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第2話 ルルと言う名の女の子


 馬車が緩やかに動き出して障害物がなくなったせいで、門番たちの視線が()()()に突き刺さる。

 不審者と思われてるんじゃないよな。大丈夫だろうか。

 何もおかしなところはないよなと、俺は自分の姿を見下ろした。


 裾の長いマントを羽織っているが、その下は女物のブラウスとスカート。泥棒市で手に入れた黒髪のカツラもしっかり被っている。

 そう。当初の計画通り、俺は女装して旅に出る事にしたのだ。


 この服は秋の収穫祭を過ぎた頃に森の祠に置かれていたものだ。俺が病を助けた近隣の村人たちが、お礼代わりに置いていってくれたのだろう。

 男の子用と、それよりもう少し大きめの女の子用の真新しい服が一揃いずつ。

 マントや靴まで含めて、それはどう見ても旅装だった。


 文字の書けない彼らの気持ちが伝わってきて、最初に見た時、俺は服をしっかりと腕に抱きしめて声も出せなかった。

 貧しい辺境の暮らしでは、布や糸を用意するだけでも大変だったろう。

 村の子たちは誰一人、新品の服なんて着てる子はいなかった。

 気をつけて国にお帰り下さいと言っているような、彼らが作ってくれた服にも背を押されて俺は旅立ちを決めた。


「ここが人間の街なんだねー。凄いねー。森の村よりすっごく大きいね、ルー!」

「興奮する気持ちも分かるけど、もうちょっと落ち着いて、スー。耳と尻尾が飛び出ちゃうよ」


 隣にいる背の高い女性は、びっくりするだろうけどスーだ。

 耳はターバンで隠して、尻尾は腰巻に見えるようにくるりと腰に巻いている。


 今の季節は春。一歳を超えたスーは急激に背が伸びて十六歳くらいの見た目になっていた。

 しかも大きくなったスーはめちゃくちゃボインになった。スレンダーではあるがボンキュッバンと出るところは出てる系で、お尻は大きくて安産型だ。

 こんなに大きくなったのに今でも俺に抱きついて寝ようとするので対処に困っている。


 せっかく村の人たちが作ってくれたのに、スーが大きくなり過ぎて着られなくなった女物の服を俺が着ていると言うわけだ。

 あの頃は十歳くらいの見た目だったスーのサイズで作られているのでちょっとブカブカだが、俺だって成長しているのだ。その内に丁度良くなるだろう。


「それにしても、なんなの、あの口調」


 スーが口元を手で隠して、にまにま笑いを俺に向けてくる。


「うるさいな。女の子ってどんな風に喋るのか、よく分からないんだよ!」


 前世でも今世でも周囲に女の子がいなかったので、まだキャラ作りに迷走している。

 女の子ってさ、あんな喋り口調で良かったんだろうか?

