第22話 泥棒市②
俺は肩にかついでいるズタ袋の紐を強くギュッと強く握りしめた。
銀貨三枚は街の人にとっては端金かも知れないが、今の俺にはセインたちに借りてブーツに隠してある硬貨を除けば全財産だ。
それに貧しい暮らしのこの付近の人にとっても、そこそこの金額だろう。すられたりしないよう、気をつけないとな。あまりキョロキョロし過ぎるのも良くない。
さすがにスーの持ってる塩なんか盗る人はいないとは思うけど……あんまり大事そうに持っているから、何かいい物と思われても困るな。スーに手を出そうものなら、相手の方が心配だ。
スーは今では八、九歳くらいの背丈がある。人間の姿の時でも素早さや筋肉は子供とは比べものにならない。俺なんか軽々と持ち上げて歩けるくらいだ。人狼の力は外見だけでは計り知れないのだ。
見た目に騙されて痛い目を見る人が出ないといいけど。
しかし俺の心配は取り越し苦労で、市にいる間、特になんの騒動も起こらなかった。市には普通の人に紛れて盗賊なんかもいるはずなのにな。意外とこう言うところではお行儀がいいんだなと感心する。
二人でブラブラと見て回っていると、ひとつの店の品揃えが俺の目を引いた。
カツラだ。そんなものを取り扱っている店があるのかと思う。さすが泥棒市だな。
今は坊主にしているが、俺の髪色はあほみたいに目立つ。フードで隠すにも限界がある。
カツラがあれば旅が随分、楽になる。
国に帰りたい。
本当なら、一刻でも早く旅立ちたい。
俺は自分の思いに囚われて、足を止めてマジマジとその店を見つめ続けた。
「ルー?」
「ごめん、スー。この辺りで待ってて!」
結局、辛抱できずスーに声をかけて、露店の前にしゃがみ込む。
「手に取って見ても?」
「あぁ?」
品物を並べている強面のおっちゃんは冷やかしだと思ったのか、肯定とも否定ともつかない低い声を出した。気にせずカツラを見比べていく。
大人向けに作ってあるのでどれも随分大きい。俺が被ったらブカブカだろう。
その中でも肩くらいまでの長さの、ウェーブした黒髪のカツラが一番小さそうだった。これなら俺でも、つけられるだろうか。
これって多分、女の人向けだよね。
うーん。こんな髪型してたら、また女の子に間違われそうだな。
でもよく考えたら悪い事でもないのか。心理的にはちょっと微妙だが、敵が探しているのは赤毛の男の子だ。黒髪の女の子なら目を欺ける。
俺はカツラを手に、しばらく動けなかった。
その可能性は考えていなかった。そうだ、女装だ。女装をすれば、敵に気づかれる事なく国に帰れるかも知れない……。
「こ……これ、幾らですか」
やっとの事で声を絞り出す。
「あぁ?」
またもや、おっちゃんは渋い声で凄んできた。ガキは客じゃないとでも言いたそうな態度だ。
「銀貨六枚だ」
素っ気ない調子で告げられる。
ぐ。そんなにお金は持ってないぞ……子供だと思って足元見られてんのか。
「ちょっと法外じゃないですかね?」
「ウチの商品はちゃんと人の髪を使って作ってあんだよ……じゃぁ、銀貨四枚」
なんか主張してくれる割に一気に金額が下がったな。こんな市場だと値段なんてあってないようなものだろう。
どの店も仕入れをしているのかすら怪しい感じだしな。
これも案外、盗品なのかも知れない。
俺はわざとらしく、ハーッとため息をついてカツラを元の位置に戻した。
「残念です。そんなに高かったら、僕のお小遣いじゃとても買えないです」
「幾らならいいんだ」
「銀貨二枚」
「それじゃ商売上がったりだ。銀貨三枚と大銅貨七枚」
おっと。細かいけど、まだ下がったぞ。これはもう少しいけそうだな。
俺たちはそれからも喧々諤々と交渉を繰り返して、ようやく銀貨三枚と大銅貨二枚で折り合いをつけた。
今日の儲けがほとんど飛んで行っちゃったよ。
俺一人で作った干し肉じゃなかったのに、勝手に買い物をして皆に悪いような気がする。スーは塩だけで満足そうだけど。何か美味しいものでも作って謝らないといけないな。
意外と親切だったおっちゃんに手入れ方法とかを教えて貰うと、丁寧にズタ袋にカツラをしまって立ち上がる。
思ったより時間を食ってしまった。
振り向いてもそこにスーの姿はなく、あっちゃーと額を押さえる。
途中から、スーの事をすっかり忘れてた。痺れを切らしてフラフラとどこかに遊びに行っちゃったんだろうか。
俺も自分の都合で放っておいたんだからあまり怒れないが、どこに行ったんだろう。
血相を変えて辺りを探し回る。
「すみません! 僕より少し大きいくらいの、白髪の女の子を見かけませんでしたか!?」
顔を隠してなくて比較的声をかけやすい人たちに聞き回りながら、市場の中を探す。
その内に人波の向こうから、のん気な感じでてくてく歩いて来るスーの姿が見えた。大急ぎで駆け寄っても、スーはきょとんと、とぼけた顔を向けてくるだけだ。
「ルー、どうしたの」
「どうしたのじゃないよ、探したよ、スー」
安堵して、膝に手をついて大きく息を吐き出す。
スーはなぜか手に肉の串を持っていて、モグモグと食べていた。ソースが口の周り中についている。お金なんか持ってないはずなのに、どこで手に入れたんだ。
「それ、どうしたの」
「んー? なんかねー、買ってくれた」
茶色のソースでベトベトになった口を開いて、スーはあっけらかんと笑っている。
「なにそれ。変な人にじゃないだろうね」
「ううん。なんかね、スーが探してた子じゃなかったんだって。それで話してたら、スーのお腹がグーッって鳴ったから買ってくれたんだよ」
迷子でも捜してるお父さんだったのかな。自分の子と同じくらいに見えて、思わず奢ってくれちゃったんだろうか。
なんにせよスーが無事って言うか、騒動を起こしてなくて良かった。
「口の周りについてるよ」
指差すとスーはいつもの感じでもったいないとか言って、口を拭いた拳をペロペロと舌で舐めた。
ソースなんてついたもの食べさせた事がなかったからな。スーはけっこう気に入った様子で、肉がなくなった後も串までアグアグと舐めていた。
「俺から離れないでって言ったよね」
「ルーの場所なら匂いで分かってたよ」
そうなのか。涼しい顔で事もなげに言われて、俺は疲れ切ってがっくりと肩を落とした。道理でスーはのほほんとしてるはずだよ。俺はけっこう焦ってたってのに。
そんな能力があるなら先に言っといてよ。
「もう帰ろっか」
「うんっ。晩御飯はお塩でお肉だね!」
スーはすぐさま俺の隣までスキップしながら飛び跳ねて来た。もうはぐれないように、その手をぎゅっと握って歩き出す。
俺はこの時、スーが出会ったのが誰なのか、もっと真剣に考えないといけなかったのだ。
この森の側で、俺くらいの年の子を探している誰か。
何か一言、どんな人だったの?と聞くだけでスーは答えてくれただろう。
しかしその人の事が判明するには、まだまだ長い年月を要したのだった。




