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第8話 不正入国?


 昨日はどんちゃん騒ぎで聞く暇がなかったが、おっさんたちは傭兵ギルドに属しているらしい。

 向かい合わせでテーブルを囲んで、朝食を食べながら話を聞く。


「傭兵ってあれですよね。領主とかに雇われて戦争する……?」


 そのわりにこの人たち、確かに身体は鍛えてるけど、傭兵特有の殺伐としたとこって言うか殺気が感じられないんだよな。

 一般的に傭兵ってのは、民間兵が戦時のみ金を稼ぐために雇われることを言うんだと思う。一団を形成して丸ごと雇われることもあるし、国が志願兵を徴募するってケースもある。


 俺の故郷マーナガルムはちょっと変わっていて、国が傭兵団を運営して近隣諸国に派遣しているのだ。

 なにせマーナガルムは農業をしようにも国土のほとんどが山だし、冬が長いので林業もそこまで盛んではない。

 かろうじて鉱石の輸出でちょろっと外貨は入ってくるが、それ以外はほぼ狩猟採集民族みたいな貧しい生活をしていた国だ。

 国内に仕事がほとんどないのだ。


 そんなわけで傭兵って仕事の厳しさのわりに出稼ぎ先として意外と人は集まるのだった。城にも傭兵上がりの人はけっこういて、俺の剣の師匠、ヒューゴ先生なんて元団長だ。

 彼らは大体、ほがらかで人当たりがいいけれど、独特の雰囲気を持っていた。

 殺気って言っていいのか分からないけど……なんて言うのかな。今、ここで敵に襲われても即座に反応するんだろうな、って凄みみたいなものがあった。

 それが怖くて俺はヒューゴ先生に逆らわず黙々と剣の稽古に励んでたわけだけど。


 この人たちにはそんな雰囲気がまったくない。見た感じ、人のいい土方のおっちゃんって感じだ。俺はだから商隊の護衛なのかなと思ってたんだけど。

 俺のそんな予想はどんぴしゃだった。


「あー、サラクレートでそれはないない。大体、ウチ、長年どの国とも戦争してねーし」


 おっちゃんはあっけらかんと言い放って、顔の前で手を振って否定する。


「だな。今更、戦に出ろとか言われたら皆、逃げ出してギルド崩壊するんじゃね?」

「ハハ。ちげーねぇ」

「サラクレート王の治世に乾杯!」


 ただの水で酒が入っているわけでもないのに、おっさんたちは木のコップを打ち鳴らしてご機嫌だ。昨日の酔いがまだ残ってるのかな。

 聞けば、サラクレートという国はマーナガルムに輪をかけて特殊なのだった。


 ちょうど大陸の中央に位置し、四方を他国に囲まれている。そんな立地条件で小さな国が生き残るためには『戦争をしない』という選択肢しかなかった。

 そのためにサラクレートは、四方どの国にも徹底的にこびへつらって取り入り続けた。

 そして各国を繋ぐ要衝ととしてあちらの国からこちらの国へ、こちらからあちらへと物資を融通している間に輸出入が盛んになった。

 ゆえにこの国はこう呼ばれている……”商業国家”サラクレート、と。


 サラクレートでは商人の力が凄く強い。国全体がひとつの総合商社のようなものなのだ。場所によっては貴族より金や力を持っている地方もあるらしかった。

 商業の要は各国を行き来する商隊と、その護衛たち。

 そんなサラクレートで傭兵と言えば商隊の護衛を指すらしかった。自力で商売をするほど金や知識がない者にとっては花型の職業のようだ。危険が多い分、実入りもいいのだろう。

