーんだよ」


 ギルさんが口の端を上げて苦笑いしながら軽口で答える。古株だからか結構仲がいいみたいだな。近寄った二人はガッと拳を打ち合わせた。

 ギュンターと呼ばれた男性は肩にかけたタオルで軽く顔を拭いた。それから男の子たちに、自主練してろと言うように手を振っている。


「それで何の用だ? 早速、給料の前借りか?」

「なんでいきなり、そんな話になるんだよ! 手当なら昨日、受け取ったばっかりだっつーの!!」


 俺たちの方をチラリと振り返って、ギルさんは口から泡を飛ばさんばかりに傭兵長に抗議した。俺たちの前でバラされたのがよっぽど気に食わなかったようだ。顔を真っ赤にして怒っている。

 ギルさん、お酒はほどほどにね。奥さんたちを呼び寄せるお金まで飲んだら駄目だよ。

 ギルさんの視線に誘導されるようにギュンターさんが俺とスーに目を向ける。特にスーへ、しばらく視線を留めていた。


「そちらの女性は?」

「スーちゃんは傭兵志願なんだ」


 自分で説明しなくても、ギルさんたち三人が代わる代わる、俺たちの事情を話してくれた。

 仕事を探していると聞いて、ギュンターさんは表情を陰らせた。


「女性に護衛任務は難しいのではないか?」


 俺たちに気を使ってか、穏やかな物腰で伝えてくれる。

 荒くれ者が多いに違いない傭兵たちの纏め役となればどんな無頼漢かと思いきや、意外と話を聞いてくれそうな人だ。


「ですが、北へ向かうには他に方法がないのです。姉は力も強く、剣の腕もそれなりにあります。決して皆さんの足を引っ張ったりはしないと思います。試していただくのも難しいのでしょうか?」


 胸の前に手を組んで、真面目な顔でギュンターさんを見上げる。うーんと唸って彼は、困った表情でガシガシと頭の後ろを掻いた。

 スーが自分の子供と同じくらいの年頃に見えるからだろうか。俺たちの期待を裏切るのが忍びない様子だ。


「傭兵の仕事は護衛が主と言っても、他に荷物運びや、轍に嵌った馬車の復旧作業もある。雨の日はぬかるんだ道で馬車を押したりもする。女性に向いている仕事ではないのだ」


 ギュンターさんは分かりやすく例を挙げて説明してくれる。

 確かに普通の女性なら、とてもじゃないがこなせそうにない内容だ。男だってよほどの腕自慢でもなければ敬遠するだろう。

 だがウチのスーは腕力も脚力も、全てが規格外だ。


「この人たちがすることなら、スーにもできる」


 親指でギルさんたちを指差して、スーは自信満々に言い切った。彼らはちょっと驚いたように小さく口を開けた。

 護衛なんて口先だけで可愛い子に花を添えて貰って、仕事は自分たちが手伝えばいいなんて考えてたんだろう。

 あまりにスーが自信たっぷりに胸を張っているので、ギュンターさんは腕を組んで、むぅ、と眉を寄せた。これ以上、どう説得したらいいのか分からなかったに違いない。

 しかしこの場の誰かが口を開く前に、ギュンターさんの後ろから不愉快そうな声が聞こえてきた。


「兵長の言う通りだ。傭兵は男の仕事だ。女に出る幕なんてないんだよ!」


 見れば、さっきまでギュンターさんが稽古をつけていた男の子たちの一部が、彼の後ろで目を三角にしていきり立っていた。

 どの子も十三、四歳くらいの成人前のようで、背丈は大人に近いが顔に幼さが残っている。


 それとなんて言うか、髪型が凄い。気合い入っている。

 モヒカンが一人に、オールバックが一人。それにドレッドって言うのかサイドを編み込みにして後ろでくくってるロン毛の三人組だ。


 なんか厨二な感じがヒシヒシとするなー。ちょっと頑張っちゃってる子たちなんだろうな。

 自分たちとはまったく関わりのない事なのに、しかめっ面でスーを威嚇している。

 スーも一歩も譲らず、ズイッと前に出た。


「スーは女だけど、あんたたちより強いよ」


 そんなことを言って三人にガンを飛ばしている。


「口先だけなら何とでも言える!」

「そこまで言うなら勝負しろよ!」


 あっちゃーと俺は片手で顔を覆った。男の子たちのプライドに着火させちゃったみたいだ。

 こうなったら実力を見せる以外、彼らは納得しないだろう。

 俺はちょいちょいっとスーを手招きして、背を屈んで貰って耳打ちした。


「ちゃんと手加減できるの?」

「手加減?」

「怪我とかさせないで勝てるのかってこと」


 俺が聞くと、スーはドーンと胸を叩いてドヤ顔を見せた。


「お姉ちゃんに任せなさい」


 スーはお姉ちゃんという言葉にやたらと拘る。こないだから会う人、出会う人に姉と紹介されているからか、ご機嫌だ。

 そういう設定なだけだって分かってるんだろうか。


「なんだ、コソコソしやがって」

「自信がないなら今の内にやめた方がいいんじゃないのか?」

「俺たちの実力を見誤ると怪我するぜ」


 少年たちがチンピラに近い台詞で煽ってくる。このくらいの年齢の子って、偉そうに振る舞うのに憧れるんだろうか。

 ギルさんたちが浮かない顔をして、


「止めた方がいいんじゃないか?」


と囁いたが、ギュンターさんは小さく首を振った。


「ブレンたちに負けるようじゃ話にならん」


 そうでしょうね。こんな男の子たちなんてぶっちぎりで負かさなきゃ、女が傭兵業なんて認めて貰えないに決まっている。

 俺は男だからとか女だからとかで最初から決めつけてくる奴はあんまり好きじゃない。仕事なんて本人ができるかと、やる気があるかじゃないの。


 スー、やっちゃえ!

 俺がゴーサインを出したのを見て、スーは顔にニンマリと笑みを広げて掌に拳を打ちつけた。


 

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