 首を捻りたくなるが、慣れるしかない。イメージしているのはアイリーンとか、外面がいい時の母様だ。


「それで、セキショってのに行くんだよね?」

「あぁ……」


 兵士らしき男たちが立つ村の入り口に目を向ける。

 以前、故郷の地からシアーズに向かう間、俺たちは何度も関所を通った。しかし事務手続きをしてくれたのはワルターたちだ。

 俺一人で(スーはいるけどこういう事には役に立たないので)関所を越えるのは初めてだ。

 屈強そうな門番たちを眺めてゴクリと喉を鳴らす。


 とりあえず印象を良くしようと、ニッコリと笑顔を向ける。途端に彼らはだらしなく相好を崩した。

 なんだ。胡散臭いと思われてたわけじゃなくて俺たちに見惚れていただけだったのか。

 この世界に転生して数度しか見た事がないが、どうやら俺は顔だけはいいらしいからな。ちゃんと女の子に見えているといいんだけどな。

 不安に思いつつも彼らの元に向かう。


「どこの国から来たのだ? 通行証はあるのか? この街にはなんの目的で?」


 関所では旅の目的や、クロフターに来た理由なんかを聞かれる。まるで取り調べだ。

 レキストから帰らずの森(ノレツァヴァルト)を越えてきたと伝えると、兵士たちは一様に驚いた顔になった。

 たまに若い商人や無謀な旅人が森越えをする事はあっても、女性だけは珍しかったからだろう。

 まぁ、シアーズ公国からレート、レキストを通ってきたのは俺だけなんだけど。

 スーが森で生まれ育ったって知ったら、もっとびっくりするんだろうな。


 俺たちは母親が死んで、北方にいる父を頼るために旅をしているという設定になっていた。

 ほとんど嘘はついていない。スーが嘘っていうものをあまり理解していないので、ボロが出る可能性がある。だから簡単な設定にしたのだ。

 狼族も虚偽でなければ一部分を黙って相手に誤解させるのは問題ないみたいだしな。

 通行証がないので、クロフターの街で北に向かう商人を見つけて護衛として雇って貰いたいと考えている事も正直に伝える。


 とりあえず、まずは街に入れるかどうか様子見だ。

 イーたちには森で待機してもらっている。このクロフターの街は森に近い。スーが呼べば、ひとっ飛びで駆けつけて来れる距離だ。

 街を通らず山や森を越えるという手もあるが、世情に疎くなるし時間もかかりそうなので避けたかった。

 去年は無理だったみたいだが、いつか必ずセインたちは来る。

 その時に合流できるように、俺はできるだけ来た時と同じ道を辿りたいと思っていた。


「事情は分かったので、フードを取ってちゃんと顔を見せなさい」


 門番に促されて、俺は気が進まないながらもフードに手をかけて後ろへと下げた。カツラがずれたりしていないよなとドギマギする。

 彼らは俺の顔を見て、ハッと息を飲んだ。

 何か勘づかれたのかとヒヤッとしたが、ほんのりと頬を染めている奴もいたりしたので、ただ単に容姿の良さに驚いただけみたいだった。


 笑顔を振り向けると、鍛え上げられて手強そうに見えていた門番たちは皆、真っ赤になって照れた。

 顔がいいって、こう言う時はお得だよな。なんか自分の顔なのに例のアレルギーの蕁麻疹が出てきそうだわ。身体が痒い。


「ルルとスーだな? どういう綴りで書くのだ? 文字が分からない? 分かったわかった、こちらで適当に書いておく」


 俺は女装している間、ルルという偽名を名乗る事にした。

 名前は色々考えたのだが、スーが俺の事をルー以外で呼べなかったのだ。自然、こちらの世界の文字でLから始まる名前にせざるを得なかった。


 さほど時間もかからず無罪放免で、俺たちは入村税を払ってクロフターの外壁の外にある最初の村に足を踏み入れた。

 外壁を通る時にもう一度きちんとした審査があるようだが、この調子なら楽勝な気がしてきた。

 彼らが目を光らせているのは問題を起こしそうな人物や盗賊であって、女と子供二人連れなんて脅威に思っていないのだ。


 隣にいるこの人、見た目と違って、大の男数人がかりでも取り押さえるのは難しいですけどね。

 兄三匹に徹底的に鍛えられたので、スーはあれからとんでもなく強くなっている。

 俺も最初の方は木の枝を使って剣技を教えたりもしたが、すぐに俺なんか及びもつかないレベルになった。

 畜生。人には得手不得手があるんだ。拗ねてなんかないったらないからね!


 スーは木剣を腰から下げている。やる事が少なかった冬の間、俺が木を削って制作したものだ。せっかく腕が上がったんだから、街でちゃんとした鉄剣を買ってあげたいものだ。

 そのためにも何か仕事を見つけてお金を稼がないといけないんだけど。


「ねぇ、ルー。朝ごはん食べてないからお腹減った」

「うん、そうだね……」


 俺もスーもキュルキュルとお腹を鳴らして、二人して顔を見合わせる。お店より前に、最初は情報収集も兼ねて腹ごしらえからかな。

 適当な食堂を探して、俺たちはブラブラと村の方へと向かって行った。


 

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