 昨日、一仕事終えたばかりらしい彼らは機嫌良く俺たちにも奢ってくれた。


「なんだー、ルルちゃん。ぜんぜん食べてないじゃないか。そんなんじゃおっきくなれないぞぉ。おっちゃんのお肉やろうか?」

「い、いえ。これで十分……」

「それにしてもお姉ちゃんの食べっぷりはいいねぇ! 見ていてスカッとするな!」


 スーはまったく会話に参加しておらず、今もモリモリとご飯を口に詰め込んでいる。これで三杯目だ。いい食べっぷりって言うか、食い意地が張っていると言うか……。

 ちゃんと二杯目からは俺が払っている。そこまでおっさんたちの世話になるわけにはいかない。


 一緒に食事をしている三人の中で最年長のギルさんは、昨日、お子さんの事を思い出して鼻を啜っていた人だ。

 近隣の村から出稼ぎに来ていて、今は家族をクロフターの街に呼び寄せる為に日夜、頑張っているらしい。


「まぁ冬くらいは帰っても良かったんだけど、ちょうど長距離の仕事があってなぁ。今からまた忙しくなるし、やっぱりしばらくは……」


 帰れそうにない、とギルさんはがっくりと肩を落とした。

 村と街の生活は段違いなのだそうだ。市民権を買うには莫大な資金が要る。家族全員分となれば桁違いの金額のようだった。それ以外にも家賃や当面の生活費もいるしな。

 こんなところで俺たちに奢ってる場合じゃないんじゃぁと心配になってくる。


「そんくらい稼いでるから子供は気にしなくていい、いい」


 だけどギルさんはにっかりと満面の笑みで気にするなと片手を振った。小さいお子さんがいるからか、子供好きのようだ。

 それからお人好しそうなダンさんに、まだ若手のリックさん。


 彼らは昨日、西方のロキットという街への行商から帰って来たばかりという話だった。

 給料を貰ったその足でこの木賃宿、五稼(ごか)(つむ)(てい)に駆けつけて、まだ早い内から飲んだくれていたのだ。

 街から少し距離があるが、この宿は安くて料理が旨いとあって傭兵たちの行きつけになっているらしかった。


「そうかー。スーちゃんは仕事を探してんのか」

「護衛の仕事がいいならギルドに紹介してやろうか?」


 最初の街でいきなり当たりを引き当てるなんてさすがだな。

 旨いものを嗅ぎ分ける力でも、運の良さでもやっぱり神獣の一族はあなどれないなと、満腹で腹を擦っているスーを横目で眺める。

 それとも神が力を貸してくれた結果なのか?

 たった一日でツテができた。あまりにトントン拍子に話が進むので、こんな簡単でいいのかと疑ってしまうほどだ。


「でも、昨日、入国の申請をしたばかりなんです」

「なんだ、それくらい」

「俺たちが口を利いてやるよ」


 ギルさんたちは終始上機嫌で、任せておけとばかりに胸を叩いた。即決即断がモットーの傭兵らしく、俺たちの返事を聞きもせず三人はガタガタと椅子から立ち上がった。

 強引なギルさんたちに連れられて、今日も外壁の南門へと向かう。


「あぁ、昨日の」


 門の兵士たちは、ばっちり俺たちのことを覚えていた。女二人連れっていうのもあるし、スーの髪色が珍しかったからだろう。


「残念ながら、まだ照会は終わっていないですね。申請は通っていないです」

「そう言うなよ、リヒター。俺たちが身元を保証するからさー」

「そうは言われても規則ですので……」


 おっさん三人にごり押しされて、若い兵士たちは居心地が悪そうだ。ギルさんが一人の兵士の肩に腕を回して、こそっと囁く。


「テッド。お前、こないだ、かみさんに内緒で楽しそうな店に行ってたらしいじゃないか」

「どっ、どうしてそれを……」

「この街のことで俺たちが知らない事なんてないんだよ」


 人の悪そうな顔でギルさんはニヤニヤと笑っている。傭兵の情報網もバカにはできないってことだな。


「リヒターもこのこと、アビーちゃんにバラされてもいいのかなぁ」

「分かりましたよ。仮入国証は発行しますけど、その代わり、身元引受人はギルさんにしときますからねっ! 何かあったら責任取って下さいよ!」

「大丈夫、だいじょーぶ」


 俺たちは仮入国証らしい木札を兵士に手渡されて、門を通された。変に悪い印象を持たれるくらいなら普通に審査を待っても良かったんだけど。

 まぁ、多少強引ではあったけど、規則を破っているわけではない……みたいだからいいのかな?

 仮入国証を握ったまま、ギルさんたちを見上げる。


「ありがとうございます?」

「なーに、いいってことよ」


 おっさんたちは後頭部に手を当てて、照れながら盛大に笑った。

 いや、そこ、照れるとこじゃないから。悪知恵の働くおっさんって感じで、ぜんぜんカッコ良くなかったから。


 なにはともあれ、俺たちはクロフターの街に無事、足を踏み入れた。

 クロフターは若干、歪ながらもほぼ八角形をした外壁に囲まれて、きちんと区画整理されている綺麗な街だ。道には人々が忙しなく行き交い、活気に溢れている。

 北側に領主の館と貴族街。中央に広場とセレスティン様の黄金神殿。そして東西と南に門が開かれている。


 舗装された広い石畳の道路の側には、三階建てや四階建ての高い建物が並んでいた。俺とスーは建物を仰ぎ見て、わーと口を開けた。

 スーは初めての光景に目を回して。俺は感慨深くて。

 なんだか熱いものが込みあがってきて、パチパチと目を瞬く。


 ここはシアーズに向かう旅の最中、一番長く滞在した街だ。母様やローズたちのスカーフを買った店が北の貴族街にある。

 下町は旅立ちの時にチラリと通っただけだが、なんとなく見覚えがある。

 たった一年半前が、まるで遠い昔の出来事のようだ。

 あの時は馬車で通った道を、今度は自分の足で歩く。


「ルー、なにしてるの。凄いよ、早く、早く! こんなに人と建物が!」

「スーちゃん、先に行き過ぎるとはぐれるよ。どうしたい、ルルちゃん? 疲れたならおじさんがおぶってやろうか?」

「い、いえ。大丈夫です」


 あの時の人数とは比べ物にならないけど、スーもギルさんたちも、みんな笑顔で俺を振り返って待っててくれた。

 だから俺も内心は顔に出さず、笑ったんだ。

 わいわいと街を案内してもらいながら、皆で傭兵ギルドへ向かう。


 

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